客観的手法『里程碑』

鍾順龍はかねてより文明の発展とそれが人類におよぼす影響に関心を注いできた。その中で最も印象的な作品は『里程碑（The Marker／一里塚）』であろう。このシリーズ作品は、建設中の橋脚を、距離を置いた客観的な視点から見つめるものだ。これらの橋脚は現代における古代文明の記念碑にも似ていて、崇高かつ神聖に大地にそそり立っている。ただ逆説的なのは、永遠を象徴する記念碑が、逆に加速度的に発展する文明の産物として人々の行き交う道を支えているという点だ。

鍾順龍はこうしたランドスケープを奇観や美しい風景として撮影するのではなく、中立、客観、序列、反復、ルール、ビッグピクチャーといった手法で表現しており、それは現代写真で知られるドイツのデュッセルドルフ美術アカデミーのベッヒャー派を連想させる。ベッヒャー夫妻（Bernd & Hilla Becher）は、同じように制作者の主観や感情を排除した「タイポロジー（類型学）」というコンセプトで、無味乾燥な給水塔のシリーズ作品を制作した。この作品が逆説的なのは、一見すると価値の低い、見過ごされがちな給水塔という建造物が、権威や信頼、荘厳といった手段で表現されている点である。

この視点から『里程碑』の制作コンセプトを見ると、作品は確かにベッヒャー派の特色を多く具えているものの、鍾順龍がとらえたのは完成した建造物ではなく、まさに建設中の橋脚であるという点に気づく。建設中で未完成（in between）という状態が、この作品自体が持つ曖昧な特質と呼応している。

The Marker−台84号線快速道路−台南麻豆−2009年

内在と外在の弁証『路過』

『里程碑』が客観的かつ理性的な手法で文明を表現しているとすれば、新たな作品である『路過』は制作者に内在する心境を投影した作品と言え、それと同時に文明への反省を促すものでもある。例えば『路過』の構成においては、これまでのように被写体自体の中立性を際立たせるのではなく、霧に覆われた景観を通して詩的な雰囲気を持たせている。この霧は日頃の農耕生活の中で感じる四季の変化のように作者の内面と呼応する。『路過』ではこうした天候の変化を表現しつつ、その一方で、文明の探求も忘れていない。シリーズの中には多数の人工建造物の痕跡が見られるのだ。一見自然景観のようであって原生の自然ではなく、人の手が加わった自然である。

シリーズ作品『路過』は、西洋の道路写真の伝統を思い起こさせる。個人主義的で、自由かつ無目的のon the roadである。しかし『路過』は形式こそ道路写真だが、鍾順龍にとってこれは自由で個人主義的なon the roadではない。実際には家庭の関係で、花蓮鳳林と南投埔里を往復しなければならないのである。ここに映し出される中部横貫公路は、家庭のために行き来しなければならない日常のプロセスであって、西洋の道路写真のように未知の世界を探る過程ではないのだ。

Transition−蛇紋岩

何かと何かの間の画像

鍾順龍は中部横貫公路を行く長い道のりを楽しみつつ、おのれの心の状態を観察しているかのようである。もし、これが単なる目的地への道のりならば『路過』は起点と終点の「間」の状態だ。彼が大判カメラを使って時間をかけて撮影する時、家路を急ぐという目的性から離れる。普通は「通過」するだけの途中の景観をとらえる時、それは中部横貫公路と「今」を共有することであり、絶えず前進し続ける時間の矢に抗うことでもある。

『里程碑』から『路過』へ、私たちは鍾順龍が写真撮影を通して常に「何かと何かの間」の状態を探求していることが見て取れ、これは同時に写真そのものの曖昧な特性にも呼応している。すぐに答えの出ないこのような状態は、美しい風景写真や目的の明確な報道写真とは異なり、文明の発展に対する反省を呼び起こし、また大自然とともに今この瞬間を過ごす態度をイメージさせるものなのである。

Transition−路面

Transition−ライト