全民抗「煞」── 一場輸不起的台灣保衛戰

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2003 / 6月

文‧李光真 圖‧薛繼光


民國九十二年四月二十四日,台北市立和平醫院因連串的疏失與延誤,爆發了SARS集體感染而遭到封院。這是台灣流行病學史上沈痛的一天,也是艱苦漫長的防「煞」戰正式揭開序幕的一天。

截至五月二十三日,台灣的SARS可能病例數已達到五百三十八例,死亡人數高達六十人,成為全球僅次於大陸和香港的第三大受害國。在疫情四處蔓延、醫學中心紛紛淪陷的險況下,台灣如何能儘快地重新站穩腳步?我們又能從這次重創中學到什麼?


風和日麗五月天,本來是各行各業欣欣向榮的好季節,然而一場越演越烈的SARS病毒風暴,卻讓台灣全島籠罩在愁雲慘霧中。救護車四處呼嘯、向來喜歡嬉鬧的中小學孩童戴上口罩,捷運上一雙雙冷漠而警醒的雙眼,隨時注意周遭有無異樣,深怕自己會像火車自強號及公路局國光號的乘客「中煞」一樣,成為下一個大眾運輸受害者。

致命接觸惹「煞」星

回顧疫情,二月下旬,第一位感染SARS的勤姓台商自大陸返國,進入台大醫院就醫,台大立刻以最高防護標準隔離診治。直到四月中旬,雖有零星的大陸入境病例出現,然而台灣一直維持「三零」──零死亡、零社區感染、零境外移出──的漂亮記錄,讓民眾陶醉在「台灣是幸運島」的美好錯覺中。

美好錯覺不堪試煉,四月初,住在台北的一位曹女士,在南下探望生病的婆婆後北返,疑似因和來自香港淘大社區的罹病者搭上同一班火車而遭到感染。曹女士發病後到台北市立和平醫院就醫,和平雖有警覺而立刻將曹女轉送設備更好的教學醫院,然而這短短不到一小時的「致命接觸」,卻可能是讓和平就此淪陷的導火線。

到了四月十五日後,和平醫院幾乎每天都有醫護人員或病患發燒,在院方沒有及時祭出更嚴密的隔離措施下,終至感染蔓延,一發不可收拾。

四月二十四日,和平醫院倉促封院;緊接著二十九日,離和平不遠的台北仁濟醫院也被迫關閉。在一片兵荒馬亂中,幸虧前台北市衛生局長葉金川自願隻身前進火線鎮守,才將局面穩定下來。然而傷害已經造成,迄今仍有六十多位列為可能或疑似病例的和平醫護人員,在病榻上和死神苦苦搏鬥,情況只能用「慘烈」來形容。

全面大封鎖

五月初,原本疫情似乎暫告緩和的台北市,又因陸續出現數名無明顯感染接觸史的病例而再度風聲鶴唳。五月九日,一位居住在萬華區華昌國宅的獨居老人,被發現已在家中死亡多日、而緊鄰的上下樓鄰居中也有兩名老婦疑似感染(其中一人不久後死亡),整個社區迅即遭到封鎖,七百多人被強制隔離,成為台灣第一個因SARS疫情遭到封鎖的社區。所幸經過清查,發現華昌國宅並無水源或公共設施被污染的問題,於是在全區大消毒後重新開放,前後歷時四天。

醫院失守、社區也被侵入,世界衛生組織(WHO)於華昌國宅封街當天,宣布台北亦屬SARS高度感染區,與大陸北京、廣東、山西及香港並列,「台北封城」之議也成為熱門話題。

然而封城不易,要封住四處流竄的病毒更是不可能的任務。由於和平及仁濟醫院每天正常看診人數達千人以上,加上家屬與探病者,總計應該居家隔離的民眾數量高達一萬二千多人,台北市政府根本無力針對每位隔離者進行徹底的管控與追蹤,少數病患就在不知自己已感染SARS的情況下遊走看病,隨即傳出高雄長庚醫院也慘遭牽連。

疫情至此,已是星火處處,全省感染源不明的病例日漸增加,到院死亡甚至死亡後才被通報的案例頻傳。更糟的是,台灣醫界龍頭──台大醫院──在謠言紛傳多時後,終於確認已發生院內感染,二百五十位醫護人員緊急隔離,相當於全院十分之一人手,而急診室也自五月十三日起被迫關閉兩週進行大消毒。

在此同時,南台灣醫學重鎮──高雄縣長庚醫院──也出現集體感染,情況已達封院邊緣,從長庚「流落」出來四處就診的病患,更造成高雄醫學大學附設醫院及台南縣醫學中心相繼失守。南部疫情來勢洶洶,行政院SARS防治及紓困委員會副召集人李明亮憂心地表示,「這波疫情還會更大,只是我們不知道會有多大!」

「感染窩」內苦煎熬

台灣疫情為何蔓延如此迅速?追究起來,醫院感染無疑是一大源頭。截至五月二十三日,在全國總計一千五百多名的SARS可能及疑似病例中,醫事人員佔了百分之四十,加上在醫院打掃、看護、就醫或探病卻不幸感染的間接受害者,比例更高達所有病例的百分之九十以上。

事實上,由於台灣遲遲沒有建立一條鞭式的「SARS專責醫院」,導致各醫院都必須承接SARS病患,連目前規劃的全國十家專門收治SARS病患的專責醫院,如台北市松山醫院、台北縣三重醫院等,碰到患者病情惡化時,還是得將他們轉送到醫療水準更高、呼吸治療設備更完善的大型醫學中心。對此,中華民國醫院協會理事長張錦文有著滿腔苦水。

「SARS在緊密接觸的密閉空間中,具有高度傳染性,而醫院正是最危險的地方!」張錦文指出,按照目前的作法,從台大、榮總等一級教學醫院,到國泰、新光、馬偕等中大型醫院,幾乎無一倖免地,都被「強迫分派」到上百名乃至十數名SARS病患,分散醫治的後果,導致風險也無所不在。

分散醫治,又沒有足夠的抗疫資源,使得這些醫院極有可能被SARS「各個擊破」,而各醫院為求自保,更是暗中角力,將病患當「人球」推來推去,又使得少數大型醫學中心負擔過重。

以台大醫院來說,五月中旬院內爆發感染時,副院長陳明豐曾沈痛指出,「台大的醫護人力僅佔全國百分之三,卻收了八十多名SARS病患,等於承接了全國四成以上的SARS重擔!」陳明豐質疑,疫情發生近兩個月了,衛生署對於疑似病患的收治,仍是毫無章法。由於台大具有負壓設備的標準隔離病房不夠,但要轉送到別家醫院竟又處處遭拒,部分SARS疑似病患只好在急診室裡因陋就簡地安置,在這種情況下,如何侈談杜絕院內感染?其後疫情向南延燒,台大的質疑也變成全國各大醫學中心共同的痛。

千變萬化「非典型」

此外,「照顧SARS病人是很辛苦的,」張錦文表示,每次進出隔離病房,都要將密不通風的「太空衣」及雙層手套穿、脫一次,臉頰也因長時間戴著N95口罩而過敏發癢,而採集病患喉頭檢體、或是因病患呼吸困難必須「插管」時,往往引發患者劇烈咳嗽或嘔吐。如果以「每一滴痰都含有上億隻病毒」來推測,醫護人員再怎麼專業、小心,也可能有「中煞」的危險。

以香港為例,香港早期曾有「救一名病患要倒掉三名醫護人員」之說,目前香港的醫護人員感染情形已幾近於零,而台灣卻頻傳醫院缺乏隔離衣、護目面罩及攜帶型氧氣筒等防護設備,醫護人員為保命而出現大規模離職潮,看來台灣對這些抗疫尖兵的教育訓練及防護措施,還有待加強。

另一方面,各大醫院奉命收治SARS病患,其他的一般病患,不管是要進行心導管手術的、要作癌症化學治療的,甚至需要長期拿藥的慢性病患,都為了怕受感染而不敢上醫院,醫院的原有功能癱瘓,民眾的醫療需求被犧牲,衍生出的國民健康後遺症將極為驚人。

張錦文強調,沒有一條鞭式專責醫院的另一個壞處,是醫院每天仍有眾多的例行門診及急診患者上門,例如腎臟病患發燒時,可能會以為是尿路感染的老毛病發作而掛腎臟科門診,等到醫院驚覺這竟然是一名SARS「漏網之魚」時,又得將大批醫護人員隔離觀察,讓人手調度更形吃緊。

尤其醫界發現,SARS病毒進入台灣後似乎千變萬化,許多患者在發病初期完全沒有典型的肺部浸潤現象;加上春夏季節交替時,本就是各種病症復發及病菌活躍的時候,無怪乎誤診事件頻傳。

第一位因SARS罹難的公務員、公路局周姓科長,曾因自覺感染而前往台大急診求治,沒想到前兩次都被醫生打了回票,直到第三次才得以入院,不久便病重身亡。同樣的遺憾,還出現在高雄長庚、署立台東醫院等醫療院所,足以顯示早期診斷的困難。

「一條鞭」專責醫院

「與其每家醫院都怕自己成為『SARS感染窩』而提心吊膽,何不仿效新加坡,要求所有發燒病人一律打專線電話,由救護車依據電腦序號分送到指定的專責醫院。到了專責醫院,再經由仔細的門診篩選,來確定患者是否感染SARS?只需要留院觀察,還是必須送進負壓隔離室進行治療?」

張錦文呼籲,在這種一條鞭式的專責醫院中,從初診鑑定、疑似病列、可能病例,一直到重症病例,都有分級分區的專屬樓層來救治,並給予最充分的隔離防護及治療設施,一方面避免感染擴散,一方面病患就留在此地安心就診,不必像現在這樣轉來轉去。

當然,「SARS專責醫院」是一個難以承受的重擔,醫護人員必然避之唯恐不及,因此專責醫院的醫護人員應由各醫院派員支援,以「輪調抗疫──隔離休假──返回原院」的方式進行,再輔以最好的保護設備及優渥獎金,才能讓醫護人員的焦慮感降至最低。

將病患儘快找出,並有效隔離在醫療院所內,只是防疫的第一步。其次,以病患為源頭,將相關接觸者均予隔離觀察,則是防疫的第二步。

別再「趴趴走」!

理論上來說,除了少數難以解釋的「超級傳染源」案例外,一般的SARS感染率並不高,「和病患同住的家人中,會受到染感的比例,大約只有百分之四,」中研院院士、五月中旬才臨危受命,接下衛生署長重任的陳建仁表示。

即使如此,和病患有過接觸的應隔離者仍是SARS高危險群,隔離政策的落實是不能打折扣的。要做好這一點,則繫於全國民眾的公民意識與守法觀念。

在疫情未升高前,許多民眾的確不把居家隔離當一回事。幸好,隨著疫情一波波加溫,民眾對「自我隔離以保護別人」的政策已經能夠認同,像是華昌國宅封街時,大部分民眾即使擔心自己工作不保、孩子課業會跟不上進度,然而抗爭與抱怨已大幅減少。為了落實居家隔離政策,五月十二日開始,對於一萬多名有接觸過病患的A級居家隔離者,內政部更進一步啟動「視訊追蹤管制系統」,以免他們「趴趴走」,對社會造成威脅。

遺憾的是,當國內全力防堵疫情漏洞時,五月中旬,一位馬偕醫院醫師休假赴日本旅遊時出現發燒症狀,他以為自己只是感冒,服用退燒藥後還繼續遊完全程,之後才發現自己接觸的病人中,有人已因疑似SARS而病亡。這件事情引起日本朝野緊張,我國隨即向日本政府致歉。目前事件雖已平安落幕,但如何提高醫護人員乃至於全民的警覺心和公德心,又如何在個人權益和社會安全間取得平衡,都是更迫切的問題。

「夕陽學科」人才凋零

從如火如荼的抗煞之役中暫時抽離,平心而論,台灣和其他同樣疫情吃緊的國家相較,究竟有哪些長處和缺失?

「我們的缺失,其實是過去的優點造成的,」因統籌工作難以推動而在抗疫戰爭中黯然離職的前衛生署署長涂醒哲指出。過去大半個世紀,台灣成功滅絕了天花、霍亂、瘧疾及小兒麻痺症等傳染惡疾,公共衛生方面的成就在全球首屈一指。

弔詭的是,傳染病防治做得太成功的後果,是病人日漸減少,年輕醫師紛紛改走時髦的文明病及老人慢性病專科,病毒、細菌及流行病學等一度被視為「夕陽學科」,學界和醫界也出現嚴重的斷層,專家聚會時往往「舉目所見皆白頭」。

此外,以往在台灣傳染病防治上曾負起第一線重任的各傳染病專責防治機構,如肺結核病院、痲瘋病院,甚至性病防治所等等,也都在營運壓力下一一歇業、轉型;起而代之的一般新建醫院大樓,儘管有著一流設備,卻沒有足夠的、具有負壓設備及獨立空調的隔離病房。有些教學醫院雖重金配置了觀察病毒用的高倍數電子顯微鏡,卻因為無人使用與維修而早就宣告失靈。

長期缺乏疫病經驗,導致官方、醫院及民眾都對周遭的各式傳染病缺乏警覺,民國八十七年腸病毒大流行時,官方就曾一度因為延誤疫情通告而引發軒然大波。此次上至行政院、下至各地方政府及各大醫療院所,幾乎每天固定舉行記者會,疫情資訊的透明度不錯,然而,數萬人居家隔離、封院、封街、全校停課、專責診治,甚至口罩及防護衣等抗「煞」物資的徵用與分配、受害產業的補償紓困等等,SARS牽連規模之大,層面之廣,都是前所未見的。涂醒哲坦承,「大家都在摸索」,只希望能儘快從跌跌撞撞中找出一條生路。

兩岸命運一線牽?

此外,目前SARS既然無藥可醫,因此遠離疫區、隔離病患,讓病毒無法找到下一個宿主而自然滅絕,就成為唯一最有效的防疫手段。偏偏這點,卻是台灣的「罩門」所在。

素有「台灣疫苗之父」尊號的台大醫學系名譽教授李慶雲感嘆,台灣實在和大陸走得太近了,即使疫情已達高峰,在進出兩岸各需隔離十天的情況下,還是有許多人穿梭往返。截至五月二十日,全台從港澳等疫區回國的B級隔離者累計高達二萬五千多名,所幸這些人迄今尚未傳出病例,情況還算良好。

星、港、大陸等地的疫情逐漸平息,反倒台灣的病例數節節上升,已被WHO宣告為全球「疫情傳染最快速」國家,而病毒南北合擊,連官員都忍不住慨嘆自己「追不上SARS的腳步」。難道,台灣疫情的平息竟會遙不可及嗎?

「不必悲觀,」負責SARS病毒檢驗的疾病管制局昆陽辦公室研究員陳豪勇表示,冠狀病毒再怎麼變異,畢竟是一種感冒病毒,而眾所周知,一旦進入夏季,感冒患者就會大幅下降,SARS疫情也可望緩和。

其實你早已得過?

陳豪勇以「疫情氣象師」比喻:要判斷疫病會不會流行,氣候,抗體和病原體是三大指標。

以SARS來說,在攝氏三十五度高溫、或是濕度六十度以上時,病毒的活性明顯減低、存活時間也大幅縮短,尤其在空氣流通的環境中,不到半個鐘頭病毒就會死亡。

至於抗體,也是一項預測疫情的可靠指標。別看SARS令人聞之色變,事實上,再怎麼凶猛的病毒也有人可以不為所動,不會引發重大病徵,這也就是所謂的「隱性患者」。

以民國八十七年的腸病毒七十一型大流行來說,由於此種病毒在台灣絕跡已久,一般孩童體內都缺乏抗體,在當年造成了七十八名嬰幼兒死亡,另有四百多名重症兒留下了終身殘缺。然而三年後,當疾病管制局進行大規模篩檢後,發現在十五歲年齡層的孩子中,竟有百分之六十八的人已有腸病毒七十一型抗體,表示許多人在不知情的情況下,已安度危機。

有了前例,「SARS病毒會不會也是如此?」和涂醒哲同時離職的前任疾病管制局局長陳再晉指出,目前雖說SARS可能病患的死亡率約在百分之十至二十間,然而這個比例可能嚴重高估。由於大規模的抗體檢測試劑尚未發展成熟,專家學者最好奇的全民感染率一直是個未知數,「既然不知道全國感染者的確實人數有多少,又如何估計死亡率?」

陳再晉質疑,像是中國大陸廣東省,在缺乏強力隔離措施、公共衛生資源也不足的情況下,疫情似乎已自然降溫,這是否表示其實大多數人已在輕微感染後痊癒,病毒找不到體內沒有抗體的「新鮮」宿主,只好知難而退?

全力防疫,正常生活

至於偵測疫情的病原體指標,往往可藉著所謂的「中間宿主」來判別。譬如每到夏天,衛生單位就得四出搜尋白線斑蚊與埃及斑蚊,「病媒蚊」指數高的地方,就是可能爆發登革熱的高危險區,必須全面撲滅蚊蟲。

可惜的是,SARS是一種「人對人」的傳染病,少了中間宿主,就少了一項可供監測、示警與隔離的指標。目前學界普遍認為,SARS在此次首度現形、並造成全球近七百名死亡病例後,未來極有可能轉成「風土病」、不時引爆一陣小流行。果真如此,則屬於高危險區的台灣,顯然亟需建立一套有效的流行病學監測方式,才能在下一波疫情出現時早作準備。

疫情走向變幻莫測,台北該封城嗎?台灣該停止上班、上課,關閉公共場所,暫停一切工商活動,讓全國「淨空」十天,讓病毒塵埃落定嗎?面對種種呼聲及建議,前任疾病管制局局長陳再晉以新加坡資政李光耀的八字真言──「全力防疫,正常生活」──為圭臬, 希望民眾能定下心來,不要自亂陣腳。

瘟疫儘管可怕,然而只要釐清癥結,據此制訂政策並落實執行,SARS的傷害應可有效降低。期待疫情退燒後,一個更凝聚、更寬容也更成熟的台灣社會,能隨之浮現。

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SARSとの戦い感染拡大と戦う台湾

2003年4月24日、台北市立和平病院で一連のミスや対応の遅れからSARS(重症急性呼吸器症候群)の集団院内感染が発生し、病院は封鎖された。これは台湾の感染症史上、最も凄惨な一日であり、その後の長く苦しいSARSとの戦いの始まりでもあった。

5月23日現在、台湾のSARS感染者はすでに538人、死者は60人に達し、台湾は中国大陸と香港に次いで世界第三の被害地域となっている。SARSが蔓延し、大規模総合病院で次々と院内感染が発生しているが、どうすれば台湾はこの勢いを抑えられるのだろうか。また、私たちはこの苦しい経験から何を学び取ればいいのだろう。


日差しも穏やかな五月と言えば、もともとあらゆる業種が忙しくなる季節だが、SARSの流行拡大によって台湾中が暗雲に覆われた。あちらこちらで救急車のサイレンが鳴り響き、無邪気なはずの小中学生も皆マスクをつけて登校している。地下鉄の中では、誰もが冷ややかな目で周囲をうかがっている。すでに列車やバスでSARSに感染した人が出ているため、誰もが公共交通機関での感染を恐れているのである。

致命的な接触

台湾で最初にSARSが報告されたのは2月下旬だ。中国大陸に駐在しているビジネスマンが帰国後に発症して台湾大学付属病院でSARSと診断され、病院は最高の防護基準をもって患者を隔離し治療に当った。それから4月中旬まで、やはり中国大陸から入境した人が何人か発症したが、台湾は常に「3ゼロ」つまり死者ゼロ、地域内感染ゼロ、感染移出ゼロという素晴らしい記録を守り続けてきた。国民は「台湾は幸運の島」だという錯覚に陥り、陶酔していた。

しかし、美しい夢を見ていた人々も突然目を覚まされた。4月初旬、台北に暮す女性が南部に住む姑を見舞って台北に戻る時、香港でSARSの集団感染が生じたマンション「アモイガーデン」の住民と列車で乗り合わせ、感染したのである。この女性は発症後に台北市立和平病院で診察を受けた。和平病院はすぐに警戒して女性を設備のより整った大学病院に移したが、その間のわずか1時間の「致命的な接触」が、和平病院院内感染の導火線になった可能性が指摘されている。

4月15日以降、和平病院では次々と医者や看護士や患者に発熱の症状が始めたが、病院側がすぐに隔離措置を採らなかったため感染は拡大し、収拾できない状況に陥った。

4月24日、和平病院は慌しく封鎖され、続く29日、和平病院から遠くない台北の仁済病院も封鎖された。この大混乱の中、台北市衛生局の前局長である葉金川氏が、志願して和平病院に入って陣頭指揮を執ることとなり、これによって混乱は収まった。しかし、この時点で和平病院ではすでに多くの人がSARSに感染していた。5月下旬までにSARSの疑い例・可能性例として治療を受けている和平病院の医療関係者は60人余りに上り、まさに惨状と言うほかない。

全面的な大封鎖

5月初旬、和平病院の状況が落ち着き、感染拡大がやや収まったかに見えた台北市で、再び感染経路の不明な患者が報告され始めた。5月9日、台北市万華区にある華昌国宅(国営の団地)に住む一人暮らしの老人が、死後何日もたってから自宅で発見された。同じアパートの上下階に住む2人の老婦人も感染の疑いで入院(そのうち1人は間もなく死亡)し、すぐに団地全体が封鎖され、住民700名余りが強制自宅隔離となった。台湾で初めてSARSのために住宅地が封鎖されたのである。しかし幸い調査の結果、華昌国宅では水道や公共施設の汚染は発見されず、団地全体の大規模な消毒を経て4日後に封鎖は解かれた。

大規模な院内感染と住宅地での感染が生じたことで、WHO世界保健機関は華昌国宅が封鎖された日に、台北を重度の流行地域に指定し、台北は北京、広東、山西、香港と並ぶ感染地域とされた。この時期、台北全体を封鎖すべきか否かという議論も持ちあがった。

しかし一都市の封鎖は容易なことではなく、あちこちに広がったウイルスを封じ込めるのはさらに困難だ。封鎖前の和平病院と仁済病院には毎日数千人の患者が診察を受けに来ており、家族や見舞いを加えると自宅隔離の必要な人は1万2000人余りにも上った。台北市ではこの全員を隔離して追跡することは不可能だった。一部の患者はSARSに感染していることを知らないまま、あちらこちらの病院へ転院し、その結果、高雄の長庚病院で院内感染が発生した。

現在、台湾各地で患者が増え続けており、中には死亡してからSARSと診断される人も出ている。さらに困ったことに、台湾医学界のトップである台湾大学病院でも院内感染の噂が続いた後、確かに院内感染が生じていることが確認され、医療関係者250人が緊急に隔離された。250人というのは病院全体の人員の1割に達し、救急治療室は5月13日から2週間閉鎖して大規模な消毒を行なうことになった。

これと同時に、南台湾で重要な位置を占める高雄県の長庚病院でも院内の集団感染が発生し、病院封鎖寸前まで悪化した。さらに、長庚病院で院内感染したことを知らずに、他の病院に転院した人々によって、高雄医学大学付属病院と台南県医学センターでも院内感染が発生した。南部の感染はますます拡大し、行政院SARS防治・救済委員会の李明亮・副召集人は状況の悪化を心配して「この感染拡大の波はさらに広がる可能性があるが、どこまで拡大するかわからない」と述べた。

「流行地域」の苦しみ

なぜ台湾でこれほど急速に感染が拡大したのだろう。突き詰めていくと、原因の多くが院内感染の多発にあることは確かだ。5月23日現在、全国1500名余りのSARS疑いおよび可能性例のうち、医療関係者が40%を占めており、さらに病院内の清掃員や介護者、患者、見舞い客などを含めると、院内での感染が全体の9割以上を占めている。

実際、台湾では一貫してSARS患者を扱う専門病院の設立が遅々として進んでおらず、そのために多くの病院がSARS患者を受け入れなければならなくなっている。現在、全国で10のSARS専門病院が計画されている。しかしそれらを見ても、台北市の松山病院や台北県の三重病院などでは、患者の容態が悪化した時には、その患者をより医療レベルが高く呼吸器関係の治療設備が整った大型医学センターへ移さなければならない。この点について、中華民国病院協会の張錦文・理事長は大きな不満を抱いている。

「SARSは密閉空間での密接な接触による感染の可能性が非常に高いので、病院こそが最も危険な場所です」と張錦文理事長は指摘する。現在のやり方では、台湾大学病院、栄民総合病院などの一級教学病院から、国泰病院、新光病院、馬偕病院などの中型・大型病院まで、どの病院も「強制的に患者を分配される」こととなり、十数から百名のSARS患者を受け入れざるを得ない。各病院に患者が分散されれば、あらゆる病院がリスクを抱えることとなる。

患者が分散し、なおかつ感染防止のための資源が不足している状態では、これらの病院はそれぞれSARSに撃破される可能性にさらされ、自らを守るために患者を「たらいまわし」にして、結局は少数の大規模医学センターの負担が増すと考えられるのである。

台湾大学病院では5月中旬に院内感染が発生した時、陳明豊・副院長は悲痛な面持ちでこう語った。「台湾大学病院の医療関係者の数は全国の3%に過ぎないが、SARS患者80名余り、つまり全国の患者の4割以上を受け入れている」と。台湾でSARS患者が確認されてから2ヶ月になるが、政府衛生署はSARS疑い患者の扱い方について、まったく何の手順やルールも打ち出していないと陳副院長は言う。台湾大学では患者の隔離に必要な陰圧病室が不足しているが、そのために他の病院へ患者を移そうとしても拒絶される。隔離病室が足りないために、SARSの疑いがある一部の患者を救急室に寝かせておくしかないこともあり、このような状況では院内感染の防止も難しい。実際その後に感染は南部にも拡大し、台湾大学病院の叫びは全国の大規模医学センターに共通の痛みとなったのである。

千変万化する「非定型」

「SARSの患者の世話は大変なのです」と張錦文氏は言う。隔離病室に入るたびに、一分の隙間もない「宇宙服」のような防護服を着て手袋をつけ、病室から出る時には脱がなければならない。長時間にわたってN95のマスクをつけるために頬もかぶれる。また患者の喉から検体を採取したり、人工呼吸器をつけたりする時、患者は苦しくて咳き込んだり嘔吐したりする。もし一滴の痰に億単位のウイルスがいるとすれば、医者や看護士がどんなに気をつけていても、感染する可能性は否定できない。

香港では当初、「1人の患者を救うために3人の医療関係者が倒れる」と言われていた。現在は香港でも医療関係者の感染はほぼゼロに近くなったが、台湾の病院では防護服や酸素ボンベなど感染防止のための物資が不足しており、自分の命は守りたいと考える医療関係者が次々と病院に辞表を提出している。最前線でSARSと戦う医療関係者の教育訓練と院内感染防止対策のさらなる充実が急務となっている。

一方、各地の大型病院がSARS患者を受け入れているため、一般の患者にも不安が広がっている。他の病気で治療を受ける人も感染が心配で病院に行くのが恐くなり、病院本来の機能も麻痺している。医療を受ける国民の権利が犠牲になり、国民の健康に大きな後遺症を残すことが心配される。

張錦文氏によると、SARS患者のみを扱う専門病院がないことのもう一つのデメリットは次のようなものだ。SARS患者が入院している多くの病院では、日常の外来患者や急患も受け付けている。例えば腎臓病の患者は、発熱すると尿道感染などの症状だと思って腎臓科の外来を訪れるが、その発熱の原因がSARSだと気付いた時にはすでに遅く、大勢の医療スタッフを隔離しなければならないのである。

ましてやSARSウイルスはさまざまな変化を見せることが分っている。多くの患者は初期にはまったく肺の病変が現れない。また春から夏への季節の変わり目であるため、いろいろな病気が再発し、細菌の活動が活発になる季節でもあるため、誤診が頻発している。

例えばSARSで亡くなった最初の公務員である公路局の周科長は、自覚症状があって台湾大学救急部門を2回訪れたが、SARSではないと診断され、3回目に診察を受けた時にようやく入院することになり、間もなく亡くなった。同じような例は高雄の長庚病院や台東の署立病院でも起こっており、初期の診断の難しさがうかがえる。

SARS専門病院の必要性

「この状況を放置するより、シンガポールに倣って熱のある患者はホットラインに電話をかけ、救急車が専門病院に送るようにするべきです。専門病院に着いたらまずSARSに感染しているかどうか詳細なスクリーニングを行い、感染の疑いがある患者については入院して経過観察するか、陰圧の隔離病室で治療を受けるようにするのです」

張錦文氏によると、このような一貫したSARS専門病院では初診の判定から疑い例、可能性例、さらに重症患者まで症状のレベルによってフロアや病棟を分けて治療を行なう。専門病院には充分な隔離施設と感染予防や治療の設備を備えさせて感染拡大を避ける。こうすれば、患者も別の病院へ移されることなく安心して治療に専念できる。

もちろん「SARS専門病院」に指定されることは病院にとっては大きな負担であり、医療関係者もできることなら避けたいと思うだろう。そのため専門病院の医療スタッフは各病院から派遣して「交替で治療に当り、隔離して休養し、もとの病院へ戻る」という形で進め、同時に最良の感染防止設備と充分な報奨金を支給する。このようにしてこそ、医療関係者の不安と焦燥を最低限に抑えることができるだろう。

感染者を早急に見つけ出して有効に隔離することは、防疫の第一歩に過ぎない。その次の仕事は、患者の接触者すべてを隔離することだ。

隔離中は出歩かないで

説明の困難な「スーパースプレッダー」と呼ばれる患者を除くと、一般のSARS患者からの感染率は決して高くない。「患者と一緒に暮していた家族が感染する割合は4%ほどに過ぎません」と説明するのは中央研究院のアカデミー会員で、5月中旬に衛生署長に就任したばかりの陳建仁氏だ。

だが、それでも患者と接触した者は、やはり隔離する必要がある。これが徹底できるかどうかは、全国民の意識にかかっている。

SARSが蔓延する前、多くの人は自宅隔離をあまり重要なこととは考えていなかった。だが、感染が拡大するにつれて、多くの人が「自己隔離で他者を守る」という政策を理解するようになった。台北の華昌団地が封鎖された時も、多くの住民は会社に解雇される不安や、子供が学校の授業に遅れる不安を抱えていたが、不満の声は以前よりずっと少なくなっていた。自宅隔離政策を着実に実施するため、5月12日から、内政部は感染者と接触のあったA級隔離者1万人の家にテレビ電話を設置し、隔離者が無闇に出歩かないように頻繁に確認することにした。

ただ残念なのは、全国民が防疫に取り組んでいた5月中旬、馬偕病院の医師が日本を旅行中に熱を出し、風邪だと思って解熱剤を服用して旅を続けたことだ。この医師は帰国してから自分が接触した患者がSARSの疑いで病死したことを知った。この一件は日本の政府と国民を大きな不安に陥れることとなり、我が国は速やかに日本政府に謝罪した。事態は収まったが、医療関係者や国民の警戒心と道徳心をいかに高めるか、また個人の権利と社会の安全との間でどのようにバランスを取るか、考えていかなければならない。

人材不足の「斜陽学科」

ここでSARS感染が拡大している他の国々と台湾を比較してみよう。

「我々の欠点は過去の強みがもたらしたものです」と指摘するのは、SARSとの戦いで指揮統括がうまく機能せずに辞任した衛生署前署長の涂醒哲氏だ。過去半世紀の間に台湾は天然痘、コレラ、マラリア、小児麻痺などの伝染病の撲滅に成功し、公衆衛生面での努力と成果は世界でもトップクラスとされてきた。

しかし皮肉なことに、伝染病の予防と撲滅に成功した結果、患者数が減り、若い専門医は他の分野に移っていき、感染症関係の学科は「斜陽学科」とされるようになったのである。そのため学界や医療の分野でも深刻な断層が生じ、専門家は高齢者ばかりとなっている。

また、重要な任務果たした肺結核病院、ハンセン氏病病院などは患者の激減によって経営が成り立たなくなり、次々と廃業に追い込まれた。これに取って代わって登場したのが巨大なビルを持つ大型病院だ。これらの新しい病院は一流の設備を誇っているが、感染症隔離病室の数は充分ではない。

こうして長年にわたり伝染病対策の経験が欠落してきたため、政府も病院も国民も伝染病に対する警戒心が薄れていた。1998年にエンテロウイルスが流行した時も、通報が遅れて大きな問題となった。今回も政府と地方自治体と病院の足並みが揃わなかった。情報は公開されたが、数万人に上る自宅隔離、病院封鎖、住宅地封鎖、学校休校などさまざまな問題に加え、マスクや防護具などの物資の徴用や分配、損失を被った産業への支援など、SARS感染拡大から生じる問題の範囲は広く、その規模も未曾有のものだ。涂醒哲氏は何とか体制を立て直そうと「誰もが模索していた」と正直に語る。

両岸の運命はつながっている?

現在まだ有効な薬はないため、流行地域を避け、患者を隔離することでウイルスに次の宿主を見出せないまま死滅させるのが唯一の有効な手段だ。しかしこの点こそが台湾の弱点でもある。

「台湾のワクチンの父」と尊敬されている台湾大学医学部名誉教授の李慶雲氏は、台湾は中国大陸との往来が活発になりすぎていると指摘する。大陸でも台湾でもSARSが流行しているため、その間を行き来すると10日間の自宅隔離を求められるが、それでも多くの人が往来している。5月20日現在、香港・マカオなどの流行地域から帰国してB級隔離の対象となった人は累計2万5000人に達する。幸い、これらの人の中からはまだ症例は出ていない。

シンガポール、香港、中国大陸などでは感染状況が次第に収束しつつあるのに対し、台湾では感染が拡大しており、WHOは台湾を「感染拡大の最も速い地域」としている。台湾の北部と南部で患者が増え続け、政府高官も「SARS拡大の勢いについていけない」と嘆かざるを得ない状況だ。このまま収束の目途は立たないのだろうか。

これに対して「悲観する必要はありません」と語るのはSARSウイルスの検疫を担当している疾病管制局昆陽事務所の陳豪勇・研究員だ。その話によると、コロナウイルスはいかに変異しても一種の風邪ウイルスであり、夏になれば風邪をひく人が大幅に減少するようにSARSの感染も緩和に向うという。

すでに感染している?

陳豪勇さんによると、感染症の流行を予測するには、気候と抗体と病原体の三つが指標になるという。

SARSの場合、摂氏35度あるいは湿度60%以上の環境ではウイルスの活性が明らかに低減し、生存時間も大幅に短縮する。特に換気の良い環境では30分以内にウイルスは死滅するのである。

今後の感染状況を予測するに当っては、抗体も重要な指標になる。今や誰もがSARSと聞いただけで顔色を変えるが、ウイルスに感染しても重大な症状を出さない人がいる。

1998年にエンテロウイルス71型が大流行した時、この病気は台湾で発症例が出なくなって久しかったため一般の幼児には抗体がなく、その年78名の乳幼児が死亡、400名余りが後遺症を残すこととなった。それから3年後、疾病管制局が大規模なスクリーニングを行なったところ、15歳の少年のうち68%がすでに同ウイルスの抗体を持っていることがわかった。言い換えれば、多くの人が知らないうちに感染し、発症しないまま過してきたのである。

このような前例から、SARSもそうなのではないかと考えられる。涂醒哲氏と同時に辞任した疾病管制局の前局長、陳再晋氏によると、現在のところSARSによる死亡率は10〜20%の間とされているが、この数字は実際よりはるかに高く見積もられている可能性があると指摘する。大規模に抗体を調べる方法がまだ確立していないため、専門家が最も興味を持っている全国民の感染率はまだわからない。「感染者の総数が明確ではないのに、死亡率など計算できるでしょうか」と陳氏は言う。

さらに陳再晋氏は、次のような疑問を投げかける。広東省では充分な隔離措置や公衆衛生の資源が不足している中で自然に感染拡大が収まったが、これは大多数の人がすでに感染して軽症のうちに治癒し、ウイルスが新たな宿主を見出せなくなったからではないか、と。

普段どおりの生活を

感染症拡大を予測する指標となる病原体の点では、いわゆる「中間宿主」から判断することが多い。例えば、夏になると衛生当局は媒介蚊であるシマカの発生状況を調べ、それを撲滅することでデング熱の流行を防いでいる。

しかしSARSは「人から人へ」伝染するため中間宿主が存在せず、予測の指標が見出せない。SARSは今回初めて出現し、世界で700人余りの死者を出したが、学界では今後これが「風土病」になり、しばしば流行を引き起こすだろうと考えている。そうだとすれば、台湾でも有効なモニタリング方法を確立し、次の流行に備えなければならない。

SARSを封じ込めるために台北を封鎖すべきなのか。10日間すべての活動をやめて全国民が自宅待機するべきなのか。さまざまな提案が出されているが、疾病管制局の陳再晋・前局長はシンガポールのリー・クアンユー氏が語ったとおり「全力で防疫に取り組み、正常な生活を送る」べきだと言う。混乱を避け、落ち着いて暮すことが大切なのだ。

伝染病は恐ろしいが、問題点を見出して政策を定め、着実に実施していかなければならない。感染拡大が収まった後、より寛容で成熟した社会が実現することを期待したい。

(この記事は5月23日に書かれたものです)

SARS WarsTaiwan Fights A Battle It Cannot Afford to Lose

Laura Li /photos courtesy of Hsueh Chi-kuang /tr. by Phil Newell

On April 24, 2003, Taipei City's Ho-ping Hospital was sealed off by the government after a series of mistakes and delays led to a "cluster" of SARS transmissions. This was a very harrowing day in the history of epidemiology in Taiwan, and marked the formal declaration of what has become a drawn-out and painful war to defeat SARS.

As of May 23, there were 538 probable SARS cases in Taiwan, and more than 60 deaths, making Taiwan the third worst affected country in the world after mainland China and Hong Kong. With the epidemic continuing to spread, and major medical centers themselves being taken out of action by the illness, how can we get back on a stable footing as quickly as possible? And what can we learn from this traumatic experience?


A warm and sunny May day would normally be a profitable and pleasant one for all manner of businesses. But the storm raging over the increasingly widespread epidemic of severe acute respiratory syndrome (SARS) has enveloped the entire island of Taiwan in a mist of anxiety and tragedy. Ambulance sirens wail all around, and normally cackling schoolchildren now have their smiles obscured behind protective masks. On the subway system, passengers cast suspicious looks at those around them, alert to signs of anything out of the ordinary, and there is a prevailing fear of becoming the next mass transportation victim to be infected by SARS as had previously happened to passengers on trains and inter-city buses.

Thank your unlucky SARS

To briefly recap the epidemic in Taiwan, the first case appeared in late February, when a Taiwanese businessman named Chin, who had been infected with SARS in mainland China, returned to Taiwan. He was immediately admitted to National Taiwan University Hospital for treatment, and was subjected to a strict quarantine. By mid-April, although there had been sporadic cases of SARS in persons coming back from mainland China, Taiwan continued to maintain a spotless record of "three zeros": zero deaths, zero community transmissions, and zero cases of Taiwanese taking the disease abroad. Citizens remained in a state of blissful optimism.

But this optimism did not stand the test of time. Early in April, a woman from Taipei named Tsao went to southern Taiwan to visit her mother-in-law who was in hospital there. On her return trip north, she became infected by SARS, probably a result of being in the same rail car as an infected individual from the Amoy Gardens housing project in Hong Kong (where dozens of people had come down with the disease). Ms. Tsao went to the Hoping Hospital to see a doctor, and although the hospital was on the lookout for possible cases and immediately transferred her to a better equipped teaching hospital, in the brief time that she had spent in Hoping-less than one hour-her presence set off a chain reaction with explosive results.

Starting on April 15, virtually every day there were new cases of medical staff and patients at Hoping showing high fevers, and with the hospital failing to take timely measures to more strictly isolate affected persons, the virus spread quickly and could not be contained.

On April 25, Hoping Hospital was hurriedly sealed off. On April 29, Jenchi Hospital, not far from Hoping, was also forced to close. Chaos and uncertainty reigned, until, fortunately for everyone, former Taipei City Bureau of Health director Yeh Chin-chuan came forward to take command on the front lines, and the situation was stabilized. Nonetheless, the damage had already been done, and today more than 60 staff members from Hoping Hospital are still locked in a life-and-death struggle against the virus in a situation that can only be described as tragic.

Seal everything!

In early May, when it appeared that the epidemic had been brought more or less under control in Taipei City, there was a wave of cases of SARS in individuals with no known history of contact with infected persons. On May 10, an elderly person living alone in an apartment in the Huachang Public Housing Project in Taipei's Wanhua District was discovered to have passed away at home several days previously, and two women living in neighboring apartments (one of whom died shortly thereafter) were apparently infected. The entire community was quickly sealed off, with more than 700 persons subjected to compulsory quarantine, making this the first community in Taiwan to be sealed as a result of a SARS outbreak. Fortunately, an investigation showed that there had been no infection of the water system or of shared public facilities at the project, and after intensive disinfection, the neighborhood was released from quarantine. The entire sequence took five days.

With the situation at hospitals out of control and the penetration of the virus into the community, on the day that Huachang was sealed off the World Health Organization listed Taipei along with Beijing, Guangdong, Shanxi, and Hong Kong as an area of high incidence of SARS transmission. Suddenly, "sealing up Taipei" became a hot topic of discussion.

But it is no easy feat to block the virus from moving around. On a normal day before being sealed, Hoping and Jenchi hospitals saw about 1000 patients, and if you add to that family members and visitors, the number of people who should have been placed under home quarantine was well over 12,000. But the Taipei Municipal Government simply didn't have the resources to fully monitor such a large group. A small number of persons, feeling ill but unaware that they had SARS, went to hospitals, and now the news is that there has been a large cluster of infections at Chang Gung Memorial Hospital in Kaohsiung.

The epidemic has spread to even the most remote locations in Taiwan, and the number of cases island-wide whose source of infection cannot be clearly traced is growing every day. There have also been numerous cases that have been reported only after the patient has died.

Even more worrisome is that Taiwan's leading medical institution-National Taiwan University Hospital-confirmed after a long period of rumors that there had been hospital transmission. About 250 medical personnel (10% of the staff) were placed under quarantine, and the emergency room was closed for two weeks for intensive disinfection. It was just around this time that the cluster outbreak occurred in Chang Gung Memorial Hospital in Kaohsiung, putting that hospital on the verge of being sealed off.

Moreover, when news of the cluster outbreak at Chang Gung came out, many patients there snuck away and re-registered at other hospitals, spreading the illness to Kaohsiung Medical University and Tainan County Medical Center. The situation in southern Taiwan, in the words of Lee Ming-liang, vice convener of the Executive Yuan SARS advisory committee, is "probably going to get worse, we just don't know how much worse."

SARS breeding grounds

How is it that the epidemic has spread so fast in Taiwan? Hospital transmission has undoubtedly been a major source of infection. As of May 23, medical professionals accounted for 40% of the 1500-plus suspected and probable SARS cases. That figure increases to nearly 90% when you add in persons infected in hospitals as a result of working as janitorial staff, providing private nursing services, coming for treatment, or visiting an inpatient.

In fact, because Taiwan did not immediately arrange for any specific hospital to handle all SARS cases, many different hospitals have been forced to accept SARS patients. Although there are now ten designated SARS hospitals, even these may have to transfer patients to large medical centers with better facilities and more complete respiratory equipment when the condition of these patients worsens. Taiwan Hospital Association President Kimma Chang finds this situation galling.

"SARS is highly infectious in any closed space with a high degree of interpersonal contact, which means that hospitals are among the most dangerous places!" says Kimma Chang. Based on current operating procedures, almost all hospitals, from the level one teaching hospitals (NTUH and Veterans General Hospital) to mid-sized institutions such as Cathay, Shin Kong, and Mackay, have been forced to accept from ten to over 100 SARS patients. The result of scattering patients for treatment has been that no place is free from risk.

Since these hospitals do not necessarily have adequate resources to defend against the virus, the result is that it is very possible that these hospitals will be taken out of action by SARS.

With every hospital trying to protect itself, patients are being bounced around from facility to facility, and the end result is that the bigger hospitals end up overwhelmed anyway. At NTUH, where there was a cluster outbreak at the end of May, for example, vice-superintendant Chen Ming-fong complained just before the outbreak that "the medical staff accounts for only 3% of the national total, but we've taken more than 80 SARS patients, which is more than 40% of the national burden."

Chen added that though the epidemic had been under way for nearly two months, the Department of Health had not established fixed procedures for handling suspected cases. Because NTUH does not have enough up-to-standard isolation rooms with negative pressure equipment, and was refused in its efforts to transfer patients to other hospitals, some suspected SARS carriers have to be left in makeshift quarantine in the emergency room. Under such circumstances, how can you talk about blocking the spread of infections?

And now that the virus has also invaded southern Taiwan, the major hospitals there are in the same boat as NTUH.

Where atypical is the norm

Moreover, "Taking care of SARS patients is very difficult and dangerous work," says Kimma Chang. Each time a medical professional enters/leaves an isolation room, he or she must put on/take off a protective "space suit" and two layers of gloves. Because caregivers must keep N95 masks on for long periods of time, they develop skin allergies and rashes on their faces. And whenever it is necessary to take a throat culture or insert a tube into a patient having trouble breathing, the result is often that the patient begins violently coughing or spewing saliva. Considering that one drop of saliva can contain more than 100 million viruses, no matter how professional or careful health care workers may be, there is still a risk of infection.

During the early stages of the epidemic in Hong Kong, it was said that "three health professionals go down for every patient cured." But now there are virtually zero transmissions among caregivers in that city. In contrast, Taiwan still lacks enough protective suits, masks, and portable oxygen tanks, with the result being that many health care workers are resigning to protect themselves. It appears that Taiwan has not given sufficient attention to training its medical professionals for epidemics, or to protecting them in the event.

On the other hand, with large medical centers ordered to accept SARS patients, other people in need of medical care, no matter how serious their condition, are afraid to come to the hospital at all. Thus each hospital's natural functions are paralyzed, and the needs of the larger public sacrificed, which could have very serious side effects on the nation's health.

Yet, says Kimma Chang, even though inpatients stay away, ordinary hospitals still take a steady flow of non-SARS outpatients and emergency cases each day, putting more people at risk. For example, if a kidney patient comes in with a fever, it could be diagnosed as the standard urinary tract infection, for which the patient will be sent to the nephrology department. When the hospital finds out this is a SARS "fish that has slipped through the net," then a whole group of doctors and nurses has to be quarantined, so that the shortage of personnel is made even worse.

It is especially disconcerting that the SARS virus appears to have mutated often in Taiwan. Many SARS victims have not shown the classic phenomenon of pulmonary infiltration in the early stages. Moreover, the transition period from spring to summer is when people suffer most from allergies and colds and germs are especially active, so it is no wonder one hears of so many misdiagnoses.

The first civil servant to die of SARS, an office chief in the Highway Bureau surnamed Chou, went to the NTUH emergency room because he felt ill and thought it might be SARS. Unexpectedly, he was twice sent home by doctors, and it was only on his third visit that he was admitted as an inpatient. He died of the illness not long thereafter. Similarly regrettable incidents have occurred at Chang Gung Memorial Hospital in Kaohsiung and at the Department of Health's Taitung Hospital, testifying to the difficulty of diagnosing the illness in its early stages.

Designated hospitals

Kimma Chang suggests: "Rather than having every hospital become a 'SARS hotbed,' why not follow the example of Singapore? There they require that people with fevers call a special hotline, after which patients are picked up by ambulance according to a computer generated priority system and taken to a specially designated hospital. Then they undergo meticulous screening and diagnosis at the designated hospital to determine whether they are in fact SARS cases, whether they need to be kept for observation, or whether they need to be treated in a negative-pressure isolation room."

Chang notes that Singapore's designated SARS hospital has separate floors for preliminary diagnosis, suspected cases, probable cases, and serious cases, and is provided with the best possible equipment for quarantine and treatment. On the one hand this minimizes the risk of the disease spreading more widely, and on the other patients know that they will be able to rest easy and get the best possible care there, and don't have to, as they do now in Taiwan, get moved around from place to place.

Of course, it is asking a lot of any hospital to be a designated SARS hospital, and it is a rather terrifying prospect for the staff there. For this reason all hospitals should contribute to the staffing of the special facility in rotation-time spent caring for patients, a 'vacation' in quarantine, and then a return to their original hospitals. Staff must also be provided with the best possible protective gear and financial bonuses, so that the sense of anxiety felt by caregivers can be reduced to a minimum.

Identifying and isolating cases is only the first step, however. The second step is isolating all those with whom they have come in contact.

Stay put!

Theoretically, except for a small number of "superinfective" individuals, in general SARS is not that infectious. "Only about 4% of people living with SARS victims actually get SARS themselves," says Chen Chien-jen, a member of the Academia Sinica, who took over the job of minister of health only in mid-May, right in the heat of the crisis.

But this does not change the fact that those who have been in contact with a SARS victim are the highest risk group, and should be quarantined, and this policy must be rigorously executed without exception. Success in this endeavor depends to a large extent on the public-mindedness of citizens and their willingness to obey the law.

Before the disease began to spread widely, many citizens did not take the home quarantine rules seriously. Fortunately, as waves of new infections have struck, people now increasingly accept the logic of the policy of "isolating oneself to protect others." When the Huachang housing complex was sealed, there was little protest or complaint, despite fears that quarantined individuals might lose their jobs or that their children would fall behind in school. Beginning on May 20, a "telecom monitoring system" was launched for the 12,000 category A people (i.e. persons who had been in direct contact with a known SARS case) to prevent them from "sneaking around" and posing a risk to society.

Regrettably, even as the country was getting tough on domestic quarantine, in mid-May a doctor from Mackay Memorial Hospital caused an international incident when he showed SARS symptoms while in Japan. Assuming that he only had the flu, he took some cold medicine and finished his travel itinerary, only later discovering that one of the patients he treated in hospital later died as a probable SARS victim. Japan was furious and Taiwan had to issue a formal apology.

While the furor caused by this particular incident has cooled, it highlights the need to raise awareness and civic-mindedness among medical professionals and citizens as a whole, and raises issues of balancing individual rights against public safety.

Not a very catchy field of study

Stepping back for a moment from the immediate struggle at hand, objectively speaking what advantages and disadvantages does Taiwan have in coping with a situation like the present one compared with those countries which are now fighting the same epidemic?

"Our weaknesses are in fact a product of our original strengths," says Twu Shiing-Jer, minister of the ROC Department of Health. Over the past half century, Taiwan has successfully eradicated various communicable diseases like smallpox, cholera, malaria, and polio, and its accomplishments in the field of public health are widely recognized.

But the downside of having conquered these illnesses is that the number of patients is constantly falling, so most young doctors prefer to specialize in growth fields like illnesses of advanced industrial societies or problems of the elderly. Virology, bacteriology, and epidemiology are considered "sunset subjects." The result is that there has been no one to take the baton from the previous generation, and gatherings of specialists in these fields can be mistaken for meetings of a senior citizens group.

Moreover, various specialized medical centers that formerly carried the ball for epidemic illnesses-such as the hospitals dedicated to tuberculosis, leprosy, and even sexually transmitted diseases-have been compelled by market forces to close or restructure. Though the general hospitals that have replaced them have state-of-the-art facilities, they do not have an adequate number of negative pressure isolation rooms with independent climate control. And while several teaching hospitals have invested heavily in electron microscopes for studying viruses, these have not been used or maintained in so long that they have become useless.

With little experience dealing with epidemics, today's officials, hospitals, and citizens have let their guard down. During the enterovirus epidemic in 1998, there was a major controversy because the government delayed notification of the threat. While this is not the case with the SARS epidemic-there are press conferences almost every day at every level of government from the premier down to local government officials, as well as at all major hospitals, so that there is considerable information available-SARS has still had an impact of unprecedented scope, with related issues that include the quarantine of over 10,000 people, sealing of hospitals and neighborhoods, closing of schools, creation of dedicated facilities, proper use and distribution of masks and protective clothing, and economic aid to affected industries. One official admits, "We are all improvising as we go," hoping to find the best approaches through trial and error.

Shared fate across the strait?

Since there is currently no medication to treat SARS, the only effective strategy is to keep people away from affected areas, to isolate infected persons, and to not give the virus any chance to find new hosts so that it dies out naturally. But given the state of the epidemic in mainland China, this could be a problem.

Lee Ching-yun, a professor emeritus at National Taiwan University medical school, who is known as "the father of epidemiology in Taiwan," says with a sigh that Taiwan has really been too intimate with the mainland. Even in mid-May, there were many travelers back and forth. In fact, as of May 20, more than 25,000 Taiwanese had returned to Taiwan from seriously affected areas like Hong Kong and Guangdong; fortunately, there have been no reports of any infections as a result.

Indeed, the epidemic seems to be nearing its end on the mainland. Meanwhile, the number of cases in Taiwan continues to climb. Is there no end in sight?

"There's no need to be pessimistic," says Chen Hour-young, a researcher at Taiwan's Center for Disease Control, which is in charge of monitoring the virus. No matter how much a coronavirus mutates, it is still just a type of cold, and as everyone knows, the number of cold sufferers drops dramatically as soon as summer arrives. So we can likewise expect the SARS virus to chill out.

You've had it... maybe

Chen Hour-young says that the three main indicators for whether an epidemic will spread are weather, antibodies, and pathogens.

The SARS virus' level of activity and lifespan both markedly decline at temperatures over 35 degrees Celsius or humidity over 60%. This is especially the case in well-ventilated spaces, where the virus will die in less than half an hour under these conditions.

Antibodies are another reliable indicator of an epidemic. SARS may be frightful, but the fact is that some people are unaffected by a virus no matter how ferocious it may be, and will not become seriously ill.

Look for example at the enterovirus-71 epidemic in 1998. Because this type of virus had not existed in Taiwan for a long time, most children lacked natural antibodies, and the epidemic left 78 children dead and more than 400 others impaired for life. But three years later, a survey by the Center for Disease Control showed that 68% of 15-year-olds had antibodies to enterovirus-71, indicating that many people had caught the virus but never even realized it.

With such precedents, will SARS turn out the same way? Former CDC director Chen Tzay-jinn points out that while at present the death rate from SARS is about 10-20%, this could be a serious overestimate. Because there is as yet no comprehensive system for testing for antibodies, the national infection rate-the number that experts are most interested in-remains a mystery. "Since we don't really know how many people have been infected nationwide, how can we calculate the rate of fatalities?"

Chen says that in Guangdong, where strict quarantine measures have not been taken and public health resources are inadequate, the epidemic has apparently begun to naturally slow down on its own. Does this mean that most people have been mildly infected and their bodies have produced antibodies, so that the virus cannot find any "fresh" victims without natural defenses, and therefore is retiring from the field?

All-out prevention, normal life

As for tracking pathogens, often they can be traced through so-called "intermediate hosts." For dengue fever, for example, every summer the health authorities conduct a search for areas with high numbers of the kinds of mosquitoes that carry that illness as a clue to which areas are most at risk.

Unfortunately, with SARS being passed directly from one person to another, a lack of intermediate hosts means a lack of indicators for monitoring, warning, and quarantine. At present it is widely believed in the medical community that after this first appearance by SARS, in which it has taken 600 lives worldwide, it could very well become a localized illness that periodically resurfaces in mini-epidemics. If this is the case, then Taiwan, which is a high-risk area, urgently needs to construct an effective system for monitoring and studying epidemic illnesses, so that when the next one hits we will be ready.

With great uncertainty still surrounding the epidemic, should Taipei be "sealed up" and everyone put under quarantine? Should Taipei really shut down all businesses, schools, and public venues and halt all commercial activities to create a "vacuum" for ten days in order to bring the virus down? Faced with conflicting demands and advice, former CDC director Chen Tzay-jinn borrows the advice of Singapore senior statesman Lee Kuan-yew: "Full-scale prevention, normal life." He hopes that citizens will remain calm and not act irrationally.

While disease is indeed frightening, if the critical factors can be identified and the policies based on this identification rigorously implemented, then the harm caused by SARS will be kept to a minimum. Let us hope that when the tide of SARS recedes, the Taiwan society that surfaces will be a more coherent, more tolerant, and more mature one.

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