海外に親戚の多い孤児作物
民族植物学と古生物学を研究するユニヴァーシティ‧カレッジ‧ロンドン考古学研究所のドリアン‧フラー教授がこの会議で初めて触れた、かつての台湾の食糧作物。それに驚いたのは刑禹依だけではなかった。学名だけで画像のない報告に会場じゅうがざわついた。参加者はいずれも世界トップクラスの農業や植物の専門家だったが、誰もその作物を知らなかったのだ。「フラー教授もそれを見たことはなく、日本の竹井恵美子教授を通して知ったもので、これは『孤児作物』で台湾だけに存在する」と言うのです。
2019年末、世界で唯一その作物を研究するチームのリーダーとして、刑禹依はケンブリッジ大学で講演し、第一段階の研究成果を発表した。台湾固有種「タイワンアブラススキ」、学名「Eccoilopus formosanus (Rendle) A. Camus」、英語名「Taiwan Oil Millet」はC4植物であり、乾燥や暑さ寒さ、病気、害虫、塩分、水害にも強く、光と窒素肥料の利用率も高いなど、さまざまな厳しい環境に適応し得る、植物界最強のサバイバーと言えた。「アブラススキは多年生植物で、北東アジアのあちこちで見かけます。竹井教授の記録によれば、降雪地帯でも発見され、よく育っていたとあります」アブラススキは食べられるが、穂をつけるとすぐ粒を落とすため収穫が難しく、しかも脱穀に手間がかかり粒も小さく、食用にされることはあまりないという。
「台湾の耕作限界地でよく見られるアブラススキはある日突然自然変異を起こし、粒が落ちず、株も直立して枝分かれが少なくなりました。こうして台湾固有種のタイワンアブラススキが誕生したのです」それに続く時代には、台湾島に暮らしていたオーストロネシア人が貢献したと刑禹依は考える。「彼らは粒の大きい元気そうなものを選んで植えました。先人の知恵はすばらしいです。3000年余りの間に食べるための人為的淘汰がなされたのです」
研究によればタイワンアブラススキの粒は、栄養のつまった胚の部分が体積の3分の1を占める。蛋白質や、亜鉛、マグネシウム、カルシウムなどのミネラルも含み、現代の主要穀物と比べても数倍の含有量を持つ。また、ほかの穀物には少なく、人体では作られない必須アミノ酸も含み、身体の発育や免疫機能強化を促進する。
3500~4000年前、台湾から外部へと大量の民族移動が起こった。「その際、家で最も重要なもの、例えば食糧のタネも運んだはずです」だが山間地に生えるタイワンアブラススキはそこに含まれなかった。「沿岸貿易が発展してもタイワンアブラススキは島を離れず、ついには台湾だけの『孤児作物』となりました。やがて原住民も食べなくなり、見かけなくなったのです」
ところが再発見されると、この作物は異常気象や人口増加による世界の食糧危機を救う「スーパーフード」になるかもしれないと、国や分野をまたいだ研究が行われるようになった。
また2019年末に新型コロナウィルス感染拡大が世界経済に衝撃を与え、食糧のサプライチェーンも寸断されると、各国は新たな食糧危機に直面した。続くポストコロナ時代に向けて、スーパーフードの遺伝子情報を解析し、予測不能な未来に備える必要が実感された。
栄養価が高く、油脂も豊富なタイワンアブラススキは、他の食材に加えて調理するのにふさわしい。徐子富は徳文集落と協力し、米や麺、石鹸や調味料に混ぜて使えるよう商品を多様化している。将来的にはグルテンフリーのスイーツも開発する予定だ。