毎週水曜の朝、八百屋「大王」の店主、大王は緊張する。夜明け前から七星潭の定置網水揚げ場に行き、飲食店や地元住民など手馴れた買い手に混じり、新鮮な魚を手に入れなければならないからだ。ブルドーザーのショベルから大量の魚が地面に落とされた瞬間、争奪戦が始まる。
トラックのハンドルを握ると労働者だと実感すると言う「大王」こと王福裕は、台南の農家の出身だ。都市計画学博士で、長年研究に携わった。3年前に成功大学研究発展基金会の東部永続発展プロジェクトに参加し、花蓮に引っ越した。地域の隅々を回ったので、この地の文化や自然については地元の人より詳しい。
1年前「机上の空論」でしかない学術人生にきっぱり別れを告げ、同プロジェクトの課題でもあった農村発展問題に自ら取り組むため、花蓮で共同購入の有機野菜店を開くことにした。幼い頃に親しんだ「土の匂いのする生活」への回帰でもあった。
実は、彼は研究で花蓮の農村を回るうち、各地の有機農家と知り合いになった。家族の健康のためにと20年続けている農家や、最近政府の指導を受けて始めたところもある。
1年余り前、36歳になった彼は無農薬栽培を始めた。バイオ農薬も使わない難しい自然農法だった。妻の蘇莉婷;と二人、お腹の赤ん坊に「土地と結びついた生活」を与えるためだ。だが、律儀な王福裕は、農場見学に行っては友人のためにと有機野菜を買って帰るうち、人脈と評判という創業の条件が整っていった。
2008年初め、「新鮮。環境にやさしい。農家をサポート」の三原則を掲げ、八百屋「大王」は開店した。理念実践のため、仕入れ先は地元の有機農場に限った。1週間前に野菜リストを出して前日に注文を締め切り、農場に電話を入れる。翌朝早く自ら冷蔵車を運転して農場に行き、収穫したばかりの野菜を選ぶ。農家の冷蔵や運搬の負担をなくすためだ。購入者は宅配か店頭で野菜を受け取れる。
商売をしながら財務管理や商品企画、日程管理などを身につけ、同時に農家の人々からは「自然に合わせる」おおらかさを学んだ。例えば、野菜の葉が虫に食われても「食べるのだったら1枚全部きれいに食べて、ほかのは人間に残しなよ」と虫に語りかけ、収穫間近の桃が大雨であらかた地面に落ちてしまっても、「ジャムやフルーツビネガーがたくさんできる」と笑ってすませる。そして王福裕たちは、農家をサポートするために大豆や小豆の小規模契約を農家と結んだり、農作業を手伝ったりもしている。
八百屋「大王」が特別なのは「せっかく海辺にいるのだから」と、新鮮な魚の配送もする点だ。王福裕は以前から、浜辺で魚の水揚げを待ち、争うようにして買い求め、持って帰って煮炊きするといった過程を楽しんでいた。行くのが遅くなると、顔見知りのおかみさんが、彼のために一匹残してくれていることもあった。
3年のうちに買出しにもすっかり慣れ、漁師さんとも親しくなった。だが商売となると話は別だ。
水揚げして15分ほどで、いい魚はプロにすっかり買われてしまう。しかも、今日はどんな魚がどれほど捕れるかは予測できない。思ったように手に入らない日は他を回らねばならず、最悪の場合は市場で買う羽目になり、これでは無料の配送サービスをやっているようなものだ。
自分の店を「零細ソーシャル・エンタープライズ」と呼ぶ彼は、顧客数は240まで成長するかもしれないが、規模は大きくないほうがいいと言う。「台湾の有機農業にとっては、あちこちに同様の店ができたほうがいいですから」彼は自分の経験をどんどんほかの人に伝授したいと考える。
朝は魚の仕入れ、夜中は豆の仕分け、翌早朝は野菜の仕入れという王福裕を見て、思わず「これがスローな暮らしなのですか」と尋ねた。
彼は「私にももちろん暇な時はありますよ」と言ってからふと真顔になり、こう続けた。「新鮮でおいしいものには代償があります。スローというのは『ゆっくり食べる』という意味ではなく、おいしく新鮮で健康的な食材のために『待つ』ことです。でも野菜屋としては行動は迅速でなければ。速いのはスローのため、それでこそ人々の幸せを創造できるのです」
お客に現地の新鮮な味を楽しんでもらうために、王福裕は毎週、七星潭の定置網漁場へ魚を仕入れにいく。
八百屋「大王」へ行けば、新鮮な野菜だけでなく、作りたての豆乳や有機食材の乾物も手に入る。