親の計画通りにはいかない
将来の競争を考え、親は急いで準備をさせようとする。中には学齢前から子供を「殺戮の戦場」へ送り込む親もいる。
「全方位型、全面的英語教育」を標榜する幼稚園では、子供の「リーダーシップ、優れた才能、卓越した英語力」を培うとし、親と社会が求める「教育の多様化、国際化、科学化、きめ細かさ」を満たすとしている。最近では、このような英語教育を行なう幼稚園が増えているが、実際にどれだけの子供が、卓越したリーダーシップや優れた才能を持てるのだろう。
今年の旧正月の前、台北の有名進学校である建国中学3年生の理数系優秀学級の生徒が自殺するという事件があり、教育関係者や親たちに衝撃を与えた。
英才教育の専門家でもある台湾師範大学教育学部の呉武典・学部長によると、我が国の英才教育は知識を重視しすぎ、情緒を見落としているという。そのため学業優秀な生徒の多くはIQは高いがEQは低く、挫折に耐えられず、人に助けも求められない。「これは無知な大人の責任です」と言う李家同・教授は、聡明な親は、子供に「おまえは才能に恵まれている」などと言わないものだと指摘する。天才は後天的に育てられるものではないが、台湾の多くの親は、神のように子供を天才に育て上げようとしているのである。
進学と教育全体の環境が変わらない限り、競争はなくならず、子供たちは息をつけない。しかし、勤勉に学ぶことと競争力との間には必然的な関係があるのだろうか。試験の成績が良いことが真の競争力を意味するのだろうか。
「人生は計画できるものではありません。多様な環境を与えることはできても、子供を枠にはめることはできないのです」と話すのは、二人の息子を持つ仏光大学人文学院芸術研究所の林谷芳・所長だ。学校で学んだことが社会で役に立たなかったり、興味と勉強の内容がマッチしなかったりするように、物事はもともと計画通りには行かないのだから、子供に特定の能力を持たせようとするより、環境の急速な変化に適応する力を持たせることの方が大切だと林谷芳所長は言う。
まず楽しく、競争力はそれから
梁培勇・副教授は、分業化と専門化が進んだ現代ではチームワークや人間関係が重要だと考えている。協調性や自己表現力、感情やストレスをコントロールする力がより重要になるということだ。「子供にとっては将来の競争力より、今を生きることの方が大切です」と言う。
林谷芳氏はさらに、競争力というのは一種の社会心理で、それは島国の焦りを表していると指摘する。
梁培勇さんも、将来の競争にどう立ち向かい、処理するかが大切だと言う。子供にとっては「話すこと」と「遊ぶこと」こそ、情緒を処理する有効な方法だが、子供は言いたいことを言えずにいる。大人が聞こうとしないからだ。
児童福祉連盟の調査によると、子供の4割以上が悩みを胸に抑え込んでいる。「言いたくない」「言っても仕方ない」「誰に言えばいいのか分らない」というのが理由だ。そこで児童福祉連盟は、子供たちが言いたいことを言える場として、昨年4月に児童ホットラインを開設した。
児童福祉連盟の王育敏・執行長によると、ホットラインには毎日平均28通の電話がかかり、その8割が女子だという。半数以上の悩みは学校の生徒同士の問題だ。また学業のプレッシャーを訴え、解決方法を求めてくる電話も多い。「低学年の生徒も勉強のプレッシャーにさらされている点には注目する必要があるでしょう」と王育敏さんは言う。
遊びは子供にとってストレス解消の一つの方法だ。親が時に子供を自由にさせてやることで、子供はストレスを軽減でき、情緒のバランスを保ち、問題処理能力を強化することができる。
日頃は子供の勉強を厳しく見守っている陳淑英さんも、夏休みと冬休みには、子供を学童保育などに預けず、塾にも通わせないようにしている。「子供には、休暇というものを分らせたいと思っています。夏休みも休めないようでは、次の学期が始まった時に頑張れないではないですか」と言う。
実際、子供は一人ひとり違うのだから、勉強によって生じるストレスも子供によって違い、一概に論じることはできない。言い換えれば、すべての子供にとって勉強が楽しくないわけではなく、また一日中遊んでいることが楽しいとも限らないのである。したがって、子供の教育方法に一定のスタンダードと言えるものはなく、適性によって考えていかなければならない。
楽しい少年時代と将来の競争力という難しい選択の中で、親たちは戦々恐々として何とかバランスを見出そうとしている。揺れ動く環境に置かれた子供たちの将来を、もっと考える必要があるだろう。