試験前の金曜の夜、プレハブの「台東教育発展協会」合同オフィス兼書庫には大勢の人が集まっていた。教育部の「携手計画」中学基礎学力試験成績向上プランに参加している中学3年生十数人が、学校を終え、フライドチキンやジュースを買ってきてここに集まり、食べながらおしゃべりしている。

その中の一人、阿強が傍らのギターを取って弾き語りを始める。「君は遠い世界へ飛び立った…外の世界は輝かしく、外の世界は自分の力ではどうにもならない…僕はここで君のために祈ろう」。かつてヒットした斎秦の「外の世界」は、15歳の少年の憧れを表現している。

ギターの音とフライドチキンの匂いに満ちた部屋の中、ようやく彼らは勉強を始める。

「夢の途中であきらめるなんて」阿元は一年余り前にこの部落へ来て子供たちの需要に気付き、夢の実現を手伝うことにした。

教室で羽ばたく

「プレッシャーをかければ子供は逃げてしまうし、手綱を緩めれば怠けてしまう」と話す陳俊朗にとって、毎晩の補習授業は子供たちとの綱引きだ。

1時間半の授業に陳俊朗は全力で取り組む。子供たちの眠気を吹き飛ばすように、南北宋の物語に笑い話も交える。

一般の子供が難関にぶつかる国語や英語や数学でなく、なぜ歴史を教えるのだろう。

陳俊朗は、歴史や地理はハードルが低く、自分の得意分野でもあるからだと正直に説明する。だが主な理由は、僻遠地域の子供たちは学力の基礎が弱く、英語や数学や理科などは彼らにとっては難しすぎるため、帝王や英雄の物語から入門するのがよいと考えるからだ。

授業には工夫を凝らす。大陸のドラマ「満清十大王朝」を見せ、まず清朝の概略を理解させる。まず全体像をとらえてから、東西の歴史を重ね、アレキサンダー大王の東征の頃、中国では春秋戦国時代を迎えていたことを理解させる。

中学の教材を熟知している陳俊朗だが、自分は高校までしか出ていない。子供たちに教えるために、彼は一年余りをかけて各社の参考書を熟読したところ、どれも似たり寄ったりで、細切れで相互のつながりに欠けていることに気付いた。そこで自ら教材の編集を始めた。歴史地理から始め、言語、数理まで「教室で羽ばたく」と題する、おもしろい啓発的な教材を作った。実習や体験を通して学習意欲を高める工夫もしてある。例えば、映画「ロード･オブ･ザ･リング」に出てくる投石車を通して、軸やてこ、放物線、力学などの原理を教える。

陳俊朗の「教室で羽ばたく」教材編集計画は、2008年にキープウォーキング賞を受賞して100万元の資金援助を得た。彼にとって、これは金銭的なサポートであるだけでなく、精神的にも大きな励みになった。

どうせ自分の子供（左から2人目）に教えるなら、地域の子供も一緒に教えればいい。「建和書屋」は陳お父さん（右ページ下）の「おせっかい」から始まった。

子供を奪い合う

温泉で有名な台東県知本地区は人口が少なく、各学校の生徒数も合わせて1007人しかいない。陳俊朗が理事長を務める「台東教育発展協会」は各地で400人余りの小中高校生をサポートしている。

帰郷した当初、地域の教育にこれほど深く関わることになるとは思っていなかった。8年前、台北で商売をしていて家族との関係が薄れていた彼は、妻子との関係を取り戻すために、台北での仕事を片づけて帰省し、書記官試験の準備をしながら子供との時間を持つことにした。帰ってみると、周囲には、家族が離散し、誰も勉強を見てくれない子供が大勢いることに気付き、「おせっかい」で世話を焼きはじめたのである。

最初は近所の子供たちの勉強を見てやり、おしゃべりをしていただけだが、食事をしていない子供には食事を出してやると、子供たちは彼の言うことを聞くようになった。

外省人と閩;南人、客家と原住民が混在する知本で、閩;南人である彼は、地元出身だが原住民ではない。「おせっかい」が、思いがけないことに、地域の原住民と漢人の間の教育権の争いへと発展してしまった。

「子供が、家族ではなく私の言うことを聞くようになると、原住民の中には、漢人は文化の掠奪者で彼らの伝統を破壊すると言う人も出てきました」一部の原住民の親は、子供の価値観や生活態度が影響を受けて、親に反抗することを心配し、書屋への出入りを禁じたり、彼に文句を言いに来たりした。

どうせ自分の子供（左から2人目）に教えるなら、地域の子供も一緒に教えればいい。「建和書屋」は陳お父さん（右ページ下）の「おせっかい」から始まった。

悲しみの原住民部落

台東県知本地区では原住民が人口の4割を占める。建和地区の原住民は2000人ほどで、親の失業や飲酒、父親の暴力、母親の家出など、数々の問題を抱えている。

建和地区にある知本中学が2008年に生徒の家庭を調査したところ、一人親家庭や、両親が不在で祖父母と孫だけの家庭の割合は72.4％に達した。

「書屋の任務は、逆境にある子供たちに、親とは違う人生を歩んでもらうことです」と陳俊朗は言う。地域の弱者家庭の子供は、長年にわたってさまざまな補助を受けているため、しだいに競争力を失い、「夢」まで弱化してしまったと言う。

「原住民の生徒には、学費補助と成績加点（25-35％）という優遇措置がありますが、社会に出れば何の優遇もありません。補助を受けるのに慣れてしまうと、子供たちは挫折し、親と同じ道を歩んでしまいます」

「書屋が与えるのはセカンドチャンスです」台北富邦ホールディングスに勤務した経験があり、今は書屋の幹部を務める鄭賀元（阿元）は、この僻遠のリゾート地に遊びに来て以来、思いがけず、ここに2年も住むことになった。その原因は、部落の需要を目にしたことだ。

「食事はしたか？」と、阿元は書屋に入ってくる生徒に必ず聞く。返ってくるのは、しばしば沈黙である。そこで書屋では毎日夕食を用意し、家に帰っても夕食がない子供たちに、一晩中ひもじい思いをさせないようにしている。

「ここの子供たちの多くは、空腹を満たすことさえできないのですから、勉強どころではありません」と阿元は言う。昨年、基礎学力試験を受ける中3の女子生徒を教えたところ、試験の半年前に、彼女たちは小学3年で習う除法さえ十分にできないことがわかった。

生徒たちを尊重して「寄り添う」ことで、彼らはしだいに陳お父さんと阿元を認めるようになり、困った時には相談に来るようになった。ラブレターの添削を頼まれることもある。

陳俊朗によると、この地域の子供が直面している問題は、学費と感情と学業の三つだ。

学費の問題は、部落の子供たちの最大の悩みだ。これは都会の恵まれた子供たちには想像できないことかも知れない。原住民子女の給食代は県が補助し、保険も無料だが、多くの親は「教育は政府がすること」と考えており、お金があれば他のことに使ってしまう。その結果、子供たちは学校から学費を催促されることとなる。

陳お父さん（前列左）は「自転車で花蓮まで挑戦」に参加した子供たちのために焼き肉パーティを開いた。大喜びの子供たちは、来年はきっと「自転車で中央山脈横断」を成し遂げようと誓いあった。

コミュニティの「学童保育」

自宅で子供たちの相手をして5年ほどたった頃、開拓文教基金会の支援を得て、陳俊朗は倉庫を借り「建和書屋」を設立した。さらにサイトを設けて書屋の物語を紹介したところ、思いがけず大きな反響があった。各地から次々と本が寄贈されてきたのである。僻遠の台東にあっても「声さえ上げれば支援が得られる」と陳俊朗は子供たちに言い聞かせている。

教育は根を張るような仕事だ。時間をかけて少しずつ蓄積することで子供たちに変化が見え始めた。喧嘩やドラッグの問題も少なくなり、住民からも支持が得られるようになった。

今では書屋は地域の「託児所」や「学童保育」のような存在となり、子供たちは放課後にここに集まって本を読んだり宿題をしたり、無料の「家庭教師」の指導を受けたりする。子供たちのために進んで夕食を作りに来る人もいる。

陳俊朗の影響を受けて、多くの人が勉強を見てやるために集まってきた。協会の幹部となった楊惠菁;（阿娘）、建農地域幹事長の唐玉誠、阿元、台東大学大学院生の張銘珊、立法委員の助手を務めていた陳秋蓉、知本美麗書屋の粘お父さん、美和地域の顔お父さんらだ。

対象地域も広がり、今では知本エリアに13ヶ所、教育部の「携手計画」を請け負うほか、二つのサンバチームと四つのバンド、それに自転車チームも結成した。

努力さえすれば夢はきっとかなう。建和書屋で結成された最初のバンド「小董事」は台東伽路蘭のステージに上った。まるで「海角七号」の阿嘉のようではないか。

疲れても倒れない

最初は自分の2人の子供を見てやるだけのつもりだったのが、今では地域の400人の子供の世話をすることになった「陳お父さん」は、時間も労力も精神力も使っているが報酬はない。衣食住は親に頼り、厳しい時はご飯に豆腐乳だけということもあるが、陳俊朗は少しも辛くないと言う。

「人生で本当にやりたいことが見つかっただけで十分です」と言う。今は名利を求めない仲間たちに囲まれ、やりたいことをやっている。「悔いはなく、明日死んでも構わない」と言うほど充実した日々を送っているのである。

「何よりも良い影響を受けたのは私の子供たちです」と陳俊朗は言う。自分の結婚生活は結局維持できず、長男は母親と一緒に鳳山で高校に通っており、自分のところにいるのは中学3年の息子だけだ。だが二人とも父親との関係は良く、多くの人に囲まれて育ったため、二人とも人助けは当然のことと考えている。「こういう考えがあれば、利己的で短視眼的な人にはならないでしょうから、彼らの人生もOKです」と言う。

「疲れますが倒れはしません。ゆっくりですが立ち止まりません」と話す阿元は、子供たちの変化を見るのが何よりの喜びだと言う。

では、子供たちはどう変わったのだろう。

「子供の変化は数字では表わせません」と話す陳俊朗はこう言葉を続ける。このように勉強を見てやるだけでは試験の成績が顕著に上がるということはないが、子供たちは常識を持つようになり、自分で勉強する力を身につけ、理想を追い求めることを知った。それだけで十分ではないだろうか、と。

知本中学では全校402人のうち3分の1以上の140人が書屋で補習を受けている。同校の李信弘教頭によると、子供たちに放課後に行くところができ、誰かが見てくれるようになってから、集落をぶらついて問題を起こすようなことは確かに少なくなったと言う。ただ逆に心配なのは、親たちが子供を誰かが見てくれるのを当然のことと考えてしまうことだそうだ。

阿強の悩みがギターの音から漏れてくる。傍らの忠犬も同じ思いに駆られているかのようだ。

生命の出口を見つける

だが、少なからぬ親も変わりつつある。書屋の最初のボランティア「阿娘」と息子の阿強の物語は、その良い例だ。

阿強は小学5年の時に父親を急性肝炎で亡くし、母親とともに知本の実家に戻ってきた。環境の急激な変化や高圧的なしつけのために、阿強は心を閉ざし、自暴自棄になって母親と対立し、家を跳び出した。

そんな阿強は中学1年の時に陳お父さんに出会い、彼にギターを習い始めた。ここで阿強は出口を見つけ、心の拠り所を見出したのである。

「ギターは阿強にとって重要なきっかけでした」と陳俊朗は言う。ギターへの憧れがあればこそ、阿強は陳俊朗の言うことを聞くようになったのである。練習を始めて1年目、彼は地元でバンドを組み、舞台にも上るようになった。今は地域の人々にギターを教えている。

「以前のしつけや息子に対する態度は間違っていました。本当に悪かったと思っています」と、道に迷った息子が戻ってきたのを見て、阿強の母親「阿娘」は反省する。阿強は今も書屋に行けばパソコンでゲームをしているし、勉強よりギターの方に夢中だし、学校の先生にとっては今も問題児だが、それでも母子の亀裂はすでに修復されつつある。阿娘は、陳お父さんの協力を得て二人が危機を脱したことを知っている。

権威を振りかざさない陳お父さんは、子供たちから「仲間」と認められている。

Just do it !

元旦の連休、建和地域と近隣の大橋、泰安地域が共同で「自転車で花蓮まで挑戦」というイベントを行なった。スタッフ40人と子供30人が花蓮まで続く縦谷を走り、花蓮で折り返して今度は海岸線を台東まで戻ってきた。2泊3日の300キロに及ぶ自転車の旅は、子供たちにとっては体力的にも精神的にも大きなチャレンジだった。完走して証明書を受け取る子供たちは恥ずかしそうだったが、実に誇らしげだった。

中年の陳俊朗だが、子供たちが夢に挑戦するためのさまざまな計画を次々と立てている。来年は自転車での中央山脈横断、再来年はヨットでの台湾一周も考えている。これらすべての努力は、子供たちに「やる気さえあれば、絶対に成し遂げられる」ことを証明して見せるためなのだ。

誘惑に満ちた都会とは違い、原住民部落は一見単純に見えるが、親は不在で家には祖父母しかいなかったり、親の失業や家庭内暴力、親の疾走など、数々の深刻な問題を抱えている。子供たちの無邪気な笑顔の陰には私たちの知らない涙が隠されている。