昨年末に香港のTom.comグループに買収された「商業周刊」の王文静編集長は、大陸の出版市場について聞かれると、「もちろん進出します。誰もが狙っている大市場ですから。それに本誌のインタビューを受けてくださった方々や読者の多くも、すでに大陸に行っていますし」と言う。
商業周刊は、香港企業に買収される前から、発行人も社長も何度も大陸を訪れていて「力があり、なおかつ官僚ではないパートナー」を探してきたという。昨年は、発行人をリーダーとして5人によるチームを作り、広東の「深圳特区報」と協力の可能性を話し合った。その後、Tom.comグループに加わったため、この協力案は実現しなかったが、大陸進出の目標は変っておらず、今年3月には上海に正式に駐在員を派遣した。王文静編集長は「大陸への進出は、商業周刊が14年前に創刊された当初からの目標なので、上海には高級管理職が駐在しています」と言う。
中国語消費市場の移転
台湾海峡両岸の出版事情に詳しい仏光大学人文社会学院の陳信元副教授は「大陸はすでに世界最大の中国語出版物の市場になっています」と言う。陳副教授によると、十年前に台湾海峡両岸の出版研究を開始した当初は、大陸の出版市場の規模は100億人民元に満たなかったが、西暦2000年にはそれが376億8000万まで成長したという。これは、近年停滞している日本や台湾の出版市場から見ると、うらやましいような成長ぶりだ。
大陸の新聞出版署の図書出版統計によると、2000年に大陸では14万種余りの図書が出版されており、その販売部数は合計70億2400万部に上った。一人当たり年間平均5.5冊の本を買っている計算になる。「北京と上海という二つの大都市圏を除いても、江蘇、山東、遼寧、湖北、湖南、さらには雲南や広西といった地域の出版社も軽視できません」と陳信元副教授は言う。大陸の出版業界はすでに戦国時代を迎えているようだ。
出版物のカテゴリーを見ると、大陸では、昔から重視されてきた社会・科学分野の書籍の他に、経済発展が目覚しいことから、企業の経営管理に関する叢書や、個人の財テクを扱った本などもベストセラーに名を連ねている。
大陸市場に入り込む
次々と大陸市場に進出している台湾の出版業者の中でも、1987年に大陸に進出し、海峡両岸の資源をうまく結合させてきた「錦繍出版」が第一に挙げられる。
錦繍出版の発行人である許鐘栄氏は、14年にわたる大陸との協力方法を幾つかの形に分類する。第一は、台湾では製作の難しい、大規模な全集の類で、例えば大陸の人民美術出版社、文物出版社、中国建築工業出版社、上海人民美術出版社と協力して完成させた『中国美術全集』などがある。第二は、台湾の企画をもとに大陸の豊富なライターや翻訳者を生かして完成させたもので、例えばイタリアから版権を購入した『西洋美術の巨匠』は、大陸の優秀な翻訳人材を生かして短期間に完成させた。その時に蓄積された原稿用紙20万枚以上の翻訳原稿は、その後、錦繍出版が欧米の出版社と版権交渉をする際の有力な切り札の一つとなっている。このように、台湾海峡両岸のそれぞれのメリットをうまく生かしてきた許鐘栄氏は、その後さらに『西洋美術の巨匠』の版権を大陸の出版社にも売り、もう一つ新しい協力形態を生み出した。
大陸の消費人口は多く、また価格の高い全集などを購入できる層も日増しに増えている。ここに目をつけた錦繍出版は、最近では台湾で出版された全集類を、外国語図書の原書輸入という形で大陸に輸出している。また、特別に大陸市場向けに企画を立てた『芸術と生活』シリーズや『海外の中国名画精選』などは、いずれも大陸で大きく注目されている。
名義を借りて進出
このように、大陸の豊富な資源を活用する方法もあるが、台湾の出版業界の真の目的は、合弁や独立資本で実態のある出版社を大陸に設立し、大陸内部の市場を獲得することにある。しかし大陸当局は、イデオロギーに関わってくる出版物については極めて慎重な態度で、幾重にも保護政策が採られている。そのため長年にわたって、台湾の出版社は、版権売買や、合作出版という形でしか大陸には進出できていないのである。
出版が規制されている大陸では、書籍を出版するには「書号」が、雑誌を出版するには「刊号」がなければならず、これによってそれぞれの出版社の年間の発行数の割当が決められている。こうした中で、書号や刊号の売買は非合法ではあるものの、台湾を含む外国資本の多くは、実際には民間のルートで、書号や刊号を買い取るという形で入り込んでいる。
雑誌の刊号の場合は「殻を借りる」という形で行なわれる。つまり、大陸で廃刊になった雑誌や、売れ行きの悪い雑誌の刊号を借りて編集・発行するというもので、「刊号の使用料」として大陸の雑誌社には年間20〜30万人民元を支払うのである。
「大陸の出版業界では、昔から書籍が重視され、雑誌は軽んじられてきました」と陳信元副教授は言う。「中国期刊協会」が2001年の年初に行なった調査によると、大陸で100万部以上発行されている雑誌は23あり、上から10位以内には、質の高い文章を集めた隔週刊誌「読者」や「青年文摘」、生活雑誌の「家庭」「家庭医生」などが入っている。
しかし、韓国、日本、台湾、香港だけでなく、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツなど各国の出版社が、大陸の巨大な雑誌市場とその広告市場を狙っている。しかも科学技術、ファッション、生活、言語、児童など、大陸で最もニーズのある分野の雑誌発行の協力対象を大陸に求め、名称を変えて発行しているのである。
例えば、日本の主婦向け雑誌や、台湾のパソコン雑誌「PC Home」、英語学習誌「空中英語」なども、雑誌名を変えて大陸で発行されている。また台湾の「当代設計」や「芸術家」といったデザイン誌は、毎号個別に申請し、台湾で印刷されたものを大陸でも販売するという方法を採用している。
ただ、大陸の雑誌社の「刊号」を借りて名前を変えて発行する方法にはリスクもある。「大陸が求めているのは外国雑誌の内容だけで、そのブランドは要らないのです」と指摘するのは陳信元副教授だ。刊号を借りる形で外国の出版社が原稿を提供している雑誌の場合、その大陸の雑誌社が外国出版社の編集理念や編集手法を学び取って刊号の貸し出しを止めてしまえば、外国資本は大陸雑誌社のためにブランドを確立したことになる。「ですから、大陸では信頼できるパートナーを見出すことが、より重要になります」と話すのは空中英語雑誌の大陸駐在顧問である馬励氏だ。
さまざまに姿を変えて
「将来、大陸の出版業が開放された時に、すぐに参入したいと思うなら、今から入り込んでいなければなりません」と話すのは台湾MACエデュケーショナル(TME)の黄長発社長だ。錦繍出版の許鐘栄氏も「大陸では法令上はまだ開放されていませんが、実際にできることは少なくありません」と言う。現在は合法的とは言えず、また利益も出ないとしても、各国の出版社は法令すれすれのところで、さまざまな形で参入しており、5年後の開放のために経験を積んでいる。
したがって、大陸ではまだ出版社に外国資本が入ることは許可していないが、それでも多くの外国企業が大陸に進出している。最もよく見られるのは、大陸の出版社やマスメディアの傘下にある子会社を買い取るという方法だ。出版社傘下にある広告会社、写植印刷会社、文房具会社などを買い取り、親会社である出版社より大きな資本や持株比率を生かして全体をコントロールするのである。このような形を採っているため、欧米や日本、香港、台湾の出版社の大陸駐在員は、いずれも出版社としての肩書きは持っておらず、控えめに行動している。
一方、大陸の出版業者とともに林清玄や簡媜など台湾の作家を代理している台湾MACエデュケーショナルは、これとは別の方法を採用しており、成功事例としてしばしば取り上げられている。
同社の黄長発社長は「実際のところ、大陸進出の最初の段階では、私たちも成功しなかったのです」と言う。同社は早くも1991年に台湾の管理職3人を大陸に派遣したが、当時大陸の消費市場はまだ規模を備えておらず、版権を売った収入が、一度の大陸出張の経費で消えてしまうこともあった。また大陸では団体に対する管理が厳しい上に、直接販売の方法では書籍の単価が高すぎて売れず、2年後には引き上げるしかなかったという。
だが、1997年に再び大陸に上陸した台湾MACエデュケーショナルは、今度は成功した。台湾の作家をブランドとして打ち立て、大陸の出版業界でしだいに人脈を確立し、影響力を発揮するようになったのである。
台湾と大陸の立場の逆転
これまでずっと台湾海峡両岸の出版業界は、どちらも「中国語出版物の中心地」であることを自負してきた。大陸当局も、グローバル化の流れの中で、外国資本が大陸に進出して市場を得ようとしていることは知っている。そのため、出版業の開放の時期を先送りしながら、積極的に文化関係の人材を育成している。
陳信元副教授によると、1996年以降、大陸では驚くような巨大資本の大型出版グループが次々と設立されていると言う。例えば、広州日報グループの資産額は10億人民元以上、上海世紀出版グループの資産額は5億人民元を超えており、こうした出版グループが50近く設立された。
大陸で青少年文学の分野で成功している小魯出版社の陳衛平社長は「しかたありません。時間は私たちの手に握られているわけではありませんから」と言いつつも焦燥を隠せない。かつて、台湾は資金が豊富で、版権売買の交渉力などの面でも優位に立っていたが、今ではそうした面でも次々と大陸に追いつかれているからだ。
陳信元副教授によると、以前は、大陸の出版社は十分な情報を持っていなかったため、台湾の出版社を通して海外のベストセラーの版権を二次的に取得していた。しかし今では、海外との版権契約において大陸の出版社は一度に5万米ドルも先払いするようになり、これを目にした海外の出版社の多くも、世界の中国語版の代理権を大陸に渡すようになっている。
大陸の新聞出版署が発表した数字からも、その変化がうかがえる。大陸の出版社が取得した海外の版権の数は、1995年には1664件だったのが、西暦2000年には7343件に達している。また大陸から台湾に販売された版権を見ると、1999年にはわずか201件だったのが、翌年には倍の450件に増えており、台湾は大陸にとって主要な版権輸出先となっているのである。「これは非常に深刻な課題です。大陸は海外との交渉において私たちより強い切り札を持っていますし、すでに台湾を飛び越えて、直接海外と交渉するようになりました」と台湾MACエデュケーショナルの黄長発社長は言う。だからこそ、困難な中で同社は大陸における拠点を増やしている。将来、世界的な版権交渉において有利な立場を維持するためだ。
ガラスを切るダイアモンド
では、台湾海峡両岸の出版業界において、台湾に残された優位性とは何なのだろうか。
「私たちは報道の深さというものとマーケットを理解しています。これは大陸にはできない点です」と語るのは商業周刊の王文静編集長だ。
財団法人中華図書出版事業発展基金会の曾繁潜・執行長によると、毎年開かれるフランクフルトのブックフェアでは、台湾の出版業者の後ろに大陸の出版業者が数人付いて回っているそうだ。彼らは、台湾の業者がどのような本を買うかを見ているのである。特に絵本などは、どれも美しく、良し悪しの見分けがつかないからだ。
「台湾の出版社は、長年にわたって『学費』を払い、多くの在庫を抱えながら苦労して知識と経験を蓄積してきました。これは、いくら資金があっても買えるものではありません」と曾繁潜・執行長は言う。台湾海峡両岸は版権の取得、翻訳、印刷などの面で、まだまだ協力できる空間があると曾執行長は考えている。
出版業の経営には資本形成、管理メカニズム、製作管理、市場経験など、さまざまな面があるが、「台湾の編集者の創意と時代感覚、そして台湾の出版社の経験と技術は、世界の中国語出版市場の中で最も成熟しています」と小魯出版社の陳衛平社長は言う。
大陸の出版業界は膨大な資金を持つようになったが、マネジメント人材という面では、まだ世界のレベルに追いついていない。この面でも台湾に強みがある。
「文化事業の核心となるコンセプトは非常に独特なもので、複製できるものではありません」と錦繍文化の発行人である許鐘栄氏は自信を持って語る。台湾を足場として大陸に目を向け、積極的だが決して軽率な行動に出ない出版界の長老、許鐘栄氏は、今年台湾で1万人以上の営業マンを使って「1万9999元で生涯錦繍の本を読める」という会員募集キャンペーンを展開し、独自の販売ルートを確立しようとしている。「錦繍文化は、どうすれば読者に愛されるかを知っているのです」と語る許氏は自信に満ちている。
文化人としての重要な役割を担う台湾の出版界の人々には、こうした気概がある。今後、「台湾経験」が海峡の対岸でどのような影響力を発揮するかを、見守っていこうではないか。
商業周刊の王文静編集長は、大陸への進出について同誌は創刊時のような強い野心を持って取り組んでおり、大陸には高級管理職が駐在しているという。
両岸の出版事情に詳しい陳信元副教授は、近年の大陸の出版社の実力とレベルは軽視できなくなっており、台湾は力を合わせて早急に対応するべきだと考えている。
大陸の出版市場にはさまざまな制限が設けられているが、許鐘栄氏は着実かつ現実的な戦略でリスクを減らし、大きな成果をあげている。
かつて古本の交換で知られていた上海の孔子廟は、今では海賊版の集散地となっている。大陸の出版業界は急速にレベルアップしているが、出版環境を国際レベルまで高めるにはまだまだ努力が必要だ。
大陸の出版市場は近年急速に成長している。各国の出版社もさまざまな形でこの市場に参入し、戦国時代の様相を呈している。(林格立撮影)