
7年前、教育部長(教育相)だった呉京氏は「人材のダブル・トラック」という教育政策を打ち出した。第一トラックとは一般の総合大学、第二トラックは技術学院や科学技術大学を指す。この政策は、技術教育や職業訓練を受ける学生の進学をよりスムーズにするためのものだった。
だが今日、二つのトラックはラッシュに陥るとともに、第二トラックが第一トラックに近寄って、ほとんど一つに合流しようとしている。技術職業教育を受けた学生は、中央研究院の李遠哲院長によると「基礎を求めても基礎がなく、実務を求めても実務がない」という。本来は第一トラックと平行していた第二トラックは、今後どうすればいいのだろう。二つのトラックが近づきすぎて衝突することはないのだろうか。第二トラックは、いかに質を高めていくべきなのだろう。
俗に「第二のトラック」と呼ばれる技術職業教育体系は、近年大きな変化を見せている。高級職業学校(職業高校)は縮小して位置づけが明確ではなくなり、技術職業系の単科大学も総合大学へと転換し昇格しつつある。一般の総合大学へと昇格することによって、技術職業教育体系は崩壊しつつある。
「技術職業教育においては、その過程や方法、目標などがすべて不明確なのです」と屏東科技大学の周昌宏学長は、技術職業教育体系の現状を一言で言い切る。
「技術職業教育に関する国の教育政策が一貫しておらず、今後どこへ向かうべきなのか明らかにならないのが最も不安な点です」と話すのは台湾師範大学工業教育学科の田振栄主任だ。
私立景文技術学院の朱雲鵬学長も「中等・高等教育体系全体において技術職業教育は非常に大きな比重を占めており、この転換に成功できるか否かは、台湾経済が順調にレベルアップできるかどうかに関わってきます」と語る。

1999年、私立中華技術学院はルフトハンザ・テクニカル・トレーニング社との技術提携によって、民航局が認可する唯一の航空機メンテナンス学校――中華航空維修学校を設立した。
不明瞭な第二トラックの標識
まず、技術職業教育になぜ転換が必要なのかを考えなければならない。台湾ではこれまで技術職業教育をどう位置づけてきたのか、そして今後どの方向へ向かわせるべきなのだろうか。
教育部(教育省)技術職業教育司の専門委員を務める林騰蛟氏によると、台湾の初期における技術職業教育は「道具」としての性格を持っていたという。国の経済発展の需要に合わせて産業技術人材を育成し、それによって学生の卒業後の就職を確保してきた。中等教育レベルに属する高級職業学校にしろ、高等教育レベルに属する技術学院にしろ、いずれも「卒業イコール就職」を強調し、大学を卒業するまで完結しない第一トラックの教育とは異なる設計がなされていたのである。
しかし、近年は高等技術職業教育が大幅に拡充し、職業養成教育としての特色を失いつつある。一般の総合大学の中にも「技術職業」教育を行なう学部や研究所が広く設置されて、個人のキャリアプランの一環をなすようになり、技術職業教育と普通教育の相違があいまいになっている。こうした状況で、技術職業教育はかつての特色を取り戻すべきか、それとも普通教育と合流していくべきか、検討が必要になっている。
過去を振り返ると、技術職業教育はかつて台湾の産業発展のために少なからぬ人材を育成し、台湾経済の発展に大きく貢献してきた。
中国に最初の技術職業学校が誕生したのは清の同治5年(1866年)のことだ。海事の人材を育成するために福建省に船政学堂が設置されたのである。その後、1931年に国民政府が「専科学校規程」を定め、初めて専科学校が甲乙丙丁の四つの分野に分けられた。甲は鉱冶機械、電機、化工、土木など、乙は農芸、森林、牧畜、水産など、丙は銀行、保険、会計、統計、貿易など、丁は医学、薬学、芸術、音楽、体育などである。
1961年、政府は民間による学校設立を認め、専科学校が急速に増えて発展していった。1969年から、政府はさらに職業訓練を積極的に発展させて職業学校の増設を奨励した。そして計画的に普通高校と職業学校の生徒数の比率を6対4から3対7へと調整していき、職業学校の割合を増やして当時の産業発展に対応したのである。
1974年、技術職業教育体系における最高学府として台湾工業技術学院が設立され、高級職業学校、専科学校、技術学院という一貫した技術職業教育体系が整った。

百万人以上が就学する技術職業教育体系は今後どこへ向かうべきなのだろう。これは生徒たちの将来だけでなく、今後の台湾産業にも関わってくる課題だ。
常に第二の選択として
台湾の工業化において技術職業教育が果たした功績は大きいものの、技術職業教育は、それ相応の尊重と地位を得ることはなかった。技術職業教育は常にセカンドレベルの教育、第二の選択というイメージを抱かれてきたのである。昔から台湾の生徒たちは中学を卒業すると普通高校進学を第一志望とし、高校に合格しなかった者が次の選択として職業学校や専科学校に進学してきた。技術職業教育は生徒にとって「仕方のない第二の選択」であり、もともと興味を持って進学する学校ではなかったのである。
なぜこのように常に第二の選択でしかなかったのだろう。教育部の技術職業教育司の元司長で、現在は台北市の教育局長を務める呉清基氏によると、技術職業教育が相応の重視と尊重を受けてこなかったのは台湾社会の「進学主義と学歴偏重」のためだという。呉清基氏は、この点では道徳的な呼びかけをしても現状は変わらないと考えている。「上の学校への進学の要望をかなえられるようになってこそ、技術職業学校も相応の尊厳と地位を得られるでしょう」と言う。
私立中華技術学院の孫永慶・学長によると、同校の前身である中華工商専科学校の時代には、卒業生の8割以上が就職の道を選択していたが、ここ10年ほどは、さらに大学に進学する割合が増え続けているという。技術職業系の学生が学位を取るために専門分野を放棄して国語や歴史などの学科を学ぶため、教育資源と人材育成という面では大きな浪費が生じている。
1996年、技術職業系の生徒の進学をスムーズにするために、当時教育部長だった呉京氏は技術職業系を第二の教育トラックとする政策を打ち出し、優れた専科学校を技術学院に改編・昇格することを奨励した。この政策により、最初に技術学院への改編を認められたのは嘉南薬理専科学校、崑山工業専科学校、南台工商専科学校だ。
現在では、技術職業教育体系は中学の技芸クラスから高級職業学校、専科学校、そして技術学院、科技大学へと縦につながっており、分野としては農業、工業、商業、水産、海事、医療看護、家政、飲食観光、芸術、外国語などがあり、合計130万人余りの学生が30万人余りの教員の下で学んでいる。
高等技術職業教育が急速に拡大したことで、学位取得を目指す学生たちの要求は満たされたが、産業構造の変化に直面して求められる人材の質が高まり、技術職業教育の内容が産業界の需要とマッチしないという問題が生じている。

中華航空維修学校は竹東のキャンパス内にあり、実験用航空機、発動機実験工場、航空システム実習工場など専門的な訓練設備が整っている。
需給のアンバランス
誰もが進学するようになると、就職する人がいないという問題が生じる。特に基礎的な仕事に就く人が減り、現場では人手不足が生じている。政府経済建設委員会が打ち出した2001〜2004年の「新世紀人材発展プラン」によると、台湾では中級の人材が供給過剰で、ハイレベルな専門性を持つ人材と基礎的な仕事をする人材が不足している。数字を見ると、2001〜2004年の間、毎年平均31万5000人の人材が不足しており、そのうちハイレベルな人材や管理職の不足が5万2000人、基礎的な人材は28万7000人の不足、中レベルの人材は2万4000人の過剰となっている。中レベルの人材が過剰となっている主な原因は、高等教育の大幅な拡張である。
こうした事実から分かるとおり、失業率が一向に下がらない中、企業界は人材不足を訴えている。高等教育を受ける機会が増えた分、産業界が本当に必要とする人材が育成できなくなり、人材需給のアンバランスが生じているのである。
こうした中でも技術職業系の状況が深刻だ。行政院科学技術顧問チームの副幹事長である蔡清彦氏によると、昨年科学技術顧問チームが工業研究院と資訊工業策進会に依頼して産業界の技術人材のニーズを調査したところ、企業が求めているのは台湾大学、交通大学、清華大学などのいくつかの国立大学の卒業生だけで、技術職業系の卒業生は求めていないことがわかった。技術職業系の学校が育成した人材は、産業界が求める人材と大きなギャップがあるというのである。
国立曁南大学教育政策・行政学科の張鈿富主任は、技術職業系の教育体系はすでにかつての実務志向の特色を失っており、産業界や市場から疑問視されていると指摘する。
技術職業教育に関心を寄せる学界の人々は一般に次のような見方をしている。技術職業系の学科設立は産業界の急速な変化についていけず、カリキュラムも現在の産業需要から離脱し、理論を重んじ実務が不足している。このような原因で、卒業生は実際の企業のニーズに適応できないのである。
例えばIT関係の学科の場合、産業界が求めるのは半導体や情報エンジニアリングなどのハード面の人材だが、学校が育成するのは情報管理などのソフトの人材ばかりなので、産業界の需要に合わない。

(上・下)国立屏東科技大学農学部食品学科では、理論研究のほかに実際に手を動かしての作業も行なっている。学生が手にしているのは自分たちで醸造した酒だ。
学生数の減少
近年、中央研究院の李遠哲院長は「技術職業系の学生は基礎を学ぶ時に基礎を学ばず、実務を学ぶべき時に実務を学ばない」と批判した。しかし技術職業教育にこのような数々の問題が生じたのは、実は教育政策全体に長期的な計画性が欠如していることが原因であり、そのために第二のトラックに事故が頻発しているのである。
まず、近年は大学が急激に増加し、技術職業系の学校は、なかなか学生が集まらないという問題に直面している。
わずか十年の間に台湾の大学や短大は50校から154校へと急激に増え、学生総数は120万人余りに達している。ところが我が国の人口出生数は1980年代には年間41万人余りだったのが2002年には25万人まで減少した。この数字からもわかるとおり、今後学生数がますます減少していくのは明らかだ。いま学校では学生募集の時期だが、どの学校もあらゆる手を尽くして学生を集めようとしている。
2002年度の一般大学と高等技術職業大学の学生募集人数は合計24万4000人にも達し、大学の合格率は80パーセントを突破した。教育部の統計によると2000年度の高校生の就学機会率は118パーセントを超えている。かつて「狭き門」と呼ばれた大学進学が突然「自動ドア」へと変わり、相対的に学生の質が下がったと言われている。
学生の人数が減ったことで、やはり技術職業教育は重視されず、技術職業系の大学は生き残るために本来の目標を調整しているが、それがさらに技術職業教育体系に危機をもたらしている。

屏東科技大学の「熱帯農業研究所」はまるで小さな国連のようだ。アフリカ、インド、中南米、ベトナムなど世界各地25ヶ国の学生が学んでおり、我が国の「技術職業教育外交」に大きく貢献している。
自ら力を削ぎ落とす
「技術職業学校は大学への改編昇格を目標とすることで、本来の位置づけや特色を忘れてしまったのです」と指摘するのは曁南大学教育政策・行政学科の張鈿富主任だ。学校の名称は大学や学院に変わったが「相対的な位置」は向上しておらず、大学へ昇格した後、かえって本来の力を削ぎ落としてしまい、かつて強調していた実務の特色を放棄し、理論と研究を重視するようになったのである。
6年前に台湾工業技術学院から昇格した台湾科技大学の機械学科の黄佑民教授は、研究論文の数は学校の質の参考の一つにしかならず、卒業した学生が企業界で活躍しているかどうかこそ、技術職業学院にとって最も重要な評価基準だと話す。
台湾の大企業1000社を対象にした調査によると、技術職業学院の卒業生は「忠誠心」「協調性」「学習意欲と可塑性の高さ」という点で企業から高く評価されている。企業が好んで採用する大学のランキングを見ると、成功大学、台湾大学、交通大学、清華大学、政治大学などの国立大学に続いて第6位、第7位に台北科技大学、台湾科技大学が入っているのだ。ここからも分かるように、評判がよく、実務を重視する高等技術職業学校の卒業生は、やはり企業から求められているのである。
しかし残念なことに、技術職業系学校の卒業に必要な単位は年々減少しており、最低実習単位などに関する規定もないため、実習課程が隅に押しやられる傾向にある。多くの私立学校では実際に手を動かす、資金のかかる科目を削減しており、学生が学んだことを実践する機会がますます減っているのである。
「研究は頭脳が頼りですが、実現には技術が必要です」と黄佑民教授は言う。昔から製造業に強い台湾が頼りとしてきたのは優れた技術だが、この技術職業教育が研究志向へと転換してしまい、製造業における製造工程や生産、販売などの技術が続かないおそれがある。
「産業教育においては、まさに時間が金銭なのです」と話すのは中華技術学院の孫永慶学長だ。技術職業教育を受けた学生が産業界のニーズに追いつかないという問題の主たる原因は、実習の設備が高価なため学校が新しい設備を導入できず、産業界も学生の実習を受け入れようとしないことにある。業界が実習生を受け入れないのは、製品の品質に影響すること、そして精密な機械設備が学生に壊されることが心配だからだ。こうした中、学校ではバーチャル・リアリティの方法で製造工程の映像を使って教えている。
台湾師範大学工業教育学科の田振栄主任によると、我が国の技術職業教育は政府教育部の指導の下で次々と専科学校から技術学院へ、さらに科学技術大学へと昇格してきたが、その間に学校の特色や学生の質、教育の質の相違などは問わなかったため、学生募集において特色を打ち出すことができず、過当競争に陥ってしまったのである。
そこで第二トラックの学校は、第一トラック上を走る普通高校の学生をもっと入学させたいと考えている。屏東科技大学の周昌弘学長も、現在の10パーセントという制限を取り払って科技大学が全面的に普通高校の学生を募集できるようにすることに賛成だと言う。さらに学校名から「科技」の文字を取って、普通の大学にしたいとも考えている。

台中の沙鹿にある弘光科技大学は、この2月に技術学院から科技大学に改編されたばかりだ。写真は幼児保育学科の授業の様子である。
合併イコール消失?
このように一部の科技大学は普通大学に変わることを願っているが、一部の学校は教育部による統合・合併政策によって消失しつつある。
一昨年、中央大学の元学長である劉兆漢氏は行政院高等教育委員会において「連合大学系統」「校内整合」「学校間整合」「統合合併」という四つの方向性を示した。
教育部技術職業司の専門委員である林騰蛟氏も、大学の統合合併推進は教育部の現在の重点項目だと言う。「高等教育の総合化は今後の趨勢です」と話す林氏によると、専門的人材の育成から全人教育に向かおうとする場合、総合大学こそ学生に多くの選択や接触の機会をあたえることができる。特に師範系の大学では教員の多様化が進み、学生も教職以外の進路を求めているため、ほかの大学と統合していくのが一つの趨勢となっているそうだ。
嘉義技術学院と嘉義師範学院が併合したのに続き、台湾科技大学と台湾師範大学、高雄応用科学大学と高雄師範大学、屏東師範学院と屏東科技大学、国立勤益技術学院と台中技術学院と台中看護専科学校、それに花蓮師範学院と東華大学、台北市立師範学院と台北市立体育学院など、各地で次々と複数の大学の併合計画が伝えられている。
台湾科技大学の陳舜田学長は、学校の統合合併のメリットは相互補完にあると考えている。台湾科技大学の学生は合併によって人文系、語学、人間関係などの素養を高めることができ、さらに学力の高い普通高校からも学生を受け入れることができるようになる。
しかし、これらの併合の情報には各界から疑問の声も上がっている。特に指標としての役割を果たしてきた台湾科技大学と師範教育体系のトップである師範大学が併合するという計画に対しては「技術職業教育を骨抜きにし、台湾の産業経済発展の命脈を断ち切るものだ」という批判がある。台湾科技大学機械学科の黄佑民教授は、技術職業体系が指標となる学府を失えば新しい学生をひきつけることができなくなり、消滅は避けられないのではないかと言う。同時に産業界も、実際に第一線で手を動かして働く人材を失うことになり、企業や国家の競争力の低下につながりかねない。
実際、世界を見渡しても技術職業教育体系を持たない国はほとんどない。大学でどんなにすばらしい研究成果が上がっても、技術体系がなければそれを実際に製造し量産することはできないからだ。したがって「統合合併は高等教育の特効薬でないばかりか、これによって技術職業教育が消滅すれば、国の産業経済の下剤になってしまいます」と黄佑民教授は言う。そうなった場合、10年後の台湾は、生産現場の第一線で働く質の高い中間層の技術者が不足し、製造業では製品商品化の困難と品質低下という問題に直面し、韓国や中国大陸と競争できなくなると黄教授は考えている。師範大学工業教育学科の田振栄主任も、技術職業体系が崩壊すれば、人材の需給には大きなギャップが生じ、その痛みは20年間続くだろうと予測する。

(左・右)私立弘光科技大学化粧品応用・管理学科のカリキュラムには、化粧品テクノロジー、美容技術、文化芸術、経営学などがあり、学識と技能を兼ね備えたプロの人材育成を目指している。
卒業後すぐに第一線へ
技術職業教育は教育政策の「付属品」ではなく、国の発展のために重要な人材を育てる場だと考えれば、技術職業教育体系は普通教育と対等の存在でなければならない。このような考えから、技術職業教育本来の立場を守ろうとしている人々も少なくない。近年は一部の有識者もこの列に加わり、教育の「第二のトラック」に明るい未来をもたらそうとしている。
昨年、中央研究院から私立景文技術学院の学長になった朱雲鵬氏は、技術職業教育のレベルは上げなければならないが、主軸は偏ってはならないと考えている。つまり、就職能力をつけることが技術職業教育の重点なのである。「技術職業大学の学生は系統的に企業で実習を行なうか、産業界の人が学校に来て実務課程を教えるべきです」と朱氏はその理念を語る。
英業達(インベンテック)社の温世仁・副董事長はネット敷設における「ラスト・マイル」という概念で教育と産業の協力の重要性を指摘している。「インターネットを実際のユーザー宅につなげる最後の部分を『ラスト・マイル』と呼びます。この部分がなければユーザーはネットが使えませんし、ネット全体も何の役にも立たないのです」と温氏は説明する。
最近、景文技術学院と英業達社は協力計画にサインを交わし、学校が場所を、英業達社が情報関連設備と企業ニーズに関する資料を提供することになった。企業が将来採用したいという人材のタイプや専門性について「規格」を確立し、学校はこれにしたがってカリキュラムを組むのである。
「私たちは技術職業教育を本来の姿に戻していきます」と朱雲鵬学長は言う。これまではカリキュラムを教師の専門に従って組んでいたが、今は企業のニーズに従って組まれることになる。「卒業と同時に第一線で働ける」というのが景文技術学院の教育目標となった。
朱学長は、技術職業大学と一般の普通大学との間にはやはり区別が必要であり、それは上下や貴賎の別ではなく選択の問題だと言う。「普通大学には普通大学の強みと条件があり、技術学院には技術学院の強みと条件があるのです」と言う。
師範大学工業教育学科の田振栄主任も、各校は学校の体質や環境、就職市場などを評価し、質の向上と市場における差別化に努力してこそ将来も長く運営していけると考えている。「技術職業学校は、学校の特色を打ち出すべきです。一斉に他校に倣って普通大学化するべきではありません」と言う。

(上・下)国立屏東科技大学農学部食品学科では、理論研究のほかに実際に手を動かしての作業も行なっている。学生が手にしているのは自分たちで醸造した酒だ。
技術職業教育の輸出
だが実際には、技術職業教育の発展は教育政策全体の影響を受けるため、単独で考えるわけにはいかない。特に大学の今後の発展方向が不明瞭で、各校が次々と収益につながる学科や研究所を設立している中、高等技術職業教育の市場が普通大学に取られてしまう恐れはある。そのため、教育部のさまざまな措置の下で、技術職業教育が教育体系からしだいに追い出されてしまうのではないかという不安が生じているのである。
この点について教育部技術職業司専門委員の林騰蛟氏は、学生総数の6割以上が学ぶ技術職業系は、そう簡単に廃止されるようなことはないが、将来的には内容面で変革がある可能性があると言う。養成教育と基礎知識の提供を強化し、専門技術面を低下していけば、技術職業体系の鮮明な色彩はしだいに薄くなっていくだろう。
一方、台湾では学生数が年々減少し、技術職業学校では学生集めの競争が激化しているが、そうした中で「技術職業教育の輸出」が生き残りのための一つの道となっている。
昨年1月、国家政策研究基金会教育文化チームの楊朝祥幹事長は「技術職業教育の輸出によって教育地図を拡大する」という構想を発表した。
ここ数年、技術職業大学が急激に増設されたため学生の平均的な質が低下したと言われているが、楊朝祥氏は、高等教育以外で、我が国で輸出に最もふさわしくその実力があるのは技術職業教育だと考えている。「我が国の技術職業教育は内容が深く範囲も広いため、これまで経済建設に貢献できる人材を少なからず育成し、台湾経済の奇跡を生み出してきました。これは多くの発展途上国も学べる点です」と言う。
楊朝祥氏によると、技術職業教育の輸出においては、これまでにも成功例がある。例えば、サウジアラビアは毎年夏休みに教員や学生を台湾に派遣し、農業技術で知られる屏東科技大学で技術職業訓練を受けている。また台湾科技大学はコスタリカで技術職業教育の援助プランを推進しており、現地で広く歓迎されている。
林騰蛟氏も、教育の輸出、つまり学校が国外で教育を行なったり、あるいは海外からの留学生を募ったりするというのは、一つの可能な方法だと考えている。
海外の統計によると、海外からの留学生が2人いるだけで、そこに1人分の雇用機会が生まれるとされている。アメリカ国内では世界各国出身の54万人もの留学生が学んでおり、そこから年間110億米ドルの収益が上がっている。オーストラリアでも、教育サービス産業が同国第三の輸出産業となっている。
今年3月初旬、台湾の29の技術職業大学がマレーシアで行なわれた第一回東南アジア技術職業教育展に参加し、我が国の教育部長である黄栄村氏も自ら参加して台湾の技術職業教育を紹介し、売り込んだ。その結果、台湾の技術職業学校はマレーシアの公立中学と独立中学および産業界と、それぞれ戦略的連盟の契約を交わすこととなり、マレーシアの学生の台湾留学に奨学金を提供するほか、将来的には台湾の技術職業学校の教員がマレーシアに赴き、現地で学校や企業と協力し、技術の向上を目指すこととなった。
しかし、教育の輸出は台湾の高等技術職業教育の「万能薬」ではない。明確で強固な政策を定め、第二のトラックを正しい方向へと導いていくことこそ根本的な解決の道なのである。

(左・右)私立弘光科技大学化粧品応用・管理学科のカリキュラムには、化粧品テクノロジー、美容技術、文化芸術、経営学などがあり、学識と技能を兼ね備えたプロの人材育成を目指している。

農学から始まった屏東科技大学の畜産学科はすでに30余年の歴史を持ち、畜産のオートメーション管理と製品加工などの実務的訓練を重視している。