もう一つのライフスタイル
非学校型形態の実験教育を行っているのは、プロテスタントの家庭が多い。慕真在宅教育協会で在宅教育を行っている60の家庭を見ると、それは教育方式に留まらずライフスタイルにも関わっている。
子女の教育は主が両親に任せた天職であると信じており、政府あるいは学校がすべての責任を負うものではないと言うのである。そこで慕真在宅教育協会では、政府の法令に違反しないという原則の下で、両親が自分の子供を在宅教育することを勧めている。黄夏成さんによると、これまでの生産ラインのある教育工場といった教育モデルでは、子供それぞれの生の成長の必要性を満たすことはできないと言う。21世紀の子供には、その子の身の丈に合った教育が必要である。
2000年、慕真在宅教育協会は正式に協会として登記され、理事長の范寿康さん、馬卓群さん夫妻によると、在宅教育というのは子供を家で勉強させるというだけに留まらず、一家揃ってイエスの生活様式を生きるということなのだそうである。在宅教育をライフスタイル革新運動と考えており、国家や社会に積極的に改革の影響力を及ぼしたいと願うのである。
「私たち一家はすでに数年間、新しい衣服を買っていません」と黄さんは話す。在宅教育を行う家庭は共働きができないので、1銭たりとも無駄使いはできないのである。
教育理念において、慕真在宅教育協会が目指すのが身をもって範を示すことと、学習型の家庭である。「両親がまず最初の学生で、子女はその後輩になります」と黄さんは言う。慕真在宅教育協会では、各地に在宅教育家庭による学習グループを組織し、教材を提供し、定期的に集会を開いて、両親に統合の概念の応用を勧め、一つのテーマで異なる領域の知識を整合しながら子供を教えていくように指導しているのである。
自分の子は自分で教える
西門小学校の方慧琴校長の調査によると「在宅教育は確かに教育が生活に直結し、学習型の家庭を築き、親子関係が密接になり、個別化した適性にあった教育ができるなど、学校教育にはない長所を具えています」と認める。しかし、在宅教育と社会の主流となる価値観との相違がそこここで疑問や議論を呼んでいる。
「学校教育は積極的で正当な機能を果しています。子供が学校に入ったら必ず傷つくとか、マイナスであるというような意見は受け入れられません」とある小学校の先生は言う。
在宅教育は子供を無菌室に保護するようなもので、社会への適応能力に欠けるようになるのではという外界からの疑問に対して、在宅教育推進者はまた別の見方をする。
「児童の人格形成期は当然保護されなければなりません」と高瑋謙さんは言う。子供に自信と抵抗力がついていれば、社会にどうかされることなく浄化する力となる。
「グループ学習というのも曖昧な考え方です」と黄夏成さんは言う。台湾のような人口密度の高い生活環境において、人は社会と隔離されることなどありあえない。しかも、学校は同年齢の子供だけが一緒になり、社会の現実とかけ離れた状況となっていて、学校に通う子供の方が社会への適応が必要になると言うのである。
またプロではない親に子供を教えるの能力があるのかというのが、普通の人が在宅教育に対して抱く最大の疑問である。
「何が必要かというのではなく、子供と一緒に困難にぶつかっていけばいいのです」と呂基華さんは言う。正しい心構えがあれば在宅教育は誰でも可能だと彼女は言葉を続ける。
在宅教育に向ける両親の動機に対しても、ある種の宗教的ないしイデオロギー的な偏執ではないかと考える人もいる。
娘に仏教の経典や四書五経を教える陳謝祺さんも、家族や友人、学校、世論からの反対に出会った。子供に仏教を教えるのがまず変だし、学校にも行かせないなんて、という声に対して、陳謝祺さんは自分の子供への教育方針が正しいと信じて疑わなかった。
それでも、父親と教師の役割を同時に演じるのは難しいと言う。「昔は子供を取り替えて教えたと言いますが、厳しくしすぎて親子の愛情に響くのを恐れたのでしょう」と陳謝祺さんは言う。そこで自身で教えるのは現在の段階、最終的にはよい先生を娘につけてやりたいと考えている。
方慧琴先生の調査によると、在宅学習の主要な指導者は母親で、一日の正式な授業時間は4から5時間、教師であり親でもある母親は、時に疲れてしまうことがある。
黄夏成さんは各家庭の経験をまとめて、両親が疲れてしまったら全人格的発展、弾力性と恒常性との間のバランス、支援過多と孤独とのバランスなどの均衡点を失うことになると警告する。
理解できないというのが、他とは違うものに対して一般の人が抱く誤解の源である。好奇心と不可解とが混じった気持ちで調査を始めた方慧琴先生は、各家庭に入って理解してみると次第に尊敬の念が湧いてきたと言う。
「縁があってお知り合いになれ、個性のあるご両親、そして先生を理解して感動しました」と方先生は語る。
夢の中でも微笑
在宅学習は次第に受け入れられつつあるが、非学校形態の実験教育には克服しなければならない問題も多い。
教育基本法の施行後、すでに15の県市で非学校形態の実験教育についての規定が設けられ、親が教育計画書を作成し学校に申請を提出し、認可されればいいということになった。それでも多くの県や市ではまだ規定がなく、制度として確立されておらず、学校によっては知らないとか、この規定は実行できないと断るそうである。
台北市の非学校形態の実験教育を取り扱う教育局第三科の湯雪娥さんによると、現行の規定では在宅教育への指導や支援、チェックなどの協力体制や制度が欠けていると話す。親が自分の教育目標達成を目指すのはいいが、それでも専門家の協力は必要だというのである。
現行法規には在宅学習の基本学力テストの規定がないので、在宅学習の子供が学校に戻るときの依拠がないと、方慧琴先生も話す。
しかし、在宅教育を行う親は既存の教育体制からの指導を望まず、将来学校の課程に戻るときの繋がりについても心配していない。
娘は一生学校に戻らないかもしれないが、それはそれでいいと陳謝祺さんは言い、他人に支配されるより家で自分が悩んでいたほうがいいのだそうである。基礎的能力を育成しておけば、娘は自分で学問できると言う。
考えただけで楽しくなると、陳謝祺さんは在宅教育する気持ちを語る。子供は将来自分より広い視野を持つようになると語る陳さん、家の中のこの大きな価値を思うと、次の世代の教育に自分のすべてを捧げて悔いはない。