台湾はランの島だ。「台湾の植物の種類は4600種余り、そのうちランが400種、約10分の1を占める」と『台湾野生蘭図鑑』を編纂した林業試験所副研究員の鍾詩文は述べる。ランの種子は非常に軽く、しばしば季節風や台風の風に乗って近隣の国々から台湾へ飛んでくる。台湾は遺伝子の交流の場なのである。さらに台湾は標高差が激しく、さまざまな生息環境があるため、ランの多様性が豊な土地なのである。

李淑梅（左）と簡維佐（右）が協力して運営する「一心蘭園」は家族が代々受け継いできた。

コチョウラン王国

行政院農業委員会農産貿易統計によると、2021年度の台湾の花卉輸出総額は2億2415万米ドルで、そのうちランが2億740万ドル、92.53％を占める。同年のランの種類ではコチョウランの輸出額が1億6015万ドルで花卉輸出全体の71.45％を占める。コチョウランがこれほど大きな部分を占める要因としては、民間で専門的にランの育種を行なう人が多く、多数の新品種が生まれていることが挙げられる。

台南後壁の「台湾蘭花生物科技園区」はサイエンスパークの規格で開発された世界最大のランに特化した生産クラスターである。ここには完備した生産エコシステムがあり、年間の平均売上は20億台湾ドルに達し、毎年「台湾国際らん展」を開いている。この見本市は、世界らん展などと並ぶ世界三大ラン展の一つで、ラン産業における台湾の実力は世界で一二を争う。

コチョウランは開花期を調整できることから一年中楽しむことができ、業者は台湾のコチョウランの世界シェア拡大に取り組んでいる。

民間の優れた育種力

取材班は、嘉義の大林にある「一心蘭園」を訪れた。台湾で最大の輸出額を誇り、すでに3代目が経営を引き継いでいるコチョウラン栽培事業者だ。年代別の温室を案内してくれた李淑梅は「一心は、最初はお客様が交配した種子を預かって苗まで育てる仕事をしていました。お客様は苗を持ち帰って栽培したのです」と言う。

ランの栽培には実生苗（実際に掛け合わせて生まれた苗）とメリクロン苗（クローン栽培による苗）の二つの方法がある。新品種を育成するには実生苗が必要で、その形態を固定させるときにメリクロン苗を用いる。2代目経営者の簡維佐はこう話す。「かつて台湾の小規模なラン栽培業者はランの実生苗を育てる技術や設備を持たなかったので、私たちに委託していて、この分野で一心は台湾のコチョウラン産業に大きく貢献しました」1998年、簡維佐は業態転換を進めてコチョウランの栽培を進め、メリクロン苗の生産ラインに後期栽培の設備も加え、開花までを行なう完備した生産ラインを構築した。

一心蘭園は育種にも取り組んできた。創業者の簡慶賢は熱心な育種家で、彼が生涯に育種したランは1000種を超える。「私たちの品種は多く、現在生産ライン上では300種余りを育てており、試験品は600種を超えます」と李淑梅は言う。

しかし、一つの品種の育成は短期間でできるものではない。李淑梅によると一つの新品種が市場に出るまでには8～9年もかかるのである。これほどの時間的コストがかかるため、ビジネスとしてのラン栽培は資本集約型、知識集約型、技術集約型、労働集約型の産業と言える。かつてコチョウラン市場で台湾と競争していたオランダは、新品種の開発に時間がかかりすぎるため、台湾の品種を集めてオランダに持ち帰り、ヨーロッパ市場向けの品種を選んで栽培するようになった。今回の取材の手配をサポートしてくれた農政専門家で嘉義県の元農業処処長、林良懋は次のような例を挙げる。「世芬蘭園」は、世界で3番目に大きいラン生産業者であるオランダのDummen Orangeに買収されたが、「彼らは台湾の品種を整理して世界に向けて販売しています」。このことから分かるのは、商業市場における遺伝資源の重要性だ。新品種の開発は未来への道を開くことであり、遺伝資源を掌握してこそビジネスが広がり、市場の方向を決められるのである。

一心蘭園は品種改良とメリクロン苗技術に強い。写真はフラスコの中で育つ苗。

純白大輪のV3の伝説

だが、新品種と言っても、競争力があるか、商業化できるかどうかが問題だ。そうした中で「世茂農業生技の黄崇徳の開発プロセスは非常に貴重なものです」と林良懋は言う。

大輪の白いコチョウランの品種V3（Phal. Sogo Yukidian）は、黄崇徳が30余年前に日本市場に向けて栽培したものだ。オランダの品種Phal. Taisuco Kochdianと日本のPhal. Yukimaiを掛け合わせ、交配後に多くの種苗から選び抜いて栽培したものだ。世界的にも珍しく、鉢植えにも切り花にもふさわしい品種である。「この品種は育てやすく、可塑性が高く、どれだけ大きく咲かせるか、何輪咲かせるかもコントロールできるため、20年余りにわたって非常によく売れました。白いコチョウランは多くの人が育種していて、V3の後に数千の品種が出ていると思いますが、V3に勝るものは出ていないのです」と黄崇徳は満足そうに話す。

V3は世界で最も広く応用される品種となり、その生産量も売上も驚くべき数字になる。V3がなければ、台湾のコチョウラン生産も現在のような規模にはならなかっただろう。この品種が台湾の無数の生花業者を育ててきたとも言える。

世界で最も普及している品種V3（Phal. Sogo Yukidian）。この大輪の純白の品種は台湾の黄崇徳が育種したもので、珍しく鉢植えにも切り花にもできる品種だ。

 

スマート農業への必然の道

黄崇徳は、彼が現在もっとも興味をひかれているものを見せてくれた。世茂の温室に入ると、ほかの蘭園と違い、ランが3層の棚に並んでいる。彼は今、多層棚での栽培実験を行なっているのだ。「国内では初めての立体式自動苗株運搬システムの試験です」と言う。空間を立体的に利用して単位面積当たりの効率を高めることで、より多くの数を栽培することができる。しかし、難しいのは環境のコントロールである。ランの光合成に必要な光がカギを握るため、下層の花にはLEDライトで光線を補う。生長時には比較的高い温度が必要で、花を咲かせる時には低温にしなければならないため、さまざまな機能を持った温室では、すべてのエリアにセンサーを設置し、空気の対流や二酸化炭素濃度、光線、温度、湿度などのデータを収集している。「多層の棚であるため、表面と奥の方とでは環境が異なり、その差を縮めるのが課題です。これらのデータはスマート農業の基礎であり、IoTとクラウドをつないで発展させます。後々は、条件を設定さえすれば自動的に制御でき、必要な環境に調整できるようにしていきます」と言う。

これと同時にエネルギーの問題も考えなければならない。ランは一年中花を咲かせなければならないため、開花時期を温度で調節するが、それには大量のエネルギーを使うこととなる。黄崇徳によると、冷房温度は24～26度に設定し、夜間は18度まで下げる。水壁と扇風機を使って温度を下げ、なるべく非ピーク時の電力を用いるなどのエネルギー管理を行なっている。コチョウランが並んだ棚の前には、自動運搬機の軌道があり、温室間の移動はこれで行うため、大幅に人出が削減できるという。

このようにコチョウラン生産はすでに台湾農業におけるハイテク産業となっている。「国際市場に出ていくためは、いかにスケールを大きくして世界とつながるかを考えなければなりません。従来の農家のようにお天道様次第ではいけません」と黄崇徳は言う。

ランはミズゴケを培地とするが、台湾は世界で初めて培地のついた状態でランをアメリカに輸出できる国と認められ、これが市場での強みとなっている。

台湾ラン生産業の優位性

かつて世界一だった台湾のラン生産はオランダに追いつかれ、今は2位にあるが、台湾は世界でどのような力を発揮できるのだろう。「見方を変えればいいのです。世界の農業のバリューチェーンをつないだ時、私たちはどこに位置するかです」と林良懋は言う。

2010年、簡家3代目の簡嘉徳はアメリカ西海岸に生産基地を設立した。一心蘭園はかねてよりアメリカ市場をメインとしており、近場で消費者のニーズをより深く知りたいと考えたからだ。「台湾は世界で初めて、培地をつけた状態でアメリカへの輸出を許された国です。一方、オランダは輸送の利便性を重視するため、輸出する品種が違ってきます」と簡嘉徳は、アメリカ市場における台湾とオランダの優劣を分析する。

消費者に近い場所に身を置くことで、簡嘉徳は市場のニーズに迅速にこたえることができるが、その後ろ盾となるのは一心蘭園の遺伝資源だ。「市場が求めているものが分かれば、私たちは迅速に対応できます」と言う。林良懋は説明を加える。生花市場でオランダはファッション業界のフランスのような位置づけで、流行を先導している。台湾には、それをフォローする能力と戦略があるということだ。

一方の世茂は「カラフル‧ラン」でも新しい市場を開いている。ウクライナに声援を送るため、世茂では白いコチョウランにスプレーで青と黄色のウクライナの国旗の色をつけ、それが大きく注目された。黄崇徳は何年も前にランを染める技術を研究し、ランの開花期を短縮しないどころか、さらに寿命を延ばす顔料を研究してきたのである。その顔料を花びらに吹き付け、植物の維管束に吸収させて花脈を通して染めていく。スプレーで色付けした花の中で最も評判がいいのは国旗の花である。ホワイトのコチョウランをキャンバスにして、さまざまな創意が発揮できる。

「カラフル‧ランの量は出ませんが、付加価値はあります。新しい珍しいものが出れば、スタンダードなものも一緒に売れ、消費を刺激することができます」と黄崇徳は言う。「2年後に、世界のGDPが成長すれば、購買力も大きく伸び、花に対するニーズも変わってくるでしょう。先々を考えて先に手を打っておかなければ、その時に対応しきれません」と、彼は正面から国際市場と向き合い、先を見通した計画を立てている。

世茂では構造的に生産設備をアップグレードしてきた。アメリカにいる簡嘉徳は、「2010年、カリフォルニアの最低賃金は8ドルでしたが、10年のうちに15ドルまで上がりました」と言う。これを受け、簡嘉徳は生産効率の向上を加速させた。学生時代にオランダで学んだ「週」を単位とする計算方法で、精確な管理を行なっている。林良懋は「農業は経済効率に立ち返らなければ現在の問題は解決できません」と言う。台湾の農業者はここからスマートに働くことを学ばなければならない。オランダは強力なライバルだが、だからこそ私たちはオランダに学び、協力していかなければならない。

開花期の調整によってランは一年中楽しめる。これら事業者の互いに協力によって、台湾のランは世界で愛でられているのである。

黄崇徳は多層の棚でのコチョウラン栽培を試みている。ラン栽培はすでに環境制御を行なうレベルの産業であり、国際市場を目指すには経済効果を計算しなければならないと語る。

世茂では構造的に設備をアップグレードし、国内の生花産業で初めて苗株の立体自動運搬試験とスマート農業化の試験、そしてデータ収集を行なっている。

世茂の染色技術は花に新たな美しさをもたらした。写真は広く知られる国旗花シリーズである。