思いがけず中国大陸で人気
台湾を離れていたその時期、彼の漫画は中国大陸で人気が出てきた。それはまったく運がよかっただけという。1999年、正式に大陸での出版に契約し、友人の紹介もあって大陸に行ってみた。その当時の大陸のビジネスはかなり原始的で、流通ルートもマーケティングの概念もなかった。マスメディアの環境も閉鎖的で、朱徳庸はそういった内部事情にまったく詳しくないため、どう判断していいのか分からなかった。
朱徳庸には大陸に代理人がいて、大陸の記者がインタビューしたいというと、人を介して台湾の朱徳庸が直接相手側に電話をかけた。こうして長距離電話の費用がかさみ、持ち出し続きである。そんな状況が、2〜3年後には大きく変わることになる。
2004年は朱徳庸が大陸で業績を上げた年である。『シティ・ガール』が人気となり、テレビドラマや映画、舞台になり、朱徳庸の3文字がついに大陸のメディアに取り上げられた。北京の中央電視台はその漫画の改編を計画、朱徳庸は改革開放後の大陸で、新興の都会のサラリーマン階級の代弁者となったのである。
外から見るとこの成功は華やかであるが、台湾を去り大陸市場を試みた時期は、生活も混乱していた。創作者として安定した環境が必要な性格なのだが、これが逆に彼を成長させたと言える。
現在、その作品はさまざまなメディアにリメークされ、そのキャラクターを使ったグッズが今年にも発売される。
社長と部下の心構え
「会社勤めは人間性に反し、サボりたいというのが人間です」と言うのが『会社勤めということ』の出版発表会での言葉である。志を同じくする優しい奥さんとは分かっていても、普段妻が自分に何かやらせようとすると、本当に重要なことでなければサボり、誤魔化してしまう。これが部下の心構えである。
これに対して、社長の心構えについても人間的なものと非人間的なものの二つに分ける。ブラックユーモアを利かせて「人間的な会社は非人間的な会社に呑み込まれるものです」と言い、社長になって権力の味を味わったらと聞かれると「自分が憎む人間にはなれません」と答える。
朱徳庸は10数年前にアトリエを開設し、社員を雇っていたが、1年で閉めてしまった。「毎日出勤して会議、自分ひとりなら30分で出来るのに、何人もいると何時間もかけなければならず、馬鹿らしいですよ」と彼は言う。
台湾と大陸のサラリーマンを比べて、面白いことに気づいた。それぞれが受けるプレッシャーや効率は大して変わらないのだが、経済発展が遅れた大陸はさらに努力し、スピードアップし、毎日の時間がタイトになっている。
大陸でインタビューを受けて知り合ったマスコミ関係者によると、日増しに忙しくなっており、以前は書店で一日過ごせたが、今では僅かの暇を見て書店に駆け込み、あったものを掴むのだと言う。こう見ると、大陸のサラリーマンは台湾の上を行きそうだ。
朱徳庸にとって、事物の観察はその矛盾や不合理を見ることである。毎日、あんなに多くのサラリーマンが行き交い、それぞれが物語を背負っており、そこから情報が伝わる。
「『双響炮』が結婚の矛盾を描いているとしたら『会社勤めということ』は会社勤めの不合理です」と、サラリーマンがこの漫画を見て共感してくれ、会社勤めでの焦りや悔いを軽減してくれればと考える。
眠りの前の妄想の世界
一生を自分のやりたいことにかけてきた朱徳庸は、やらざるを得ないことに人生を無駄にしたくない。どんなことでも、寝ているよりはいいと考え、睡眠時間は短いし、寝起きはいい。眼が覚めると、スィッチを入れた電灯のように頭は明るくなり、朝起きなければという義務感は必要ない。よく口にするのは「死んだらいくらでも眠れるよ」である。
年を取るにつれて、朱徳庸は眠りにつく前の意識が朦朧としてくる時間を好むようになった。その瞑想状態で、子供時代の家に戻り隣近所の家を見回し、路を歩いては遊んでいる。朱徳庸にはこれが何なのか分からないが、眠りの前の楽しいひと時で、本当に人生で一番よかった子供時代に帰った気がする。これも煩瑣な体制から抜け出す一つの方法かもしれない。
最初のTaipei Walker
暇な時は家族と散歩を楽しむ。自分と奥さんは最初のTaipei Walkerだと言う。
17年ほど前、台北のいろいろな路地小路を歩き回り、青田街や温州街などはお気に入りだった。
だが今の台北は、記憶のない街になってしまった。大して価値のないビジネス活動が古いものを壊しつくし、この大きな町で昔ながらの生活の跡が見当らない。
漫画家、創作者として、朱徳庸は喧騒きわまる華やかな生活を好まない。できれば家で食事を作る。食べるのも作るのも好きで、週に一回市場で買い物をする。顔見知りの八百屋は「作品は進んでいる?」と聞く。
何回か朱徳庸に会っているが、その着ているものは黒かグレー、好みの服はどれもコーディネートできると言う。但し、シャツは濃い色の定番である。簡素な生活を好み、三宅一生や山本耀司などの服は好きだが、年に一枚も買わない。すべて数年以上前に買った服ばかりである。物欲にとらわれない彼には、名利も成功も、なくてはならないものではない。
ファッショナブルなパーティに呼ばれることもあるが、参加することはほとんどない。家での、自適の生活が重要なのである。
SOHOとして漫画を描いて15年が過ぎ、朱徳庸は依然として毎日決まった時間に机に向い、勤務時間はサラリーマンより長いかもしれない。しかし、これは自分の机で、他人に坐るように指定された席ではない。
ある意味では、彼もサラリーマンの生活を選んだのかもしれないが、その意義の不合理との間にバランスを見出す。「逃れられないなら、自分に向いた方法を選択できるでしょう」と朱徳庸は言う。
自分のしたいことを静かに続けていく、それが華人を代表する漫画の創作なのである。
朱徳庸の作品
『大棘蝟(ハリネズミ)』『双響炮』『双響炮・』『再見双響炮』『再見双響炮・』『麻辣双響炮』『霹靂双響炮』『霹靂双響炮・』『渋女郎(シティ・ガール)』『渋女郎・』『親愛渋女郎』『粉紅渋女郎』『揺ツ渋女郎』『醋溜族(甘酢あんかけ族)』『醋溜族・』『醋溜族・』『醋溜CITY』『什事在発生(何が起こるかわからない)』『関於上班這件事(会社勤めということ)』