台湾茶文化の新たな道
台湾で茶葉の栽培が本格的に始まったのは清の同治年間(1856〜1875年)である。イギリスの商人ジョン・ドットが福建省の安渓から茶の苗を持ち込み、それを台湾で栽培して輸出を開始した。游淑真の『台湾茶芸発展策略研究』によると、台湾の茶文化は三つの段階に分けられる。1980〜1990年の茶芸館ブーム、1990〜2000年の茶芸文化確立期、2000〜2015年の茶席多様化期である。
1970年から80年代の後期にかけて、台湾経済は発達し、金銭的にも時間的にも余裕を持てるようになった人々が生活と食を追求し始めたことから、茶葉は輸出から国内販売へと移っていった。1969年に台湾初の茶芸館である陸羽茶館が台北にオープンし、それ以降、各地に次々と茶芸館が開かれ、茶を味わう社交やレジャーの場となった。1981年には初の茶芸団体「中華民国茶芸協会」が設立され、台湾茶葉の父と呼ばれる呉振鐸が初代理事長に就任した。彼は茶葉の生産、製茶、販売や、茶と生活の美などの推進に取り組んだ。最近は社会の変化と不景気のために、茶芸館の数は激減しているが、茶文化が消失したわけではなく、茶のコンクールや茶業博覧会などの活動は続いている。
戦後から今日まで、台湾では文化が蓄積され、茶会や茶席といった形態は、当初のシンプルな形からしだいに発展し、生け花や書道、香道、音楽、舞踊などの芸術と組み合わせて行なわれるようになった。茶は喉の渇きをいやすものであるとともに、精神的な喜びととらえる人が増え、茶芸と花芸を融合した多様な茶席が増えてきた。陶作坊でも、音楽家やデザイナー、茶人や花芸師などと共同でティー・パーティを催すなど、ファッショナブルな要素も加わっている。中華花芸文教基金会の花芸教師である王玉鳳は、結婚式を挙げるカップルに求められて披露宴にレトロな婚姻の茶席を設けたことがある。古い時代、茶でもてなした「茶礼」の風景を再現したものだ。中華花芸基金会の推進によって、茶と花の結びつきがよみがえりつつある。

林栄国は1983年に芸術としての陶芸をやめて陶作坊を開設した。一般向けに芸術性と実用性を兼ね備えた器を作り、茶を楽しんでもらいたいと考えている。(陶作坊提供)