静けさの中のエネルギー
中央山脈の嘉明湖国家歩道の修復プロジェクトへの参加経験や、人々との出会いがあり、彼にとって山はエネルギーを補給してくれる場となった。そこで息を吸い込めば、心に必要なエネルギーが得られた。「自分で山に入らないと、その本当のパワーは実感できません」クリスチャンである彼は、感謝の思いでペンを握り、山や山友達のすばらしさを描く。「静かな山ではさらに多くのことが聞こえます」山では心をときめかせてくれるような音が聞こえ、子供の頃の記憶がよみがえる。そして心が落ち着いて周囲を観察する余裕も生まれ、新たな世界が見えてくるのだ。
2017年、沈恩民は台湾千里歩道協会による古道調査に記録員として加わり、桃園、新竹、苗栗、台中を歩いた。「すっかり考えが変わりました」かつては外国のほうがいいと、自分の育ったところを卑下していたが、この調査で改めてこの地のすばらしさに気づき、惚れ込んだ。「苦労の多い作業でしたが、満足も大きかったです」
いずれも幾度も通り過ぎたことのある土地だった。「なぜ、こんな調査をするのだろう。何を記録すべきなのか」と疑問が浮かんだが、地元のお年寄りたちを訪ねるうちに答えが見つかった。「文明に置き去りにされたような古い建物や道がささやくように歳月の物語を訴えてくるのです」古きものを伝えようという使命感で、誰もが流れる汗も苦とせず動いた。
ペンによって沈恩民は「樟之細路」の変遷や歴史を細かく描いた。細部まで描写する彼の画風は記録にはうってつけだった。また記録を通して彼は、自分がこの地をよく知らなかったことを思い知った。「よく知って好きになること、それが力になります」
「出去玩協会」とともに能高越嶺古道にある台湾電力公司の設備を調査することになった時は、長く行きたいと思っていた古道だったので、うれしくてたまらなかった。かつてはセデック族とタロコ族が交易や婚姻のために使った道で、日本統治時代には原住民に対する警備道としても使われ、歴史を感じられる道として人気がある。
山の送電線や鉄塔のメンテナンスをする台湾電力の職員たちは重い機材を背負って黙々と働くので「保線牛」というあだ名を持つが、沈恩民は彼らの実直な表情を生き生きと描く。絵の中にはカラフルなチェックの帽子をかぶった沈恩民自身も登場し、連なる山々を背景に原住民の勇士と見つめ合っている。

台東林務管理処の依頼を受けて描いた嘉明湖歩道の絵葉書。(イラスト/沈恩民、遊撃文化提供)