台湾での出版
創作、出版から評論、研究まで、文芸産業のエコシステムが完備している台湾は、世界の華文圏においても重要な地位を確立している。陳大為が言う通り、馬華文学の三大市場は「東マレーシア、西マレーシア、そして台湾」なのである。
マレーシア出身で台湾で活躍する作家は現在も次々と誕生しているが、創作の形は多様化してきた。小説家の鄧観傑、絵本作家の馬尼尼、そして演劇の脚本演出などを手がける高俊耀、ドキュメンタリーフィルム監督の廖克発などだ。
台湾が世界の華文読書市場において重要な地位にある要因の一つは、十分な読書人口を擁している点である。
台湾と比較するとマレーシアは多民族国家であり、公用語はマレー語だ。現地には華人が運営し、華語で教える私立中学‧高校が多数あり、華語の読み書きができ、執筆活動もできる人材を育てているが、華文出版市場を支えるには読者の絶対数が足りないのである。
マレーシア文学評論家で中山大学外国語文学科の准教授‧張錦忠はこう語る。「現在のマレーシアには『有人』や『大将』といった華文出版社がありますが、それでも同人出版‧独立出版の範囲にとどまり、大手出版グループによる純文学作品の発行はほとんど見られません」
また、お隣りの香港の場合、言語は同じ華文だが人口が少ないため大衆文学以外の市場は限られる。西西や董啓章、黄碧雲といった香港の純文学作家は、台湾を作品発表の場としており、台湾版の方が香港版より充実している。「ひとことで言うと、彼らは台湾を香港文学の運営センターと見なしているのです」と高嘉謙は言う。
もう一つ、台湾の代表的な文学賞の対象部門が現代詩、散文、小説、ノンフィクションなど、広範囲にわたることが挙げられる。イギリスのブッカー賞やフランスのゴンクール賞、日本の芥川賞など、多くの賞が小説を対象としているのとは違い、さまざまなジャンルの創作活動を奨励している。また台湾の出版市場は活発で、毎年4万冊近い新刊が出ていることも挙げられる。人口と新刊書数の比率でみると、台湾はイギリスに次いで世界で2番目に高いのである。さらに台湾の出版関連の規制は緩く、タブーもなく、ジャンルも多様性に富んでいる。特にジェンダーや社会運動といった分野は、他の華文圏では極めて珍しいものだ。これらの要因が台湾の優位性となっている。「創作‧執筆はどこでもできますが、作品を広く世に出すなら台湾がよいのです」と話すのは、馬華文学評論家で、中央研究院欧米研究所元所長の李有成だ。
マレーシアから台湾にわたり、ここに暮らして20年以上になる高嘉謙。