ダンサーの夢破れる
1979年生まれの彼女は、幼い頃からバレエを学び始め、優れたダンサーになることだけを夢見てきた。国光芸術学校から文化大学に進んでも、その生活にはダンスしかなかった。同じ年頃の若者がショッピングをしたり、カフェでおしゃべりしていたりする頃、彼女は教室でモンゴルや新疆、雲南省タイ族、敦煌などの民族舞踊を懸命に練習していた。彼女はいつも最初に教室に入り、最後に教室を出る学生だった。
しかし、その努力が報われることはなかった。長年の激しい練習による運動障害に見舞われたのである。彼女はダンサーが最も恐れる「ジャンパーズニー」と診断され、その膝はこれ以上の跳躍に耐えられないと言われた。
「長年のジャンプの重力加速度で膝関節が傷んで変形してしまい、気候が変わるたびに鈍い痛みに襲われました。それに、腰を振る動作で腰にも痛みがありました。時には呼吸さえ苦しく、息を吸い込むと胸腔から頭まで鋭い痛みが走り、頭と身体が離れていればいいのにと思ったほどです」と唐幼馨は当時を思い出す。
運命のいたずらはこれでは終わらなかった。ある日、学校へ急いでいる途中でちょっと気を抜いた瞬間、自動車事故に遭ってしまったのだ。身体は強烈な衝撃を受けて尾てい骨がゆがみ、踊るどころか背中を伸ばす簡単な動作さえできなくなったのである。こうして彼女のダンサーへの夢は完全に打ち砕かれてしまった。
夢は破れてもダンスへの思いを断ち切ることはできなかった。唐幼馨は涙を拭き、両親の支援を受けてアメリカに留学した。スポーツマネジメントの修士課程に学ぶ中で、彼女はダンサーの身体を鍛え、運動障害を治療する「ピラティス」と出会い、「ピラティスと減量の関係」と題する修士論文を完成させた。
同じ境遇の人々
学業を終えてから帰国する前に、ピラティスとヨガの長所を取り入れた「ヨガラティス」と出会い、自らその恩恵を受けた。そこで、その良さを多くの人に知ってもらいたいという気持ちから、ヨガラティスで再出発することを決める。帰国後は文化大学舞踊学科、林口体育学院、世新大学、実践大学などで教える他、万芳病院のコアスポーツセンターのスポーツ顧問としてヨガとピラティスの普及に努めている。
その話によると、最近は間違った方法でヨガを練習して運動障害を起こし、治療を受けに来る人が少なくないという。
「ヨガの正しい動作は健康やダイエットに有効ですが、伝統的ヨガの動きには人体工学にかなっていないものが多数あります。例えば、頭頂部で身体を支えて壁と垂直に倒立するポーズや、270度近く身体を曲げるポーズなどは、脊椎や筋肉を傷めやすいものです。台湾の一般のヨガ教室では、初心者と上級者とを分けていないので、インストラクターの中には、早くできるようにと生徒の背中を押したりする人もいて、知らないうちに身体を傷めてしまいます」と言う。
では、どうすればヨガによる運動障害を避けられるかと考えた時、彼女はヨガラティスを思い出したのである。
新たなスタート
「ヨガラティス」とはその名の通り、ヨガとピラティスを結びつけた新たなスポーツである。ピラティスはドイツで生まれた。第一次世界大戦の後、看護師をしていたジョセフ・H・ピラティスが、負傷兵がベッドの上でリハビリができるようにと考案した運動がピラティスである。ピラティスは主に腹部のコアとなる筋肉を強化し、それによって自分の身体をコントロールできるようにすることを目的とする。
しかし、ピラティスは精神面の向上は特に強調していない。そこで、ヨガにピラティスの長所を加えると、ヨガの精神性と柔軟性にピラティスによる深層筋肉の鍛錬が加わり、身体の安定性を高められるのである。
この「ヨガラティス」の先駆者であるルイーズ・ソロモンは、もとはダンス教師だったが、ヨガとピラティスの相互補完性に気付き、二つを結び付けてみた。すると身体の柔軟性が高まり、また筋力強化に加えて霊性を高めることもできることがわかったのである。
最初はヨガを学んでいたドリスは、唐幼馨についてヨガラティスを練習するようになった。彼女は仕事のストレスから甲状腺分泌過多になり、不眠、発汗、消化不良、焦燥感などの症状が出ていた。同僚に勧められてヨガを始めたところ症状は大幅に改善され、体も柔らかくなったが、逆に筋力が劣ってきたように感じていた。
そんな頃、偶然にヨガラティスと出会った。「ヨガラティスはコアの強化を重視します。コアというのは東洋で言うところの丹田に当り、身体構造で言うと腹横筋、骨盤底筋、背筋などを指します。これらの部位は日常動作の中心となるので、これを鍛えることで全身の安定と協調がとれるのです」と唐幼馨は説明する。
修行と運動
唐幼馨は「スポーツも含めて、あらゆる身体の動きには、バランスという原則が求められます」と言う。したがって、一人ひとりの身体構造や特殊性、持久力や柔軟性を考えて、それにふさわしい運動を処方することが重要になる。ヨガラティスは、一般のスポーツが大きな筋肉を鍛えるのと違い、深層の小さい筋肉を鍛える。これらの小さい筋肉は身体を安定させるので、脊椎を安定させ、背中下部の痛みを防ぎ、膝関節を強化するなどの効果が得られる。
ヨガラティスの良さを実感している彼女は、ヨガとピラティスの両者を研究して新しい練習方法を考案するだけでなく、この新興の「修行スポーツ」を推進するために、30歳前という若さで台湾ヨガラティス協会を創設した。現在、会員数は100人を超えており、そのすべてがヨガラティスのシード教師である。
新しく内装を施したばかりの教室で、当時ダンサーへの夢を追い続けていた少女は、すでにその運動障害を乗り越え「ヨガラティス」の世界で新たな夢を実現させている。