「想像しがたいですが、シフトワイヤーのような小さな部品が一つの工場を支えています。しかも技術面、設計面でも常に進歩し続け、世界一のシェアを持つに至ったのです」と話すのは、自転車産業に携わって23年になる台湾自転車輸出業同業組合秘書長の周淑芳だ。ここは彰化市にある佳承精工（Chia Cherne）。自転車のチェーンやハブ、タイヤなどの世界最大のサプライヤーはすべて台湾にある。

キャリパー、ディスク、油圧ホースなどから成る油圧ディスクブレーキ。ハイエンドモデルのクラフトマンシップが感じられる。

ハイエンド自転車で世界一

「台湾のハイエンド自転車の生産高は世界一です」と周淑芳は言う。社交や競技、欧米でのマウンテンスポーツの隆盛などにより、ハイスペックの自転車部品の需要が高まっている。マーケットは大きくないが、景気の影響は受けない。

台湾の自転車産業クラスターは台中、彰化に集中している。この一帯は精密機械や工作機メーカーも集中しているため、ソリューションを見出しやすく、部品の精密度も高まる。

多くの国際ブランド、例えばSRAMやアメリカのサスペンションフォークのトップブランドFoxなども生産ラインと開発センターを台湾に置いている。TrekやPrologo、BMCなどのブランドも台湾でパーツを調達して組み立て、世界各地に輸出しているのである。

「これほど完備したサプライチェーンがあるのは世界でも台湾だけです」と周淑芳は言う。台湾は良好な投資環境を提供しているだけでなく、ここのサプライチェーンが多品種少量化のニーズに迅速に応えられる点が重要だ。台湾のメーカーはすぐに部品の設計と生産を調整できる。さらに品質を堅持し、優秀な人材が多いなど、国際ブランドにとって最も堅強なサポートを提供できるのである。

佳承精工のブレーキワイヤーは、ブレーキをかける時のスムーズな手の感覚にこだわっている。

A-Teamの成功

こうした完全なサプライチェーンが構築できたのは、産官が協力した「A-Team」プロジェクトによるところが大きい。かつてA-Teamの最後の執行秘書を務めた周淑芳は「天の時、地の利、人の和があったからこそA-Teamは成功した」と語る。天の時としては、2003年にA-Teamが結成された翌年にEUでアンチダンピング税が廃止され、台湾の自転車が大量に輸出できるようになった点が挙げられる。地の利は、サプライチェーンが台中と彰化に集中している点である。人の和としては、台湾の大手ブランドであるジャイアントとメリダが競合関係にこだわらず、協力してパーツメーカー20数社を指導したことが挙げられる。さらに工業局の協力でトヨタ生産方式などのノウハウを導入した。「こうして品質が向上したことで、ハイスペック自転車製造の分野で、台湾の世界的な地位が確固たるものになりました」

A-Teamが運営されていた13年の間に、各メーカーは世界的な展開と分業を推進した。ローエンドの生産を中国やベトナムに移し、台湾への投資を増やして中価格帯以上の製品生産を台湾に残し、重要なパーツの開発と製造を台湾で行なうことにしたのである。

このようにして、A-Teamのメンバーは現在では世界トップの部品メーカーになっている。桂盟国際（KMC）、佳承精工（Chia Cherne）、久裕興業（JoyTeck）などだ。自動車タイヤメーカーの正新（Maxxis）、建大（Kenda）もジャイアント創業者である劉金標の理念に賛同して自転車研究チームを作り、現在は世界トップクラスの自転車用タイヤメーカーとなっている。

台湾自転車輸出業同業組合の周淑芳秘書長は、ここ数年世界中で増えてきた電動自転車も、台湾のサプライチェーンに支えられていると語る。

電動自転車のチャンスと危機

省エネ、低炭素の電動アシスト自転車のシェアが伸びている。「経済部の統計によると、2021年に電動アシスト自転車と従来の自転車のシェアはすでに逆転しています」と周淑芳は言う。電動アシスト自転車の単価は高く、台湾でも2021年に従来の自転車の売上を超えており、輸出量も初めて100万台を超えた。

現在、電動アシスト自転車の主要生産地はヨーロッパだが、ヨーロッパにはパーツメーカーがないため、やはりサプライチェーンの完備した台湾やアジア諸国に頼ることとなる。そのため台湾の自転車部品輸出額は年々成長しているが、これは部品メーカーにとっては新たなチャレンジでもある。部品と電気系統のつながりを考えなければならず、専用のフレームやチェーンなども開発しなければならないのである。「自転車同業組合と経済部はPPP（パブリック・プライベート・パートナーシップ）の形で部品メーカーに協力し、台湾の電子情報産業の優位性を電動アシスト自転車に応用していく考えです。これは厳しい戦いです」と周淑芳は言う。

スマート製造を強化した生産ラインで作られるハブ。

ハブ専門メーカー――久裕興業（JoyTech）

52年前にシングルスピード自転車のハブ（自転車の車輪の真ん中にあり、車輪を支え、回転させる円筒状の部品）の製造からスタートした久裕興業は、年間1500万ピースのハブを生産しており、世界シェアは10％に達する。

「ハブは自転車の心臓部と言え、自転車の駆動システムで重要な役割を果たします」と同社営業課長の林明賢は言い、まもなく発売するハイエンドブランドNOVATEC PremiumのDRS（デュアル・ラッチャー・システム）フリーハブを見せてくれた。野山を走るマウンテンバイクやオフロード用自転車の強度や寿命、耐久性を高めることができるパーツである。構造は複雑だが、かみ合わせが良く、従来のハブに比べてエネルギー効率も高くなる。

スピードを追求するロードバイクの場合、最も軽い前輪のハブは80グラムに過ぎない。素材が鉄からアルミ、カーボンファイバーに変わり、ハブブレーキからディスクブレーキに変わっても、ハブの生産に専念する久裕は、常に各車種にふさわしい製品を生産してきた。

台中市大雅区にある久裕興業の工場を訪ねると、2階の高さまである鍛造機が3台、それにロボットアームが操作するアセンブリラインと検査ラインがあり、スマート製造が行なわれている。自動化によって工数や材料を削減でき、低炭素化の目標も達成できる。

林明賢によると、現在同社の製品はカーボンファイバーのホイールリム、フロントフォーク、ハンドルバーまで網羅している。さらに、マニアのためのハイエンドブランドの修理市場にも目をつけ、将来的には自転車と電動アシスト自転車用ツールのトータルソリューションが供給できるメーカーになることを目指している。

ESGとサステナビリティの要求に応え、久裕興業ではハブの梱包にハニカムクッションペーパーを使用し、温室効果ガスの排出を減らしている。

ワイヤーの先――佳承精工（Chia Cherne）

彰化市にある佳承精工はシフトワイヤーとブレーキワイヤーの生産から始まった会社だ。シングルスピードから3段変速、そして最新の13段変速まで、油圧式ディスクブレーキの油圧ホースまで、さまざまなカスタマイズしたワイヤーを提供しており、そのシェアは世界一を誇る。

台湾のレンタサイクルYouBikeを例に取ると、駐輪場が屋外にあるため日光に晒されることとなる。そこで佳承はケーブルのプラスチック原料の配合を調整し、従来は100時間だった紫外線耐性を400時間まで伸ばした。こうして企業に求められるESG（環境・社会・ガバナンス）にも対応し、ワイヤー類も従来の材料から、回収再生が可能な材料へと開発が進んでいる。

「ブレーキワイヤーの品質の良しあしは、ブレーキをかけた時の手の感覚で分かります。軽く穏やかな感触でありながら安定した制動力があるのです」と、制御システム事業部で開発技術を担当する陳祈岐は説明する。このような品質は、製造工程の安定と構造設計から来るものだ。ワイヤー内の金属線の編み方や配列によって圧縮された応力を消去する。特に、中高年女性がブレーキをかける時に手に疲れを感じるようなことは避けなければならない。

「私たちは国際標準の倍の品質を追求しています」と陳祈岐は言う。ブレーキワイヤーの場合、標準は完全に停止するまで7メートルだが、佳承の製品なら3～4メートルで停止する。

3輪のe-cargoのために設計した油圧式ディスクブレーキの場合、佳承の製品の強みはオイルホースの設計にある。ホースの膨張係数を掌握し、ホースを薄くすることでブレーキの反応を速くし、良好な制動力を発揮する。

佳承はその高品質のワイヤーやケーブルを、他の分野にも提供している。スポーツ器具やクルーザーのモーターケーブル、農機具のスロットルワイヤー、エアバッグのリップコードなどだ。一本のワイヤーからブレーキシステム全体へ、さらには放熱器の分野にまで事業は広がっていく。専門分野の力を存分に発揮することで、台湾の先端部品メーカーは、そのラインを無限に伸ばしていけるのである。

久裕興業の台湾工場ではハイエンドのパーツを生産している。

A-Teamの設立によって、自転車産業の研究開発分野が台湾に残されることとなり、それによって台湾は現在の地位を築くことができた。