身も心もきれいに
当初、江栄原にとってせっけん作りは世間を離れる言い訳だった。それはまた体と心の傷を洗い流すためだった。
「大地のあらゆるものに心があるが、その中で生きている人間たちはよく人の心を裏切る」江栄原の文章からは、彼が過去に受けた心の傷が見える。長年、選挙活動や宣伝に尽力した後、彼は政治家や革新を目指す仲間たちのうそや裏切りに気付いた。各地の文化芸術イベントを受け、心をこめて作品を仕上げても、他人の名前で出品されていたこともあった。
中年になってそうした世界を離れると、彼は力が抜けた。それまでに体に溜め込んだものが一気に噴出し、発疹やアレルギー性皮膚炎などの症状が出たのである。肌は乾燥し赤く腫れ、水泡やかさぶたができ、自分の体に不安を覚えた。防腐剤など化学物質の入った入浴用品に触れると、ひどくかゆくなるのだ。敏感な皮膚を守るため、江栄原は漢方薬を使ってせっけんを作り出した。当初自分用のものだったのが、「阿原せっけん」として発展したのである。「植物のやさしさとパワーが、私たちの体に備わっている治癒力を呼び起こすのかもしれません」と江栄原は言う。
せっけんは、ただ油と水と苛性ソーダ、添加物を混ぜたもので、何も難しくはないと思われがちだ。だが、阿原ほど手をかけている人はいないだろう。
阿原せっけんは台湾の陽明山国立公園の天然の水に、食用油(オリーブオイル、ココナツオイル)に、菊、茶葉、レモン、よもぎ、パチュリなど台湾のハーブを加えたもので、界面活性剤など化学添加物は一切使わない。彼のせっけんはどれも18の工程を経、45日熟成される。水汲み、植物栽培、採集、オイル投入、攪拌、型取り、熟成、型抜き、45日間の自然乾燥、切り分け、刻印などすべて手作業だ。硬化を速めるパラフィンや機械も使わない。
阿原せっけんが台湾の農作物や「土地のモラル」を応援する態度は感動的だ。台湾で生産されている物なら、コストを度外視し台湾の農家から有機栽培の品を買う。彼が購入するのは、菊なら600g150元の中国産ではなく台東産の800元の小菊、洛神花(ローゼル)なら40元の中国産ではなく、150元の花蓮産のものだ。
地元産を求める阿原せっけんの慎重な態度は、台湾の有機栽培の果物やハーブの供給者に間接的に影響している。また地元の農協や荒野協会、オーガニック商品のショップなどにも認められつつある。さらに阿原せっけんと提携し「有機農業の体験教室」などイベントを催す業者も出てきた。江栄原は「面白くなってきました」と笑う。