博士が売るケーキ
義華餅行がマスコミから注目されるのは、三代目、34歳の楊孟祥さんが最先端のハイテク、電機学博士だからだ。ハイテク業界で活躍できる彼が、なぜこの道に入ったのかと、誰もが興味を引かれるところだ。
現在、まだ新竹の工業研究院で国防代替役に服している楊孟祥さんによると、幼い頃、家が菓子屋をやっていると友達に知られるたびに、よだれが出そうな羨ましそうな顔をされた。だが、彼にとっては当たり前のことだったし、祭日前は家中が忙しくなるので、別に幸せだとも思っていなかった。だが、家を出て台南の成功大学に入った時、おいしい菓子がないことに気づき、初めて故郷の味の良さを発見したのだと言う。
大学から修士、博士と進み、楊孟祥さんは最先端の半導体とIC設計の領域を学んできた。だが、心の中ではおいしくて健康的で時代に合う菓子のことばかり考えていた。引く手あまたの技術を持ちながら、なぜ菓子店を継ぐのかと、多くの人に問われる。
「台湾のハイテク産業は製造志向で、大企業も研究開発にあまり投資しません。そういう世界に入る方が、人材の浪費かも知れません」と話す楊孟祥さんは、伝統菓子の世界に成長の可能性を見出した。昔ながらの町の人々は人情を重んじ、ハイテク業界のような過当競争には陥らないからだという。ただ、老舗にも課題はある。市場にハンバーガーやドーナッツやタルトが登場して大ブームになるたびに、少なからぬ老舗がそれを取り入れるべきか、伝統を守るべきかという選択を迫られる。そうした中で、彼らは伝統を守りながら、しかも新しい味も取り入れてきた。
今は、菓子同業組合やロータリークラブの公益活動に力を注いでいる楊宗正さんは、家業を継ぐという息子の決意を支持し、すべて息子に任せている。
昨年、楊孟祥さんは好隣居基金会の提案を受け入れて、以前はパンやケーキや菓子折りを所狭しと並べていた陳列方法をやめ、動線を新しくした。
美食家が近隣の菓子店を巡ってそれぞれの塩味ケーキを試食したところ、スポンジケーキの食感も餡の分量も義華餅行のものが一番良いことがわかり、これに新しい箱や紙袋をデザインして「塩味ケーキ専門店」のイメージを打ち出すことにした。楊孟祥さんは、さらに宅配便やネット販売で台湾北部の顧客も開拓し、洋菓子が主流の時代に台湾伝統菓子の市場を切り開こうとしている。
楊孟祥さんは新たにXO醤ケーキも開発した。母親が、飲茶で出される鶏の爪先のXO醤煮が好きなのがヒントになった。食材には上等の貝柱を使い、それをじっくり煮出してスープを取る。そこへ干しエビ、マグロ、タケノコ、シイタケなどを炒めたものを加えて餡にするのだ。原価が高いので、他の店もこのまねはしないが、消費者は新しいものを受け入れている。
義華餅行の塩味ケーキは、豊原に新たなブームを巻き起こしたが、楊家親子はこれは遺伝だと言う。祖父の楊勝達さんも時代の最先端を歩んでいたからだ。
豊原市の義華餅行の焼き菓子は広く知られており、旅行者がお土産に買っていく。三代目を継いだ楊孟祥さんは電機学の博士でありながら、ハイテク産業ではなく家業を継ぐ道を選んだ。