この町は歴史学者を待っている
「基隆は、歴史のない町です」とボラオ‧マテオ教授は驚くべきことを言う。その真意を訊ねてようやくわかった。基隆に歴史がないのではなく、この土地の文化や歴史を深く知るからこそ残念に感じているのである。基隆の歴史を題材とした書籍は少なく、人々の理解も不十分だ。
スペインではすべての町に公立や私立の歴史資料館があり、その地域に関する写真なども収蔵されている。「多くの人が台湾を誇りに思い、台湾にも国立の歴史博物館などがあります。ただ、自分が育った町を異なる角度から見ようとしていません」という。彼にとって基隆は台南に引けを取らない大都市であり、ここに暮らす人々が「歴史的自覚」を持つことが必要なのだという。
ボラオ‧マテオ教授の英語とスペイン語による著書『Spaniards in Taiwan:1582-1641』と『西班牙人的台湾体験(スペイン人の台湾体験)1626-1642』などの著書は、いずれも教育面でも大きな意味を持つ。
最近、ボラオ‧マテオ教授の学生である胡雅涵が、大航海時代の基隆和平島をテーマにしてイラストレーターの黄子彦と協力し、絵本『佩徳羅的項鍊(ペドロのネックレス)』を出した。原住民(平埔族)のバサイ族とスペイン人との関わり合いを描いた物語だ。教授は同書の顧問を務めており、「基隆のために本を書く」という期待に間接的に応えたものでもある。
「このような場所は、本に書かれる価値があります」と語るボラオ‧マテオ教授は、基隆は今も歴史学者の出現を待っていると考える。古今の各方面の文献を整理して、しっかりとした歴史的知識を、一般の人にも分かりやすく本にまとめられる歴史学者である。「私の個人的見解では『港町』という角度から基隆を理解するのもいいと思います。台湾を『島国』として理解するのと同じです」と教授は語った。
最近、ボラオ‧マテオ教授はフィクションの歴史小説の執筆に取り組んでいる。「スペイン人は本を読まない。なぜなら彼らはいま自分たちの本を書いているからだ、と言う人がいます」とユーモラスに語る。当初、サン‧サルバドル城の発掘を夢見たように、結末がどうあれ、この「ドン‧キホーテのような冒険」に教授は夢を膨らませるのである。
大海に面した基隆は、大航海時代以来、世界各地の人が集まる重要な歴史の舞台だった。
ボラオ・マテオ教授(前列中央)と、国家科学委員会のプロジェクトでともに遺跡発掘を行なう台湾とスペインの考古学チーム。(ボラオ・マテオ提供)