ある日、宇宙から彗星が地球にぶつかったり、火山の噴火や地震などで世界の終末を迎え、生物が絶滅した時、大地に生命が蘇るチャンスはあるのだろうか。
科学者たちが対策に苦慮し、なんとか野生植物と食糧となる作物の種子を保存し、自然を蘇らせる機会を残そうとしている。「種の保存」が21世紀の重要な課題なのである。
植物救出大作戦
実際には、宇宙からの危機を待つまでもなく、乱開発や熱帯雨林の伐採、環境汚染などの様々な事象が地球温暖化を招き、動植物の生息地が減少して、種の絶滅が続いている。
種の減少の速度はどれほどなのだろうか。事実を知ると驚くだろう。
清華大学生命科学学科の教授で、サイエンティフィック・アメリカン誌台湾版編集長や、辜厳倬雲植物保種中心(種の保存センター)のCEOなどを兼務する李家維は、この保種中心の発起人であり、中心人物でもある。
「動植物の生態を維持する熱帯雨林は、毎年台湾4つ分の面積が消えています。2050年には地球上の植物の4分の1が絶滅に向い、今世紀末には種の半分が消失すると見られています」と言うのである。この驚くべき予測に李家維は「今、種を保存しておかないと必ず後悔します。種の保存は人間の良心の発現によって形勢を転換する手段なのです」と話す。
そこで各国で様々な種の保存計画が始まった。
ロンドンのキューガーデンでは、50億台湾ドル相当の資金を投じ、10年をかけて2万4000種の野生植物の種子収集を目標としたミレニアム・シード・バンク計画が始まった。
2008年にはノルウェーでスヴァールバル世界種子貯蔵庫が設立され、世界各地から計150万品種の食糧作物の種子が集められ、北極圏の永久凍土層の貯蔵庫に永久保存することとなった。地球植物に再生の機会を残すものだが、ここから植物の「ノアの箱舟」の異名が生まれた。
亜熱帯地域に属する台湾も、世界の種の保存に一席を占めている。農業委員会林業試験所には樹木の種子バンクがあり、農業試験所には国家作物の原種センターを設置し、台湾の農作物の種子を保存している。台湾セメントの辜成允董事長は、個人及び企業の力を注ぎ、熱帯と亜熱帯植物の種の保存を目指し、辜厳倬雲植物保種中心を出資設立した。設立後の僅か8年で27,135種の熱帯植物を保存し、世界最大の植物収集センターとなったのである。
目標は熱帯植物の避難所
2008年1月19日にオープンした辜厳倬雲植物保種中心は、熱帯・亜熱帯の生きた植物を保存することにより、生物多様性の維持に貢献する。
ではなぜ熱帯・亜熱帯植物を収集対象とし、その上に生きた植物の保存なのだろうか。
李家維によると、世界の植物の6割以上が熱帯雨林に集中するが、熱帯植物の種子は含水量が高く低温乾燥では脱水して壊死してしまうので、保存には適さないという。熱帯の種を保存するには生体として移植保存するしかないのである。
しかし、その移植は難しい。
年平均気温28度、降水量2500ミリの屏東県高樹郷は熱帯植物の生息に非常に適している。しかし、国外から植物を移植するには面倒な検疫過程が必要となる。
例えば、海外からの収集数の多い多肉植物を南アフリカら導入する場合、南アフリカは線虫の流行地域で、線虫は根に寄生するため輸入には根を除去しなければならない。ただ、木本植物で根を取ると移植は難しいが、多肉植物ならば根がなくとも生きていられる。
ソロモン諸島、サントメ・プリンシペ、キリバスなど協力関係にある国では、入国後にすぐに保種中心の隔離温室に送られ、検疫局からは不定期にその病虫害の状況を検査しにくる。その期間は1~2年に及び、その間に問題がなければ隔離を解くことができる。
植物の生存がもう一つの難題である。そもそも稀少で取得の難しい植物種が多く、万一にも枯らしてしまうわけにはいかない。
「緊急の課題はバックアップです」と李家維はいう。今年の年末から、保種中心では深層冷凍計画を開始する。これは植物の一部組織を零下196度の液化窒素に保存するもので、こうすれば植物のDNAやRNAなど遺伝子は破壊されない。
また、熱帯の高山にある雲霧林の植物については、盛夏の高温を嫌うため、別に適した場所を探す必要がある。保種中心では山地の渓頭を選び、雲霧林植物保存計画を実施しようとしている。
種を保存する緑の専門家
保種中心は李家維がリーダーとなり、各専門領域別に6人の収集責任者を置き、これに技術スタッフを加えた23人で大切な植物を保護する。
収集責任者はそれぞれが植物マニアで、ショウガ科、ノボタン科、コショウ科、イラクサ科を担当するのが陳威諺、水生植物担当が鄭仲良、サトイモ科、単子葉植物が戴勝賢、シュウカイドウ科とシダ類、イワタバコ科、ラン科が陳俊銘、多肉植物がジョシュア・ハスケル、パイナップル科と食虫植物担当が郭睿軒である。彼らは30歳過ぎとまだ若い。都会から遠く離れ、終日植物に向合う生活は、植物に深い愛情を抱いていなければ耐えられないことだろう。
温和な性格の陳威諺は、温室での水やりに3時間かかっても苦にしない。「水をやりながら、近距離で植物の生長を観測できるのですから」と楽しげに話す。
世界の植物種は35万種を超えるが、この8年で保種中心は採集、購入、交換、寄付、植付などの方法で世界各地から亜熱帯、熱帯植物2万7135種を収集していて、その7割が珍しい原生種、3割が園芸種である。台湾の原生植物4300種のうち、希少種や絶滅危惧種1000種が揃っている。
中でも固有種のシダAdiantum meishanianumは2009年の8号台風で唯一の生息地が破壊されそうになったものである。同じく固有種のツバキ科植物Pyrenaria buisanensisも、自然環境ではごく少数の個体しか残されていない。
保種中心では第一段階としてラン科、パイナップル科、芭蕉科、ヤシ科、ツバキ科、ショウガ科、サトイモ科、オウムバラ科、クズウコン科、ガガイモ科、イワタバコ科とシダ類など12類を主要な収集対象としていたが、その後、シュウカイドウ科、水生植物、多肉植物とミカン科、タケ亜科が加わった。中でもラン科、パイナップル科、シュウカイドウ科とシダ類の種類は世界でもトップクラスである。
危機に瀕するシュウカイドウ科植物
保種中心にはシュウカイドウ科植物1190種(原種684種)が集められ、種類の多さは世界一で、絶滅危惧種の保護に貢献している。
環境破壊に当り、シュウカイドウ科のベゴニアが最初に危機に瀕すると陳俊銘はいう。人はその葉の美しさから室内植物に飾るが、その生息地が狭く限られていることを知らない。その生息地が破壊されると、ただちに絶滅の危機に瀕するのである。地方を開発するときに、山全体にブルドーザーを入れてしまい、その地の植物を保護してバックアップを取るという余裕もない。保種中心には、中国広西省のBegonia feroxを5株保存していて、挿し芽などで増やせるが、成長の速度はかなり遅いという。
稀少な固有種を守るという意義はどこにあるのだろう。それはその構造や効用が多く解き明かされていないこと、そして地球の生物多様性にとって重要な構成要素だからである。
北ベトナムのBegonia montainformisを例にとると、その葉面構造はカルスト地形のように立体的で山あり谷ありに見える。なぜそのような構造なのか、葉面の排水機能強化ともいわれているが、実際の機能は今後の研究を待っている。
「私たちの仕事は、原種を保護して生きた形で残し、多くの人の研究に提供するところにあります」と、李家維は言う。
開発により収集数倍増のパイナップル
保種中心のパイナップル科の収集数も世界トップクラスである。
パイナップル科の植物はどのような環境にも適応しやすく、全世界の原種は3200種あり、保種中心では1383種を収集している。まだ半分にも達していないが、生息地の破壊があることと、断崖絶壁に生息していて入手が難しいことが収集の進まなかった理由である。ところが、今年のパイナップル科の新規収集は倍増している。それは、開発でそれまでは行けなかった場所に行けるようになったためと言う。
台湾ではスペイン植民地時代にパイナップルを導入し、現在食用のパイナップルは日本時代にハワイから導入した品種の改良版である。
花市で人気のエアープランツ、チランジアは地表最強の植物と言われる。原生地は昼は高温で乾燥するが、夜間は気温が下がり湿度が高くなる。そこでチランジアは、サボテンのようにベンケイソウ型有機酸代謝を行い、葉面のうろこ状構造で空気中の水分を吸収する。
食虫植物は、環境に適応した肉食の植物である。食虫植物に好奇心一杯の郭睿軒によると、全世界に約800種の食虫植物が生息し、よく知られているのがウツボカズラとハエトリソウである。保種中心に400種余り収集されたウツボカズラのうち原生種は約80種で、研究機関の研究に提供されている。
世界には千を超える植物園があり、中でもイギリスのキューガーデンは1万8000種、アメリカのミズーリ植物園は1万7500種と規模を誇る。
これらの植物園とは異なり、辜厳倬雲植物保種中心は一般開放しておらず、研究機関の研究専用である。「設立当初から保種中心は種の保存を唯一の目的としていて、種の保存業務に全力を傾けています」と李家維は言う。世界には今も救援を待っている植物が数多くあるので、一般向けの見学に開放する余力はないのである。
域外のノアの箱舟
積極的に種の保存に努める一方で、隣国や友好国での種子バンク設立にも協力している。3年前に開始したソロモン計画はその第一歩である。
ソロモン諸島の面積は台湾の3分の2に過ぎないが、維管束植物の種類は台湾の2倍余りと、驚くほどの生物多様性を有する。国連の開発途上国援助計画の一部として始まったソロモン諸島薬草植物プロジェクトは、2007年に日本の牧野植物園が実施していたが成果が思わしくなかった。その後、2011年に小山鉄夫園長が台湾に協力を依頼してきたのである。何回かの協議の結果、保種中心と自然科学博物館がこのプロジェクトを引き継ぐこととなった。
3年前から開始したプロジェクトで、保種中心はソロモン諸島での植物の収集を担当し、台湾から10数名の専門家がソロモンで収集と標本製作を行い、その成果をソロモン、台湾及び日本で保管している。その一方で、ソロモンに温室を設置し、種の保存のための訓練も実施してきた。
また2016年から保種中心は、国際合作発展基金会および自然科学博物館と共同で、カリブ海のセントビンセントでの植物の種保存プロジェクトを実施する。
「現地の意識も能力も不十分なのに開発が早すぎて、植物は脅威に晒されており、現地と台湾の両方で保存を進めます」と李家維は言う。
スヴァールバル世界種子貯蔵庫がバックアップとしての保存目的であるのに対して、台湾の保種中心は時間と競争しながら保存し、これらの植物をいつかは本来の生息地に返そうと考えている。
「最終目標は自然再生であり、現段階でできることが種の保存なのです。種の保存は人類の一種の覚醒を意味し、世界各地で多くの箱舟プロジェクトが始まることを期待します」と李家維は期待を込めて語るのである。
ヒメウラジロ(イノモトソウ科)。長期の干ばつで葉裏が上を向いて巻き、それによって陽光を反射して水分の蒸発を減らし、休眠状態に入って雨季の到来を待つ。
Neuwiedia zollingeri(ラン科)。東南アジアからニューギニア、太平洋島嶼で見られる。
ブラジリアン・エーデルワイス/断崖の女王(イワタバコ科)。ブラジル原産。葉は銀白色の毛でおおわれ、強い日差しを好み、乾燥に強い。多肉植物。
ホワイトスロアネア・クラサ(ガガイモ科)。ソマリアにのみ見られる。一時は絶滅したとされていたが、近年になって少数の固体群が発見された。
Adiantum meishanianum(クジャクシダの仲間)。2009年に発表された台湾の固有種。単一の自生群のみ発見されており、環境開発の影響を非常に受けやすい。
Pyrenaria buisanensis(ツバキ科)。80年以上発見されていなかった台湾固有のツバキの仲間。最初は1892年にイギリスのオーガスティン・ヘンリーによって発見された。
Cattleya labiate(カトレアの仲間)。唇弁は大きな筒状で先端は開いて襞になり、レースで縁取ったラッパのような形をしている。
Begonia ferox(ベゴニアの仲間)。2013年に発表された中国大陸広西省の固有種。極めて少数が単一の石灰岩洞に分布しており、非常に特殊な葉表構造を持つ。
センターのベテラン職員・陳俊銘(右)は、各種植物の栽培管理や実習生の指導などに情熱を注いでいる。(荘坤儒撮影)
パイナップル科と食虫植物とキジ科鳥類の管理を担当する郭睿軒。大学での専攻は宇宙航空工学だったが、植物への情熱からセンターでの仕事に熱中している。(荘坤儒撮影)
ネペンテス・ビカルカラータ(ウツボカズラの仲間)。ボルネオ西北部の固有種。アリとの共生関係で知られる。巨大な補虫袋の中にアリを住ませ、アリは植物を害虫から守っているのである。(荘坤儒撮影)
ショウガ科植物を担当する陳威諺は、ソロモン計画の実行も任されており、各地で新しい植物を収集している。