語り聞かせで伝えるベトナム文化
あるとき宿題が出た。幼稚園に通う息子が、皆の前で故郷の話をすることになったのである。準備万端、自信をもって前に出られるようにと、鄭妹はあちこち図書館で資料を探し、夜は子どもの話を録音して、繰返し練習させた。
単なるスピーチコンテストに、何を懸命に練習するのか。「子どもに言われたんです。お母さんはどうしてベトナム人なの、なんで何も知らないの。幼稚園に行けば友達と比べます。その言葉を聴いてとても辛かったんです。そこで自分に言い聞かせました。何でももっと努力して、分らないこともできるようになってやるんだと」
息子は入賞こそしなかったが、鄭妹の闘志に火がついた。次のコンテストにも必ず応募させると決め、自分も図書館が開催する語り聞かせボランティアの育成コースに参加した。転んだら立ち上がるのだと鄭妹は言う。それ以来、語り聞かせの世界にのめりこんだ。子どもが聞き入る感覚が楽しくて、息子の学校に語り聞かせを申し出た。
そんな勇気があることを、自分でも意外に思った。
「他のボランティアのお母さんがいつも絵本を使って、子どもがわき目も振らずに聞いているのを見て、書店で探したのですが、絵本は高くて買えませんでした。そこで、自分で作ろうと思い立ちました」鄭妹は学校で「演じる」機会を真剣に捉えていた。2人の息子は小さい頃から先生に芸術の才能を見出され、小・中学とも美術学級に合格していたから、母とともに絵本作りに取り組んだ。鄭妹はベトナムの民話を絵本の挿絵にしてみた。子どものクラスで故郷の物語を聞かせると、台湾とベトナムの距離も縮まっていった。
唯一無二の自作絵本と、先生の励ましで、鄭妹は言葉の能力や訛りを心配せずに、積極的に学校へと入って行った。できるだけ息子のクラスの課外活動にも参加し、前向きな心構えで奥底にあるプレッシャーを克服した。息子が認めてくれたことも自信を取り戻すことにつながり、他の新移民のお母さん方にとっても最高の模範になった。
台湾の多様な文化に新たな力を注ぐ
他の子どもが休み時間にやってきた。「おばさん、うちのお母さんもベトナムから来た新移民なの」と言われ、大いに元気づけられた。
前向きに文化の違いを受け入れ、子どもと友達の賛同を得た。鄭妹は自分こそが最大の受益者だという。ボランティアとしての達成感が異郷の暮らしを豊かにし、幾度となく繰り返す語り聞かせの練習で、中国語も急速に上達した。
新移民は結婚生活と移民という立場の二重の挑戦を受ける。文化の違いと役割への適応はプレッシャーとなるが、鄭妹は積極的な態度で台湾で完全な帰属感を見つけ出し、台湾の多様な文化に新たな生命力を吹き込んでいる。