心を目覚めさせる音
それより早い2000年には許坤仲も三地門郷の地磨児小学校で児童に鼻笛を教えていた。後に文化部による「民間芸術保存継承プロジェクト」が始まり、試験で選抜された生徒に鼻笛の制作と演奏を一対一で教える制度が整えられた。その第1回で育ったアーティストが許坤仲の次男、イタン‧バワワロン(伊誕‧巴瓦瓦隆)だった。
イタンは2004年から父の許坤仲が鼻笛を吹く様子を撮影‧記録し、鼻笛が父の人生に深く関わってきたことを感じていた。だがイタン自身が自分で笛を作り「心を目覚めさせる笛の音」を吹けるようになって初めて、父の苦悩や喜び、母の死後の寂寥などの思いを聞き取れるようになった。鼻笛が父子の距離を縮めたと言える。
「現代化に直面する中で、我々の文化や価値についての思索を、鼻笛の純粋な音が促してくれます」パイワン語に精通するイタンは2020年4月に70名近いパイワンの人々を率い、ルーツ探しの旅を行った。大姆姆山山麓にある北部パイワン族の発祥地、達瓦蘭を訪れたのである。谷に沿って山の上まで竹林が続くのを見て、パイワンの鼻笛が身近な環境から生まれたことを知った。
イタンはこうも言う。初期の鼻笛は穴が一つでフクロウの鳴き声のような音だったが、穴が増えるにつれて滝や竹林の音が出せるようになった。自然を模倣する鼻笛は自然に近い楽器なのだ。
イタンは礼納里集落で「斜坡上的美術館(坂の上の美術館)」を催している。20のアートスタジオが共同で不定期に公演や展覧、講座を行って交流を図るものだ。彼独自の「紋砌刻画」という創作スタイルは古い彫刻の技法に色を施すもので、それら一連の作品や、国立台湾美術館所蔵の「当有一天風不再吹了(ある日、風が吹かなくなった時)」にはどれもパイワン文化が息づく。
芸術作品も鼻笛も「やがて私が年を取った時、次の世代に伝えられます」と自らの役割を語る。

しばしば海外の音楽フェスティバルや台湾同郷会などから公演を依頼される許坤仲。台湾の原住民族音楽は、外国人だけでなく海外華僑にとっても興味深いものだ。