烏のお母さん
ドイツの女性は結婚し、子供ができると自分で育て、男は外、女は内の伝統的な家庭の生活スタイルを守っています。もちろん、それには理由があります。ドイツ人の賃金は高く、ベビーシッターや預けるのは高くつくこと、社会的観念で子供は親が育てるべきで、さもなければ烏のお母さん(ドイツ語で子供の面倒を見ない意味)といわれます。ババリア州首相で、首相選挙にメルケル氏に僅差で敗れたシュトイバー氏によると、女性は3K党、つまりドイツ語のキッチン、子供、教会の頭文字Kを取り、女性は一生をこの3Kで過すというのです。事実、シュトイバー夫人は典型的な3Kだそうですが、21世紀、科学技術や文明の発達したドイツでなおも18世紀的思想が支配しているのです。
実際、一般のドイツ人も同じような考え方で、シュトイバー氏が特別なわけではありませんが、フェミニストの批判を恐れて明言しないだけです。それが証拠に、政策を見ても、わざとハードルを設けて、既婚女性の社会進出を妨げています。
例えば、夫婦共稼ぎ家庭は働き手が一人だけの家庭より税が高く、収入の少ない方(普通は女性)は、働き続ける意欲を失います。同時に、公立の託児所の設置を制限し、あったとしても一人親家庭とか在学中の女子大生が優先されます。その一方で、政策は主婦を優先し、女性を家庭にとどめようとするのです。
たとえば、女性は3年の育児休暇を与えられ、さらに二人目、三人目が生まれると育児期間は延長されます。しかし、この規定は要職に就く女性にとっては形だけです。そんなに長くポストを空けておけないし、会社にとっても母親を雇用するのは不利です。こうして母親として働き続けてもキャリア形成に大きな制限を受け、最終的には二つの選択、子供をあきらめるか、それとも余り重要でないポストを受け入れるかを強いられます。この点を比較すると、台湾あるいは中国の女性には選択の道が開かれています。
さらにドイツの教育心理学者や幼児教育専門家は、それぞれ女性を家庭にとどめる理論を展開します。幼児にとって母親の重要性は欠かせない、特に最初の3年は子供の一生に決定的な影響を与えると言い、子供の将来の幸福と人格の健全な形成に、母親が大きな役割と責任を負っているようです。こうした責任に圧されて、仕事を続ける女性は罪悪感を抱き、仕事をしていても子供のことが気になり、職場でのやる気や業績に影響します。
ドイツ社会の価値感と生活様式を、働く母親は受け入れるしかなかったのですが、ついに救いの主が現れました。それがメルケル政権の目玉、フォンデアライエン家庭相です。
7人の子の母、スーパーレディ
ドイツでマスコミに最も取り上げられるこの大臣の経歴は特別です。政治家の家に生まれ、父親はニーダーザクセン州首相を14年にわたり務め(後任は前総理シュレーダー)、それが彼女の政治的発展に力となったのは疑いありません。この政治資本を元手に、彼女はあっという間に驚くべきスピードで昇進を続け、新入党員から三段跳びの抜擢で、ニーダーザクセン州の家庭局長に就任後、数年を経ずに連邦政府の家庭相に就任しました。
フォンデアライエン氏のご主人は国際的に有名な医科大学の教授で、大会社の経営者でもあります。そればかりではありません。なんと、彼女は7人の子供の母です。これだけを見ても、家庭相にふさわしく、出生率の低いドイツ女性の鏡です。
さらに、50歳近い今でも金髪をなびかせ、美しい容姿を保っているし、著名なロンドン大学経済学部の修士で医学博士、さらに病院医でもあります。しかも親しみやすく、威圧感を与えることはなく、家庭と仕事の両立に奔走する女性の疲れ果てた姿も見せず、まさに現代女性の理想の化身といえましょう。
しかし、ドイツの主婦はこの7人の子の母(一番上は中学、一番下は幼稚園)の大臣に疑いの目を向けています。あまり完璧すぎて本当らしくないし、金も権力もあれば何人も生むことができる、どうせベビーシッターに任せればいいのだから、と、世間の荒波を知らないお嬢様育ちでは家庭と仕事の両立に悩む女性の問題を理解できない、といった疑問です。無論フォンデアライエン氏には多くの支持者がいます。その多くは、家庭と仕事の両立に苦しんできた、若いお母さんたちです。
出生率向上に向けて
大臣は就任後、矢継ぎ早に政策を打ち出しましたが、大きな論争の的となったのは親に手当を出すという政策です。共働き家庭で子供ができた場合、子供の世話をする父親あるいは母親は収入により(給与の67%)、毎月最高で1800ユーロ(約8万台湾ドル)を1年、最高で14ヶ月支給するというものです。ドイツの出生率は年々下がり、現在世界で下から5番目です。少子化、人口減少の危機意識からこの法案はただちに成立し、2007年1月から施行されました。
親への手当の法案が成立してから、フォンデアライエン氏はさらに自信を深めたのか、託児所増設計画を打ち出しました。2013年までに託児所の数を現在の3倍に増加させる(それでも必要量の3分の1)というもので、働く母親の助けになることでしょう。現在、公立の託児所は少なすぎて、割当は回ってきませんし、私立の託児所はほとんどなく、ベビーシッターは高すぎます。この問題を解決しないと、働く女性が子供を産みたがらないという現状は変りません。
フォンデアライエン大臣の構想が発表されると、ただちに批判の的となりました。しかし批判と賛同の声が渦巻く中で、思想的に、ある種のパニックも引き起こしたようです。それは託児所が普及すると、女性はみんな働き出すというものです。女性の3Kを主張したシュトイバー氏は反対の先頭に立ちましたし、ドイツ南部のカトリックの主教は、インタビューに答えて「生むだけで自分で育てないというのでは、女性は子供を生む機械になるではないか」と反論したのです。
主教は正直に教会の立場を話しただけなのですが、子供を生む機械という言い方が強い反発を引き起こしました。とくに働く女性たちは、頭の固い、遅れた考え方だと非難し、謝罪を求めたのです。母親が幸福であって、はじめて子供も幸福になれるのに、働きたい母親を子育てのために家庭に閉じ込めておけば、自己実現の道を絶たれ、鬱々として行き場のない感情を子供に向けるかも知れず、それでは子供のためにならないと主張しました。
それはその通りです。しかし、議論が重要なのではなく、お金が鍵でした。全国をひっくり返す議論となったものの、連邦政府は理論的には可能だが金額が大きすぎて、長期的な検討が必要だと先送りを図り、地方もその予算が出せないと逃げ腰です。この法令は現在までのところ経費の目途がつかず、実現まではまだ長い道のりが必要なようです。年若い働くお母さんは、喜ぶには早すぎたというところでしょうか。