一人で演じる東方のリア王
作品は常に賛否両論の批評に晒されてきたが、呉興国はそれを気にすることはなかった。しかし1998年、『ゴドーを待ちながら(等待果陀)』を上演する会場が見つからず、呉興国の心は傷ついた。腹立ちまぎれに劇団の活動停止を宣言したが、それから2年の後に、遥か彼方のフランスでの公演が実現した。
フランスの太陽劇団を率いる演出家のアリアンヌ・ムヌーシュキンは、アヴィニョン演劇祭で呉興国の舞台を見たことがあり、当代伝奇劇場が活動を休止していると知って呉興国をフランスでの講座に招いた。招かれた呉興国は、西洋の観客に京劇の複雑な人物解釈を知ってもらうために、外国人にも馴染みのある『リア王』を通して紹介することにした。
呉興国は講義を行ないながら、リア王と自分を重ね合わせていった。リア王は娘や家族に裏切られて苦しみ憤慨するが、自分は京劇復興のために数々の壁にぶつかり、理解されずに苦しんでいる。そうした思いが溢れ出し、それが当代伝奇劇場の後の名作『リア王(李爾在此)』の第一幕の発想につながった。
「東方のリア王」とも言える呉興国は一人でフランスの舞台に立ち、12の役を演じた。たった一人による完璧な演技は会場を震撼させ、フランスでの初演を終えると、アリアンヌ・ムヌーシュキンは興奮して彼の首につかみかかり、「台湾に帰って劇団を復活させなかったら殺すわよ」と言ったのである。呉興国はこの言葉に大いに励まされ「将来、路上で演じることしかできなくなっても、一生芝居を続ける」と心に誓ったのである。
こうして誕生した当代伝奇劇場の『リア王』は劇団に新たな路線を切り開いた。それまでの脚本には7~8人の役者が必要だったが、「この作品の成功で、たった一人でもエディンバラの劇場に立てることがわかったのです。まさに起死回生です」と林秀偉は言う。
『リア王』は活動を休止していた当代伝奇劇場を再び舞台に立たせ、さらにこの作品は劇団創設以来の三大名作の一つに名を連ねることとなる。現在までに20数ヶ国、40余りの都市で100回以上上演している。
今年、当代伝奇劇場は再び新たな挑戦をしている。シェイクスピアの『真夏の夜の夢』の演劇化だ。構想は西洋のものだが、台湾を表現した作品でもある。林秀偉は、台湾はさまざまな歴史的段階を経ててきたため、オランダの影響も受けていれば、日本統治が残した特色もあり、まるでパズルのような文化が見られると言う。新作の『真夏の夜の夢』でもパズルのような表現方法が採られている。過去の作品も舞台表現の形式は多重でクロスオーバーだが、基本となる美学は一貫していた。だが『真夏の夜の夢』では、それさえ捨て去ったのである。
劇団創設30周年を迎え、林秀偉は若い世代の育成に関心を寄せる。「当代伝奇劇場を創設した時に、30歳に達していないと団員になれないというルールを決めました。当時20代だった若者も、今は50~60歳ですが、京劇の復興を担えるような世代は育っていません。人材はどこにいるのでしょう」と林秀偉は心配する。
若い京劇人材を育てるため、当代伝奇劇場は2009年に「伝奇学堂」を設立し、台湾海峡両岸の京劇の大家を指導に招いている。劇団創設30周年の今年、当代伝奇劇場は10~20代の若者から成る「興伝奇」劇団の設立を宣言した。来年はこの若いメンバーだけによる新作『ファウスト』を上演する予定だ。
鏡に向かい、念入りに化粧を施す。舞台の上でも下でも、呉興国は常に真摯な態度で完璧を目指す。(薛継光撮影)