専門を生かして
酢に適した菌を見つけようと、蔡はさまざまな原料を戸外に持ち出し、空気中の多様な菌を集めてきて、pH値を変化させながら培養した。そしてpH2で生存する菌を顕微鏡で探し出し、それで酢を作ってみた。こうした方法で、それぞれの原料の発酵に適した菌を見つけていった。
彼は伝統の醸造法を用いる。まず原料と酵母菌を混ぜ、3ヵ月かけてアルコール発酵させる。次に酢酸菌を加えて6~10ヵ月さらに発酵を進め、酢を熟成させる。しかも彼は学生時代の専門を生かしてステンレス製の発酵タンクを開発し、醸造過程での温度制御や、アルコール度、糖度、酸度の確認を可能にした。また発酵完了後はフィルター技術で不純物や細菌を除く。つまり伝統醸造法を科学技術で管理しているのだ。「我々がやっているのは、菌を最も快適な環境に置いて24時間まじめに働かせることです」と蔡は笑う。
原料選びにも手を抜かない。台湾各地の農場を回り、安心して食べられ、環境にもやさしい方法で栽培された作物を選ぶ。先住民集落で作られたローゼルやムラサキアカザ、台東のコーヒー豆、屏東のパイナップルやインドナツメなど、どれもが福醸坊で作る純醸造酒の最上の原料となる。
蔡福良は2010年に酢の醸造を始め、2年後に福醸坊ブランドを打ち出したが、途中で1度やめようと考えたことがある。高収入の仕事を捨てた当初は、台湾で公務員試験を受けるつもりだった。それがふとしたことで酢作りを始めることになり、貯金をはたいて材料や設備をそろえ、毎日醸造に没頭した。「自分が正しいことをやっているとは思うのですが、さっぱり先が見えませんでした」と、蔡は収入のなかった当時を振り返る。幸い、同じく食品化学を学んで理解のあった妻の張毓萱が家計を担い、懸命に彼を支えてくれた。
福醸坊を開いた蔡福良・張毓萱夫妻は先人の『醋経』の知恵と食品科学を結び付け、有機酸を豊富に含む純醸造酢を作っている。