12月初めの台北は、暖かい陽ざしが降り注ぎ、冬の寒さを感じさせないどころか、かえって街を歩いて買い物する楽しさを増やしてくれる。長いことデパートに足を踏み入れていなかった鍾さんも、子供連れで買い物をしにやってきた。10歳の息子さんは、京華城のドーム状の売り場で、吊り橋のようなエスカレーターに乗り、興奮してあちこちを見まわしていた。そして広大な売り場をぐるぐる回り、次に無料バスで京華城から忠孝東路のそごうデパートに行き、最後に微風広場2階のオープンカフェで楽しい1日を終えた。鍾さんは決心した。これからは街の小売店を歩きまわるのはやめにして、大型ショッピングセンターに戻ろうと。
買い物のパラダイス
「台北には、もっと早くからこうした質のいいショッピングの場があるべきだったのです」デパートやショッピングモールの急増に対し、政治大学経営学研究所の洪順慶所長はうれしそうに語る。台湾のショッピング環境は他国より遅れていて、国民所得が高くなったにも関わらず、市内にはレベルの高いショッピングモールもなく、買い物好きの人の多くは、定期的に香港に足を運んでいたと言う。きらびやかに林立する香港のショッピングモールにひかれるからだ。
商品の充実度、価格の適正度では、台湾はまだ「ショッピング天国」の香港には及ばないが、それでも多くの外国人観光客やビジネス研修ツアーが、台北にこれらの新しい店舗を見学に訪れている。これらの新しい店舗には、それぞれ強調している点があり、台北の風景もこれで一新するのではないだろうか。
これらの新しい売り場をよく観察してみると、確かにスタイルもコンセプトもそれぞれ異なる。
復興南路にあり、台湾初の都心型のショッピングセンターと言われる微風広場は、A館、B館の2つの建物に分かれている。A館は9階建てで、映画館、グルメ広場、デパートなどが入っている。注目を集めるB館は、吹き抜けの2階建ての建物で、紫外線をカットした天窓から暖かい日差しが差し込んでくる。中には25の国際的な有名ブランド店が入っており、フロアをゆったり歩かせようというしかけだ。歩き疲れたら2階のオープンカフェで足を休めよう。運がよければ、ヴィクトリア広場のコンサートも楽しめるかもしれない。値札が一桁間違っているのではないかと驚かされる高級ブランド品に手が出ないなら、A館に行って割安なものを探すのも楽しい。ここには、2000元程度のスーツが多く、懐もそれほど痛まない。
同じショッピングセンターの中に、なぜこうした差を設定したのだろうか。「時代は不景気で、消費の動向は二極化が進んでいるからです」微風広場の経営者の一人で、貿易から身を起こし三橋実業社董事長の特別アシスタントを務める蔡明沢さんは、例えば日本では景気が低迷して12年になり、価格破壊が進んで「100円ショップ」がブームになっているけれども、その一方、高級品市場は安定成長を続けていると指摘する。
高級消費
「景気がどうであろうと、お金持ちはやはりお金を持っています」と語る蔡明沢さんは、あるテナントがデンマークから最高級ミンクの敷き物を輸入し、1枚40万元で販売したときのことを話してくれた。この商品は数が少なかったため、アジアには10枚しか入ってこなかったが、これを台湾に6枚、日本に4枚というふうに分けたところ、微風広場ではわずか25日で完売したという。台湾の消費力の強さには驚かされるばかりだ。
都会に暮らす一般の人々にとって、微風広場は快適でレジャー気分が味わえる場所であり、最近のBOBOS風(ボヘミアン・ブルジョア)の流行にマッチしたチープなファッションなどが魅力だ。こうした両極端な商品戦略は、都会の「ニューリッチ」と「ニュープアー」の両方をターゲットとしている。微風広場がオープンして一ヶ月あまりで10億元もの売上を上げたのも、この戦略が功を奏したためだと考えられる。
しかし地価が何よりも高い台北市の中心に、わずか2階の建物しか建てないというのは、あまりに経済効率が低過ぎるのではないだろうか。この点について、蔡明沢さんは「店舗経営には、一見むだなスペースも必要なのです」と言う。
台北市にはすでに23のショッピングセンターやデパートがあるが、どこも土地の有効活用にこだわり、できるだけ多くの商品を限られたスペースに置いて収益を上げようとしている。だが、微風広場は株主である黒松企業が自社の土地を使って建てたことで、B館にはアメリカのような広く快適な環境を作ることができた。蔡明沢さんは、消費者がこうしたショッピング環境に慣れたら、人が混み合うこれまでのデパートには戻りたくなくなるだろうと考える。
微風広場の次は、そこから車で10分ほどの京華城を見てみよう。1日の来店者数50万人という世界記録を作ったこのショッピングモールは、「2匹の竜が珠を抱く」という中国人にとってめでたいイメージをコンセプトに設計したものだ。メインは世界一といわれる球形建築で、球の直径は58メートル、地下80メートルまで打ち込んだ4本の柱で堅く支えられている。1〜9階までは各種売り場で、10、11階には大型書店「誠品書店」が入っている。隣接するL字型エリアには、数100のテナントが出店しており、2つのエリアを合わせると、売場面積は4万坪あまりにも達する。台北で最大規模のモールだ。
京華城は眠らない
「京華城はショッピングモールではなくて、台湾に1つしかない『リビングモール』なのです」京華城がデパートと並べて論じられるたびに、京華城威京総部グループの沈慶京会長は、間髪入れずにこう反論する。沈慶京さんの理念では、京華城は、エンターテイメントが消費をもたらし、さらに教育をもたらすというもので、これは沈さんの子供の時からの夢の実現であり、決して単なるデパートではないのだという。
エンターテイメント性を強調し、顧客に最大のサプライズを与えるため、京華城ではコストにこだわらず、全面的に吹き抜けになった球体の内部に建物の間をつなぐ3つの大型エスカレーターを設置した。消費者は、それに乗って、ライトアップされた建物の内部を人々が行き交うという「グランドキャニオン」のような壮大なスケールを感じることができる。
エンターテイメントが消費をもたらすというのは、確かに新しい消費の大きな傾向だ。京華城の出現におびやかされているもう1つの東区の繁華街―信義区は、クリスマスのはなやいだ雰囲気を利用し、同地区内の各店舗が手を結んでクリスマスのライトアップをしたり、馬車を歩かせたりするなど、人の流れを呼び込もうとした。元旦には、このエリアに新光三越デパート信義二号館がオープンし、トップのデパートとして、この地域の販売力を躍進させた。
信義新天地
「土地全体の区画から言えば、信義特別区は台北の他の地域と比べて断然有利です」新光三越デパートの販売促進部マネージャーの李香萩さんは、土地が広く、全体的にオープンスペースが広い信義区は、視界が開けていて道幅も広いと説明する。「展示会や見本市を見るなら世界貿易センターがありますし、パフォーマンスなら『新舞台』、映画はワーナー・ビレッジ、コーヒーならスターバックス、食事やジムならNEO19、若者のショッピングにはニューヨーク・ニューヨーク、社会人には、私たち三越デパートがあります」と李香萩さんはつぎつぎと同エリア内の店の名前を挙げる。「一つの屋根で覆われているわけではありませんが、『信義新天地』は全体として最も完璧なモールなのです」と言う。
李香萩さんは信義特区を歩くと、まるで欧米にいるかのように、人々の足取りは自然にゆったりしてくると言う。「ここに来れば、人々はリラックスできるので、ゆったりとした気持ちで各店舗を歩いて回り、どの店にも人が入るのです」と言う。
元旦の信義二号館のオープンは、三越デパートがここに戦力を増やしていく戦略の第1段に過ぎない。近接する本館との衝突を避け、身内同士のバッティングを避けるために、これから本館と二号館の商品傾向を明確に分けていく予定だという。現在、本館は次第に最新流行の路線に移っており、イベントや生活情報、展覧会など新しいファッショナブルな雰囲気作りを進めている。一方、新しくオープンした二号館は、ヤッピー風にし、エレガンスや大人っぽさを強調する。3年後に登場するエンターテイメントを中心とした三越信義三号館、さらには現在計画中の四号館を加え、三越の信義特区内の領土を拡大し、この地域でのデパートの覇者になる見込みだ。
新光三越デパートは現在、台湾全土に8店舗あり、年間売上は300億元以上、台湾の流通・小売業で第2位の業績を誇っている(1位はセブン・イレブン)。だが、ライバルが続々と誕生している不況のこの時期に、なぜ新店舗をオープンするのだろうか。李香萩さんは、オープンは計画通りに行なっているという。もちろん株価が1万ポイントを超えているような景気の良い時の方がオープンにはふさわしいが、長期経営の視点から見ると、景気の浮き沈みは避けることができないものだと言う。
激しい競争に直面しても、李香萩さんは慌てない。「ライバルは自分自身です。自社の過去の記録に挑戦するのであって、新しいライバルがどんな戦略を取るか、それにどう付いていくかなどは考えていません」と言う。
百戦錬磨の大ベテラン
一方、14年前にオープンした太平洋そごうデパート忠孝店は、当初業界に大きな衝撃をもたらし、常に台湾のデパートの覇者であり続けてきた。この太平洋そごうは、新しいライバルの出現をどう見ているのだろうか。
「特に心配はしていません」と語る太平洋そごうデパート本部の李光栄副総経理は、小売業はただテナントを入れるだけではなく、そこに多くの経営上の秘訣があると言う。それは毎日店を開き、消費者を迎える中で常に摸索し学んでいくものだ。例えば、消費者との良好な関係の作り方、商品の仕入れ、メーカーの管理など、あらゆる面におよんでいる。
一時的に大ブームになったエッグタルト、たまごっち、キックボードなどのように、現在は流行商品のサイクルが短くなっている。店に日々新鮮さがなければ、消費者を満足させることはできない。こうした正確で鋭い判断力は、もともとデパート業とは縁のなかった企業グループが一朝一夕で身につけられるものではない。
巨大なスペースと多様性を持つライバルに対し、李光栄さんはデパートとショッピングモールの定義がもともと違うと考える。デパートに来る人は、たいてい売り場の特定のブランドを目指しており、そこに行くのは消費が主な目的だ。だがショッピングモールは遊んだり映画やショーを見たりする場で、買い物はあってもなくてもいい二次的なイベントだと言う。「エンターテイメントに付帯するショッピングというのでは、その金額はそれほど大きいものにはならないでしょう」とは李光栄さんの指摘だ。
政治大学経営学研究所の洪順慶所長は、小売業は人出の多さに支えられなければならず、その成功の秘訣はとにかく「立地条件」に限ると指摘する。この点から見ると、復興南路の微風広場と東興路にある京華城は、確かに中心地からやや遠く、常に何らかイベントを催さなければ、人出を維持するのは難しい。太平洋そごうが恵まれているのは、MRTの2つの路線の駅が目の前にあるため、交通や駐車の問題を解決でき、多くの人を運んでもらえることだ。さらには忠孝東路と復興南路という2つのショッピングエリアの最もいい場所に位置している。これが、そごうの勢いがまったく衰えない大きなポイントなのである。
市場が大きくなった?
「将来はエリア同士の戦いになります」李光栄さんは、台北の大型デパートの中心は東区、特に信義区と忠孝東路、復興路周辺のエリアにあると考える。信義エリアはヨーロッパ風で高級感あふれるが、高級ブランドと屋台が入り乱れる忠孝・復興エリアのような目新しさや活気はないという。MRTが運行し続け、ショッピングエリアに人が来れば、それと共にそごうの活況は続いていくと考えられる。
周囲の勢いで伸びるにしても自力でがんばるにしても、台北市の年間約700億元という小売の巨大市場において、次々と建設されるショッピング・モールは消費を刺激し新しい需要を生み出しているのだろうか。それとも既存の市場を奪い合っているだけなのだろうか。
データでは、先ごろオープンした微風広場は年間売上50億元、京華城は200億元を予測しているが、実際にどうなるかは疑問視されている。微風広場がオープンした後、年末セールをしたそごうデパート忠孝店では、わずか2週間で22億元の売上を上げており、微風広場による打撃はなかったからだ。
そごうの李光栄さんは、強敵を恐れはしないが、2001年は確かにこれまでにない厳しい冬だったとはっきり言う。これまでの14年間、そごうの毎年の売上の成長率は2桁以上だったが、2001年は過去最悪の2パーセントに落ち込んだ。この夏の台風の浸水被害額4億元を利益に加えて計算しても、わずか5パーセントにしかならない。もちろんこの数字は、台北市のデパート業界全体の売上が5〜7パーセント減少している状況に比べれば、かなり健闘している。
勝つための戦略―差別化
旧来の店舗にとっては、景気の落ち込みの方が新しいライバルの出現より打撃になる。では、微風広場のような新しい業者は、どのように今後の市場を見ていけばよいのだろうか。微風広場の蔡明沢さんは、ショッピングセンターやデパートが台北に23あるという数から見ると、量的にはすでに充分だが、質的にはそれぞれの売り場にまだ改善の余地が残されていると分析する。そこが微風広場が切り込みたい点だ。
海外の統計によると、アメリカでは一般消費者が買い物に使う金額のうち50パーセント以上を大型店(デパート、ショッピングセンター、量販店など)で消費しているが、日本ではそれが25〜30パーセント、台湾では11パーセントに過ぎない。これは台湾の大型店舗がまだまだ市場でのシェアを高められるということを示している。質のいい店舗が増えれば、潜在的な消費者を呼ぶことができるのだ。
市場競争はすでに白熱化しており、安売りやプレゼント合戦などの過当競争に陥らないためにも、できるだけ各店の持ち味をはっきりさせ、「差別化」を求めていくのが最もよい戦略だと、政治大学経営学研究所の洪順慶所長は考える。
「将来、小型店は『専門性』を追求していくべきです。例えば衣蝶デパートは女性ファッション専門、内湖の徳安デパートや天母の大葉高島屋は、その地域の消費者を主なターゲットにしているのなどはよい方法です」と洪所長は言う。また、新光や遠東、太平洋などの大型デパート企業グループは、支店の多いグループ経営のメリットを活かし、テナントの選択や商品の仕入れに有利な条件を求めて、新しいショッピングセンターとの競合を避けることができる。
「競争があるから進歩があるのです」洪順慶さんは、業者にとっては短期的な経営圧力は増すが、長期的にはこれが体質改善を促し、向上するきっかけになるはずだと指摘する。特に台湾のWTO加入後は、国際的な百貨店グループの台湾出店が可能になる。できるだけ早く、さまざまな面での競争力を培うことが、台湾の企業が負けないための唯一の方法だろう。
消費者が最大の勝者
新しいショッピングセンターの進出で、台北がもっと国際的で美しい街になることは間違いない。だがこの変動の時代、品物をよく比べ、絶対必要なもの、割引きされているものだけを買うという「ショッピングの3大原則」を忘れてはいけない。でないと、きらびやかな売り場で目がくらみ、大出費をしかねない。
忠孝東路のショッピングエリアには、各種店舗が集まっているが、MRT2路線の乗換駅の目の前という立地条件に恵まれた太平洋そごうデパート忠孝店は、百貨店業者の中で常に単一店舗としてトップの売上を誇っている。
球体と直線の建築物が交錯し、高級ブランドとポップな商品が入り乱れる。他にはない「リビング・モール」というコンセプトを打ち出した京華城(コア・パシフィック・シティ)は、24時間営業のため深夜でも多くの人出でにぎわっている。
経済の冬の時代と言われる中、台北の東区には次々と新しいショッピングセンターが登場し、台北の街はますます国際色豊かになった。
ヨーロッパの雰囲気を感じさせる信義区のショッピングエリアでは、映画を見て、オープンカフェで冬の日差しを浴びながらくつろぐこともできる。ハリウッドスターのトム・クルーズもここを訪れている。
経済の冬の時代と言われる中、台北の東区には次々と新しいショッピングセンターが登場し、台北の街はますます国際色豊かになった。
球体と直線の建築物が交錯し、高級ブランドとポップな商品が入り乱れる。他にはない「リビング・モール」というコンセプトを打ち出した京華城(コア・パシフィック・シティ)は、24時間営業のため深夜でも多くの人出でにぎわっている。
経済の冬の時代と言われる中、台北の東区には次々と新しいショッピングセンターが登場し、台北の街はますます国際色豊かになった。
ヨーロッパの雰囲気を感じさせる信義区のショッピングエリアでは、映画を見て、オープンカフェで冬の日差しを浴びながらくつろぐこともできる。ハリウッドスターのトム・クルーズもここを訪れている。
明るく広々としたコリドールでは、ファッションショーやサイン会なども頻繁に開かれる。微風広場(ブリーズ・センター)は、これまで台湾になかったエレガントなショッピングスペースを実現した。
忠孝東路のショッピングエリアには、各種店舗が集まっているが、MRT2路線の乗換駅の目の前という立地条件に恵まれた太平洋そごうデパート忠孝店は、百貨店業者の中で常に単一店舗としてトップの売上を誇っている。
明るく広々としたコリドールでは、ファッションショーやサイン会なども頻繁に開かれる。微風広場(ブリーズ・センター)は、これまで台湾になかったエレガントなショッピングスペースを実現した。