漢方薬を科学へ
1987年にケ哲明は蛇毒から漢方の研究に乗り出した。
蛇毒研究では、そこに毒があること、致死性があり毒性がどこにあるかが最初から分っていた。漢方薬は違う。ここでは作用しないが、他では利くかもしれないので、血液や内科など科を横断した協力が必要になる。
漢方薬の研究成果は、予測がつきにくいこともある。歴史的資料にあるように利くとは限らず、また新しい反応メカニズムが発見され、こちらにもあちらにも利くこともあって、カバーする範囲は幅広い。
ケ哲明の指導で、台湾大学薬理研究所に小規模な漢方研究チームが設置され、科学者と漢方薬専門家が辛夷や大葉樹蘭(センダン科の台湾固有植物)、セロリ、川弓、リンドウ科植物など、血液をさらさらにする生薬の成分を分析し、血栓を除去、防止する成分を探し求めた。
ケ哲明は、漢方薬が国際的かつ近代的に研究されなければならないと考える。そこで薬品開発に国際的に使われている手法を採用し、有効成分を探していった。酵素、レセプター、細胞、組織、臓器などの生化学、生理機能のテストを行い、その成分の薬効について血小板と血管、気管弛緩、前立腺組織まで動物実験で確かめ、分離や純化を加え、生物に有効な成分を抽出していくのである。
漢方薬開発の長い道程
漢方薬開発には潜在的可能性が高いが、厳格な科学的態度でスクリーニングを重ね、臨床実験データを蓄積して有効性と安全性を確認するには、長い時間がかかる。
ドイツで開発に成功したイチョウ製剤は、世界での売上が20億米ドルを超え、樹皮から生成されたパクリタキセルは、乳がん用の抗がん剤として毎年12億米ドルが使われる。その経済効果の高さを見ると、台湾も同じ道を歩む必要がある。
しかし、漢方の生薬は祖先の知恵の結晶とはいえ、台湾にその基盤はあるのだろうか。20年の経験を経て、ケ哲明はこれに答えを見出している。
ドイツでは単一植物から抽出するので、比較的容易である。これに対し台湾や中国では複合の処方が研究されていて、例えば肝臓病治療の龍膽瀉肝湯は、龍膽草、黄岑、梔子、澤瀉と柴胡の生薬5種が使われ、その相互作用は複雑である。
「漢方の歴史は長いとはいえ研究して西洋の薬品と比較すると、それほど神秘的ではありません」と言う。漢方は弁証法的な治療で、薬効が思わしくないときは臨床の誤りか、薬効が遅いなどの原因を考える。経済学的視点から言うと、開発できた漢方薬の効果は40%、それに対し現に80%の効果の薬品があるなら、そちらを使うべきと考える。それに漢方薬の材料は産地や季節などで薬効に差があり、研究に難しい。そのため漢方薬は健康食品に多く用いられ、新薬開発はなお難しい。
1993年にケ哲明は総統府に招かれ、「漢方薬科学化研究と新薬開発の対策」と題する報告を行い、政策が転換された。1997年から行政院は漢方薬科学化と新薬開発を重点発展項目に組込んだ。国家科学委員会のバイオ製薬国家プロジェクトで、ケ哲明は2003年から2010年にプロジェクト総責任者に就任し、川上の学術研究、川中の経済部所属機関の薬品研究開発、川下の医学センターの臨床試験を統合、指導した。
新薬開発の契機
2006年以降の研究テーマは、ガン、糖尿病、循環器系疾患と神経の4大テーマの新薬開発に移った。バイオ製薬プロジェクトの8年で、すでに臨床実験105件の申請が出され、51件が認可され、20件が完了している。
さらにこの時期において、特許専門家を招いて研究成果が新薬として完成、登録できるかを評価している。しかしこの過程は、化学的整理から再評価を繰り返して時間がかかる。天然或いは化合物、ないしたんぱく質がその他の化合物の作用を受けて、効果が期待できるか、毒性が薄まっているか、薬材の溶解度が良好で安定しているかの確認が必要なのである。薬効があるからといって、ただちに薬品にできるものではない。
去年3月、7年の努力の結果研究チームは柑橘系のアルカリから抗がん作用をもち、経口でも静脈注射でも使える新薬のCHM2133-P を発表した。動物実験の結果、この化合物は乳がん、卵巣がん、脳腫瘍、大腸がんと肝臓がんの成長を抑制し、毒性が低いことが分った。この技術はすでに新しい製薬会社に移転され、現在臨床試験の準備中である。
私には夢がある
最新のニュースでは、去年7月にバイオ製薬プロジェクトが推進し、技術を台湾杏輝公司に移転した新しい小分子抗がん新薬が、すでにアメリカのFDAの第1期臨床試験を通り、台湾で初めから研究開発が成功した最初の新薬となり、国内での研究開発モデルを確立した。ケ哲明は、これを心から喜んだ。
新薬開発は臨床試験まで8年近くかかり、200億台湾元が必要とコストは高いが、成功すれば付加価値は極めて高い。「副作用を予測できれば、新薬の多くは第2期試験で成功かどうか分ります。エイズやガンなど必要性が切迫している新薬では、第2期の結果がよければ、FDAは第3期の期間を短縮します。これに対し慢性病の高血圧などの治療薬は、すでによい薬があるので時間がかかります」とケ哲明は説明する。
教育、研究から社会への奉仕まで、ケ哲明は40年を捧げてきた。今の夢は台湾が早く新薬を開発することだが、その夢も実現しそうである。自分が成功しなくともいい。バイオ製薬の開発が成功すれば、それは全人類のためとなるからである。