張善政はNCC(国家通信放送委員会)の資料を示し、都市と地方の差というより、中央政府と地方政府のコミュニケーションギャップが課題だと言う。
僻遠地域でのブロードバンドサービス提供者は主に中華電信だが、インフラを整備した地域では使用を申請する人がおらず、設備が眠っている状態だ。逆にインフラが整備されていない地域では、すぐに施工できるにも関わらず、地方政府はそれを知らず、使えないと苦情を言ってくる。そこで張善政は地方がブロードバンド資源を早急に活用できるようにするために、NCCから僻遠地域に定期的にインフラ整備状況を伝えるよう求めている。
問題はそれだけではない。例えば警察クラウドの場合、各自治体の監視カメラの規格が異なるため、自治体にまたがる事件が発生した時に画像分析に問題が生じるのである。
国民の福祉に関わるクラウド――例えば電子カルテ交換やオンライン教材などは「中央が主導し地方が協力する」形で進めるべきだと張善政は考える。資源に限りがある中で地方が次々と独自のクラウドを構築すれば、最良のものはできないだろう。
縦割り行政ではうまくいかない
自らを「情報通信技術セールスマン」と喩える張善政が扱うのは情報通信技術の運用、その顧客はクラウドのコンテンツに関わる省庁である。政府のクラウドを構築するために、あってはならないのは各自治体が統合を考慮せずにそれぞれのクラウドを立ち上げること、そして各省庁が横のつながりを持たずに各自のクラウドを構築することだ。
例えば食品クラウドの場合、現在の主管機関は経済部であるため、登録されているのは大部分が加工食品の生産情報で、その川上の原材料供給源である農産物が重視されていない。食品クラウドの主管機関を経済部から農業委員会に移すのは、こうした面を考慮してのことだと張善政は言う。
だが、農業は情報化レベルの低い産業でもある。これについて張善政は、一つの産業(例えば農業)の創出する価値(例えば食の安全性)に大きな意義があるならば、クラウド構築を機に、その産業の情報化レベルを引き上げるべきだと考える。
また張善政は、警察や消防のクラウド構築では「部門における既存の文化を調整、変革できるかが重要な鍵になる」と指摘する。
張善政は、かつては台湾大学土木学科の教授で、国家科学委員会に招かれて国家高速コンピュータセンターを設立した。2000年からはAcerの電子ビジネスグループ副総経理を10年にわたって務め、2010年にGoogleに引き抜かれてアジア太平洋地域インフラ部門のCOOを務めた。
「政府によるクラウドサービス構想は、10年以内に実現するのは問題ありませんが、3年以内にできるかどうかは分かりません。私にはコントロールできないからです」と張善政は語る。
産業界での経験があるため、張善政の態度は現実に則しており、国民に近い視点から物事を見て、実行可能なことしか語らない。以下に、そのお話をまとめる。
Q:国民の関心が最も高い食の安全ですが、食品クラウドはどのような成果を上げられるでしょう。
A:食品クラウドでは少なくともサプライチェーンの履歴がたどれなければなりません。政府と国民はすでに生産履歴の観念を持っていますが、食品は品目が多様かつ複雑で、情報ツールもサプライチェーンのトレーサビリティには不十分です。消費者はCASやGMPなどの認証マークで安心して買い物ができますが、これらは認証であってトレーサビリティのツールではありません。
食品クラウドは認証とツールを結び付けるものです。パッケージ上のコードを読み取ってクラウド上の履歴につなげられるようにすれば、消費者は買い物の場で調べることができ、安全性の問題が生じた時には、政府はすぐに問題のあるメーカーを調べて販売を停止させることができます。
Q:電子カルテ推進は10年になりますが、まだ全面的な交換制度ができないのはなぜでしょう。
A:電子カルテ推進と全民健保制度が基礎となり、医療体系ではすでに一定レベルの情報化ができていますが、地域の診療所を含めた電子カルテ交換には至っていません。それは主にゲートウェイ構築にコストがかかるからで、中小規模病院には負担になるからです。ゲートウェイがなければ電子カルテの交換はできません。
そこで私は、ゲートウェイを公用サーバーに設置できないか検討するよう求めています。これは技術的には容易なことで、衛生署もこの方向で検討しています。
医療クラウドの応用範囲は無限大で、間もなく健康産業における応用も始まります。例えば、運動時に電子機器を手につけておくと血圧が測定でき、そのデータをクラウドのソフトが分析するというもので、技術的には可能です。
Q:カルテはプライバシーに関わる個人情報ですが、クラウドに置いて安全性は保てるでしょうか。
A:クラウドの時代、政府に対する国民の信頼は個別の病院に対するそれより高くなければなりません。クラウドの発展が大量の個人情報に関わり、そのために国民が利用を拒む場合、政府は別に個人情報クラウドを設けてはどうでしょう。病院は当事者の同意を得た後、個人情報クラウドから情報を一回のみ読み取り、予備は残せないようにするというものです。こうすれば、国民の不安は解消され、クラウドの進展が速まるでしょう。
Q:医療クラウド、食品クラウドに続く第三のクラウドはどの分野でしょうか。
A:教育クラウドです。これには二つの面があります。一つはオンライン学習の分野で、教材を整理してクラウドに載せて利用できるようにします。もう一つは生徒のe-mailのクラウド利用です。卒業後もアドレスを使用できるようにすれば便利でしょう。このe-mailクラウドは国内企業の育成にも役立ちます。数千万の生徒のアカウントを扱うことで、世界規模の企業を育てられるかもしれません。
Q:クラウドの巨獣は出現しないでしょうか。
A:この時代、企業は規模が大きくなければ競争力を持てません。GoogleやFacebook、Appleなどの巨人が人類にもたらすものはメリットの方が大きいでしょうし、決して一社が独占することはありません。FacebookとGoogle、GoogleとAppleも競争関係にあります。誰かが成功すれば、必ず競争相手が出現するというのが産業の法則なのです。