
スイスのローザンヌ国際経営開発研究所(IMD)では、廃棄ガラスの回収再利用率を国家競争力の指標の一つに定めているという。ガラスは回収の難易度が極めて高いのに、回収価格は安い。そのため、ガラスの回収再利用ができるのであれば、その他の素材の回収は問題ないと考えられるからだという。「春池玻璃」の呉庭安・董事長特別アシスタントは、ガラス回収率の背後にある意味を、このように説明してくれた。
台湾のガラス回収率は、スウェーデンに次いで世界二位である。台湾最大のガラス回収工場である春池玻璃の年間の回収量はおよそ10万トンと、台湾のガラス回収総量の7割を占めており、これにより削減できる二酸化炭素排出量は、大安森林公園500個分もの量に相当する。リサイクルによる利益は上がらない状況にあるものの、春池玻璃は60年近いその歴史の中において唯一つの事業、回収に特化し、循環型経済を実践することを経営目標としてきた。
呉庭安はバーナーのスイッチを入れて、新たに開発した建材「安新軽質省エネタイル(以下、省エネタイルと略)」に800度の青い炎を向けた。数分間焼いても煙も上がらず、省エネタイルの表面には何の痕跡も残らない。手を伸ばして、タイルの裏側に触れても温度は冷たいままで、その防火、断熱性は驚くべきものだった。呉庭安は以前、火事が起きても省エネタイルがあれば、コーヒーを飲んでから逃げても間に合うと言ったことを思い出す。3月初め、省エネタイルはシンガポールで4時間の防火認証を受けており、この結果を見た呉庭安は、昼寝してから逃げても間に合うと、レベルアップさせた。

回収したガラスで作ったアート作品には、50年にわたって環境に配慮し、資源の持続可能な利用を考えてきた春池玻璃の思いが込められている。
イノベーション
回収業から始まり、板ガラス廃材を原料としたグリーン建材を世界で最初に研究開発した春池玻璃の独創的な転身は目を見張るものがある。ガラス回収から工業原料、ハイテク建材から文化芸術や観光工場への発展は、実は大きな環境の変化に迫られたものだったと、呉庭安は語る。
父の呉春池がガラス関係の会社を興したのは、50年余り前のことである。13歳でガラス工場の見習いとなった父は、ガラス製造を覚えると、廃棄ガラスの回収を始めた。しかし、その利益は薄くて、回収価格はキロ当り1元にもならず、規模を拡大しないと利益にならなかった。呉春池は小さな車でガラス回収に走り回り、規模拡大に努めた結果、台湾最大の回収工場に育て上げた。
回収したガラスは分類、色分けし、不純物を除去してから、機械で砕いて窯で溶解し原材料としてガラス業者に販売する。しかし、企業規模を拡大すると、受け入れる廃棄ガラスの種類が増大して、数も倍々で増え、在庫リスクが高まった。「回収の最大の問題は売れ残りです」と呉庭安は言う。10数年前、ガラス容器の需要が激減し、在庫が急増した。呉春池はそこで廃棄ガラスから、美しい「亮彩ガラス」の建材を開発し、伝統的な洗い出し工法の新しい種石としての用途を加え、廃棄ガラスに新しい市場を生み出した。

ガラスから省エネタイル、高級建材へ
研究開発で最初の危機を乗り越えたが、次のリスクがまた訪れた。台湾はIT大国として、毎年大量の廃棄液晶パネルの回収が必要となる。そのガラスは製造過程でシリコンやアルミが添加され、再生時の融点が高いため、回収後の応用が利かなくなる。呉庭安はこれを逆手に取り、融点が高いのは防火用建材に向くと考えた。そこで自分が学んだ資源技術を使い、発泡ガラスのタイルを開発することにした。
発泡ガラス建材の原理を、呉安庭はこう説明する。基板ガラスを粉末にしてセメントを混ぜ、発砲の工程を経ると、内部に多孔質の構造を形成する。この発砲による多孔質構造が熱や音を遮断するのである。
省エネタイルは、防火、防音、断熱、エコ、無害、衝撃吸収、軽量などの優れた特性を有し、高い市場競争力を有する。呉庭安によると、一般のタイルよりも4倍も速く施工できるので手間を省け、材料込みで省エネタイルの原価は10%ほど安くなるという。人件費が高騰する傾向の中で、自社製品の市場競争力に自信を示す。
実は、この省エネタイルは2014年には早くも、交通大学の「UNICODE」エコハウス計画チームが蘭花ハウスの設計に採用し、フランスで開催されたソーラー・デカスロン・ヨーロッパ2014(サスティナブル建築のコンテスト)に参加して好成績を収めていた。
省エネタイルは2013年より量産を開始し、台湾TAF耐熱一級及び内政部の二時間防火の認証を受け、さらにシンガポールのTUV二時間防火と、エコ建材の数々の認証を受けている。春池玻璃はまず、亜熱帯気候に位置し、東南アジア最先進国家で新建材への需要が高いシンガポールを主要市場に位置づけた。省エネタイルがシンガポールの法規定をクリアできれば、周辺のタイ、インドネシア、マレーシアなど各国にも市場を拡大でき、欧米市場からの問合せも増加することだろう。呉庭安はエコと省エネを軸に海外進出を進め、リサイクルにおける台湾の独創性を紹介してきた。

呉庭安によると、ガラスストーンを使ったこの玉山図はガラスの反射によって3D効果があるという。
無限の可能性、W春池計画
幼い頃からガラス回収工場で育った呉庭安は、山のように積まれた牛乳瓶の匂いを嗅ぎ、父や社員がガラスを仕分ける苦労を目にすることで、次第にエンジニアリングや素材科学に興味を持つようになった。そこで呉庭安は成功大学で資源工学を専攻し、イギリスのケンブリッジで工業管理技術の学位を取得した。台湾に戻ってからはまず台湾セミコンダクター(TSMC)に勤務してから、家業を継ぐために家に戻った。どのようなテクノロジーも最後はコモディティ化し、利益率が下がることをIT産業で経験しており、経営形態の転換による企業経営の持続性が将来の課題になると理解していた。それでは春池玻璃の将来はどこにあるのか。そこで提案したW春池計画に込められた循環型経済の理念が、その答えとなった。
「Wとは、父から受け継いだ姓の呉(Wu)と、廃棄物のW(Waste)の意味ですが、最も重要な意味は無(Wu)です」と言う通り、W春池計画には回収再利用を理念とするものであれば制約なく盛り込まれ、春池玻璃が回収したガラスと、ガラス職人の技術を使い、外部のデザイナーとのジャンルを越えたコラボレーションも、すべてW春池計画に組み入れられる。
2017年に開かれた台湾文化創意設計博覧会(Creative Expo Taiwan)では「循環型経済の海」を企画し、40トンの回収ガラスでガラスの海を作り、参加者は靴を脱いで踏みしめ感触を体験した。7月に開かれた温泉地の北投納涼フェスティバルでは、回収ガラスを原料に吹きガラスで作った浮き風鈴を温泉博物館の湯船に浮かべ、ゆらゆらとぶつかる澄んだ音色から、夏の日の雰囲気を視覚と聴覚で楽しんだ。またデザイナー江振誠とコラボした食器セットは、すべて回収ガラスのリユースで、お盆はウィスキーの酒樽を再利用したものである。さらにアーティストの林俊傑と手を組み、予約販売のCDに特典で手形のガラス瓶を付けた。これらの事例は、どれも回収ガラスを様々なスタイルで生活に再利用し、日常生活の一部としたものである。
こう聞くと、サプライチェーンの末端に位置する回収会社が攻守を転換し、需要創出の最先端を走るかのようである。
その通りで、「循環型経済では、末端から価値を創造しないと循環は完成しません」と、呉安庭は循環の概念を運用して、ジャンルの異なる人々と協力し、回収ガラスのリユース、リサイクルを推進している。林俊傑とコラボした手形のガラス瓶では、予約するファンの数が増え続け、それに続くサイクルが動き出した。「143一口ビールグラス」プロジェクトでは、一般の人々と回収スタッフを結び付け、一緒に写真を撮って申し込むと、春池玻璃が回収再利用ガラスで製造したビールグラスをもらえるというものだが、大きな反響を呼んだ。143と名付けたのは、日本時代の台湾において、専売局がアルコール消費を統制するため、143㏄という小ぶりなビールグラスを製造したという故事に由来する。
循環型経済の概念は、香港のデザイナー梁康勤の心も動かした。陶芸創作を行っていた梁康勤だが、陶器製造の過程で発生する廃棄物を回収再利用できず、資源の消耗になると気づいていた。そこから、芸術創作は美しい作品を創造して販売し、利益を上げるだけでいいのか、それとも環境によって意義のある創作を志すべきかと考えていた。それが友人の紹介で春池玻璃を訪れ、ガラスであれば100パーセント回収が可能で、陶器より環境にやさしいことを発見した。春池玻璃のベテランのガラス職人は、回収ガラスを吹いて彼女のデザインした作品に仕上げ、完成品はまた100パーセント回収可能と言うことで、その悩みに答えを見出すことができた。

防火、断熱、防音の効果があり、しかも軽い「安新軽質省エネタイル」は、環境配慮と省エネが求められる未来型の建材と言える。
一生を循環型経済の実践に
春池玻璃の観光工場に入ると、吹きガラスの作業エリアは50年前の面影を残し、数十年のベテランガラス職人が窯からガラスのペーストを取り出し、吹いたり、型に入れて成形したりしている。ガラス製作は時間との競争で、職人の動作にはすべて意味があり無駄がない。「職人の技術をどう継承するかが一番心配です。それ以外は自動化できますが、こういった技術は替えの効かない文化で、時間をかけて蓄積するしかありません」と、呉庭安は言う。それぞれ腕利きの職人が蓄積してきた数十年のガラス製造経験は、文化遺産でもある。職人はどんな作品も一目見ればその通りに作れるのだが、彼らが受けてきた昔の訓練には創造性の養成を欠いていた。「W春池計画は、この部分を補強するもので、ジャンルを越えて協力することで需要を生み出すと共に、職人の技術に後継者を育成していくものです」と言葉を続ける。
「W春池計画は単なるブランドではなく、成長する有機体構成です」と、呉庭安は説明を続ける。各種各様のコラボレーションでイノベーションを続ける中、春池玻璃は普及を助ける役割を果たし、サステナビリティの概念を社会に循環させて、影響力を発揮しつつある。
W春池計画は、将来的にどのように発展していくのだろうか。呉庭安自身もまだわからないのだが、「はっきりしているのはガラス回収という産業は消えることはないということです。春池玻璃は自社ブランドを確立する必要はなく、多くの人とジャンルを越えて協力し、そこで独立したブランドを確立すればいいのです。あるいは春池玻璃は自身のチャネルを開設する必要はなく、春池が関わるサイクルがあることを知ってもらえればいいのです」と言う。
2018年には、さらに多くのW春池計画が推進され、将来の無限の可能性を考えるだけでワクワクするだろう。これらの輝かしいプロジェクトの背後には、春池玻璃の「自社の本業をやり遂げる精神」が隠されていて、ホームページにある「私たちの仕事は次の世代のため」という理念が、その核心的価値である。2016年に蔡英文総統が春池玻璃を視察に訪れ、感慨を込めて「シンプルな循環型経済の5文字を、一生をかけて実現しようとする人がいる」と語った。
春池玻璃の歴史を振り返ると、一生をかけて循環型経済を実践しようとする人々を目にする。廃棄ガラスを再生し、台湾を世界に紹介し、台湾の持続可能な未来を私たちに見せてくれる。

春池玻璃は50年前のガラス工場の面影を残している。炉は24時間燃え続け、腕のいい職人たちが絶え間なく制作を続ける。

各地から回収されたガラスは分類して色ごとに分け、不純物を取り除いてから機械にかけて砕いていく。(春池玻璃提供)

W春池プロジェクトでは様々な分野とのコラボレーションを行なっている。写真は「143一口ビールグラス」。

温泉の大きな湯船にガラスの風鈴を浮かべる。見た目も美しく、ガラスがぶつかる澄んだ音色と相まって夏の風情を感じさせる。(BIAS Architects提供、ロック・バーガー撮影)

香港のデザイナー梁康勤はアートの角度から反省し、「透明な未来」展において100%回収できるガラスの作品を作った。
.jpg?w=1080&mode=crop&format=webp&quality=80)
2017年の文化創意設計博覧会で、春池玻璃は40トンの 回収ガラスを使って「循環型経済の海」を展示。見学者には裸足で入ってもらい、循環型経済の意義を考えてもらった。(春池玻璃提供、汪徳範撮影)