インターネットは森林のようだと形容する人がいる。そこには無限の資源を抱えているが、あちらこちらに落し穴が口を開けて人を待ち構えていると言う。
8月末、刑事警察局はある銀行からの届け出を受けた。ネット上に何者かがこの銀行の偽のネット銀行ホームページを開設し、これにアクセスしたユーザーがうっかり口座番号や暗証番号などの重要なデータを登録していると言うのである。警察では犯人が利用した電子メールやホームページのアカウントを一つ一つ調べて追っていき、まだ未成年の容疑者を突きとめた。1ヶ月後、まだ口座から預金が不法に引出されないうちに、この事件の解決を見た。容疑者は詐欺未遂の罪で送検されている。
9月21日の台湾大地震の後、台湾の何者かが英語のメールを、国外の数十に及ぶディスカッショングループに書き込んだ。世界中のネット・ユーザーに台湾の被災者救済のために寄付を呼びかけるもので、送金先はこの何者かの個人の銀行口座になっていた。幸いなことに送金が行われる前に、台湾の刑事局がこの詐欺未遂犯を逮捕できたのである。
四方八方に連なるネットは、金品を騙し取るための武器の一つになりつつある。最近、職業高校の女子生徒が美少女のネット・ロマンスを自作自演し、ネットと言うバーチャルなサイバー・スペースでは簡単に罠を仕掛けられるということが社会的にも気づかれるようになった。
この事件は体重100キロという太った女子高校生が、美貌のモデルの写真を利用し、台湾大学の大学院生と自称して、ネット上でメール友達を募ったものである。その後、彼女はコンピュータを買いたいとか、外国旅行にいくとかの名目で、メール友達の多くから金銭を借りまわった。
この奇態な電子ラブレター事件は、マスコミに大きく取り上げられた。太った女子高校生の水着姿の写真を大々的に載せたマスコミは、肥満やネットユーザーの心理への偏見に満ちているという非難の声のやり玉となる。数万台湾ドルを騙し取られたくらいの詐欺事件では、普通は三面記事にもならないからである。金を騙しとられた何人かの高学歴の男性に対して、女性の美貌しか見ない世間知らずだと笑う人もいた。
しかし、ネット交際を批判するのはすでにお門違いであると言う声も上がった。バーチャルなネットの環境において、モニターの背後に隠れて年齢や職業、さらには容貌を偽り、果ては異性に成りすまして相手をもてあそぶ人は数多い。この女子高校生は独創的なアイディアの持主だと、夢想家ドット・コムの陳文茜代表は高く評価し、彼女を夢想家に招いて、才能を伸ばしてやりたいとまで言う。
インターネットの機能や特質についての理解はユーザーにより異なるが、奇妙なサイバースペースは警察の目には何とも不安である。
「一般の人はインターネットの発達に楽観的ですが、私たちは警戒する必要があります。ネットと言う怪獣をどう形容したらいいのか、変化に満ち、しかもソフトは常に更新され、随時新しい形態の犯罪が出てくるのですから」と、多くのネット犯罪を捜査してきた刑事局情報室の李相臣主任は言う。李主任の情報室は14人の専門スタッフを抱える台湾随一のコンピュータ犯罪捜査機関で、ネット警察の異名を持つ。
「これまでの刑事事件の現場では、凶器や血痕などの証拠を探すことができ、犯人が証拠を消そうとしても時間がかかりました。しかしコンピュータはキィ一つでデータを消せるのです」と、警察大学の教員だったが2年前に刑事局情報室に異動してきた張維平さんは分析する。ネット犯罪と通常の刑事事件との差はここにある。銀行強盗は武器を持って犯行現場にいかなければならず、自身も危険にさらされるが、コンピュータ犯罪では自分は一切姿を現さなくともいい。
刑事局のネット警察チームは1996年9月にに設立されたが、それ以前にすでにコンピュータに関る犯罪事件が台湾でも起っていた。
1993年、台中市の銀行のシステムエンジニアがプログラムを操作し、顧客のキャッシュカード口座番号や暗証番号を記録しておき、カードを偽造する事件が起きた。
1994年、プリンター製造のエプソン社で、離職した社員が新しい勤め先の会社のコンピュータからエプソン社のデータバンクに侵入した。この元社員はコンピュータ・チップのIC回路設計を行う基本プログラムを勝手に変更してしまい、エプソン社では知らないうちに誤ったチップを生産していたのである。
この二つの事件は実際に損害を与えたが、1997年に発生した軍火教父(武器ゴッドファーザー)事件はこれに輪をかけて世間を騒がせたものであった。
この事件はまず、国内に武器販売のホームページがあり、イタリア製のピストルを扱っていると台湾の新聞が報道したことから始る。ホームページのアドレスは報道されなかったため、刑事局が半信半疑で調査を開始したところ、これが軍火教父というホームページであることが分った。その後、当時の廖正豪法務部長(法務大臣)は密輸武器販売のホームページの存在を知ったため、法務部としては警察に全力を挙げての捜査を要求したとマスメディアに公表した。翌日、各主要紙の社会面はトップでこのニュースを報じ、軍火教父ホームページは一躍有名になったのである。
しかし、このホームページの開設者を調べるのは困難を極めた。
まず、このアドレスはアメリカに設置されていた。内容は中国語で、黒幕は台湾かその他の地域に居住する中国人と思われたが、アメリカでは州によって拳銃販売が許可されていて、非合法ではないのである。それに軍火教父ホームページはアメリカで登録されているので、台湾の警察にはその管轄権がない。
さらに、ホームページの広告内容をよく見ると、ピストルの代金250ドルは匿名で支払わなければならず、代金領収後に処理するとあり、買手に一切の保障はないので、単なる詐欺事件である可能性もあった。厄介なことに、マスコミが派手に報道したために、軍火教父の開設者はネット上で証拠隠滅を図る恐れもあった。それでも警察は、特別チームを組んで国内のインターネット・サービス・プロバイダー(中華電信など)に協力を求め、怪しいと思われるアクセス・データの提出を依頼した。
警察の捜査が行き詰った時、刑事局情報室の李相臣主任は嬉しい電話を受けた。それは国内の著名なサーチ・エンジン「奇摩」からのもので、あるユーザーが軍火教父のホームページを何回にもわたり奇摩にリンクしていると言うのである。
軍火教父のホームページを突きとめてから1週間後、9月に台北の検察官は捜査令状を手にして南に向った。そして苗栗県で、軍火教父ホームページを開設した容疑者楊健民を逮捕し、コンピュータ設備を押収することができた。20歳の楊健民は当初犯行を否認したが、李室長は早速押収したコンピュータを接続し、ハードディスク内のアクセス記録を調べて見せた。なぜこれほど多数に渡って軍火教父ホームページにアクセスした記録があるのか問いただすと、楊健民は好奇心からアメリカの武器を取扱うホームページである武器ゴッドファーザーにアクセスして、そこから銃販売の内容をコピーしたのだと自白した。その後になって奇摩にリンクしてしまったのは、うっかりして、キィを押し間違えたせいだという。
ハードディスクに残された記録は明らかで、奇摩サーチエンジンの側でも楊健民のリンクを何回も削除したと証言したため、検察側は刑法153条「公然と他人に犯罪を扇動」した罪で起訴した。その結果、楊健民は懲役5ヶ月、執行猶予3年の判決を受けたのである。
ネットの特性の一つはあっという間に世界を駆け巡るという点で、頭の回転の速い投機家はこの伝達の利器を当初から利用していた。
最近起ったネットの世界での乱れた現象を一つ一つ挙げていくと、詐欺、名誉毀損、賭博、犯罪の扇動、著作権の侵害など現実の世界の不法行為が、ネットにすでに蔓延していることが分る。その中にはアメリカのクリントン大統領暗殺の脅迫、あるメーカーの生理用品に寄生虫の卵がついていると言う噂もあり、大学生がBBSに教授が学生のレポートを写していると書き込んで名誉毀損で告訴されたり、ネットでCDドライブを購入したら烏龍茶が送られてきた、さらにはポルノ写真のホームページ、コピーソフトや麻薬などの販売と、何でもありである。
去年8月、警察大学の2年制技術コース学生募集で、入学試験のスキャンダルが発生した。警察大学のコンピュータ・センターの主任郭振源が学生から賄賂を受け取り、コンピュータシステムにアクセスして成績を変更したと言うのである。捜査した桃園地検は郭振源を的に絞ったが、彼はオフィスのディスクトップ・コンピュータから関連データを消してしまっていた。警察はなおも諦めず、郭振源の個人用ノートブックへのネットのアクセス状況を一つ一つ調べ、事件は急展開を見せた。しかしコンピュータに詳しい郭振源は、賄賂とその学生のリストなどのデータに暗証番号を設定し、他人がデータを見られないようにしていたのである。桃園地検は刑事局に助けを求め、やっと暗証番号が分った。この警察大学のスキャンダルは多くの関係者が絡み、検察側では汚職防止条例違反として郭振源に無期懲役を求刑した。
この事件は1年近く捜査が進められて、この11月に桃園地方裁判所は郭振源に無期懲役、公民権の終身剥奪の判決を下した。その他の67人の被告には、1年6ヶ月から16年の懲役判決がすでに下っている。
ネット犯罪は実行が容易なわりに証拠収集が難しい上、技術的な面が障害となってその検挙率は他の犯罪より低い。李室長の話によると、検挙できたネット犯罪の80パーセントは、一般の告発や自発的な情報提供によるのだそうである。
インターネット犯罪は多様化しており、ネットそのものの急速な発展に足取を合せているかのようである。事件のタイプで分けると、一番多いのが違法なコピーソフトと猥褻なホームページだと言う。最近では教育部(文部省に相当)が小中学生のネット学習を進めているが、インターネットには余りにも多くのポルノのホームページがあり、教育上心配する声も多い。
刑事局が取締まったポルノ関係のホームページのケースでは、「禁断の楽園」事件が大規模だった。台北県のある男が会員制のホームページを運営して、会費を支払った会員に暗証番号を配布し、外国のホームページから持ってきた猥褻な写真を見たりダウンロードできるようにしたものである。また電子メールでポルノCDの取引を行ったり、ネット上でセックス・フレンドの情報を提供したり、募集したりといったケースもある。
刑事局はすでにアクセス数が数百万回に達する大規模なポルノ関係のホームページを摘発しているが、議員や女性団体は取締がまだ手ぬるいと考えている。というのも、こういったホームページが今も確実に増え続けているからである。
中国語のサーチエンジンに「色情」の二文字を入れてみると、いつでも相当数のホームページを検索できて、取締はその後を追うばかりである。違法なコピーソフトにしても事情は同じと言う。
ポルノとコピーソフトの摘発をどうするかが、コンピュータ犯罪対策の問題点である。
「ポルノ関係のホームページは摘発を恐れ外国にアドレスを移し、専門家と対策を協議しても無理なのです」と張維平さんは話す。
接続が簡単なのも、捜査には不利である。以前は接続には本人が身分証明を持って申請しなければならず、プロバイダーの事業登録も厳しかった。それが今ではプロバイダーの競争が激しく、大小100社余りを数える。プロバイダーの中には無料の電子メールやホームページで客を集めるものもあるし、ソフトの更新スピードが速すぎて手がつけられない。アクセス記録を追っても「登記したアカウントが総統府で、名前が李登輝だったりします。10のうち8つは本人が見当らず、データの90パーセントが偽名なのですから」と、張さんは続けた。
しかも違反者を捕まえても、どう罰すればいいのだろうか。依拠法令は何なのかさえ問題である。さらにはインターネット犯罪向けに立法、ないし法改正するかどうかでも意見が分れる。それでもネット上での非合法すれすれの行為を見ると、公権力が網をかける必要がある。
わが国の刑法ではインターネット上で他人のアカウントを使ったり、他人のファイルを破壊したり盗む行為を罰することができなかった。1997年10月に施行された刑法には、「コンピュータ設備を利用して取得ないし所有した他人の秘密漏洩」、「他人の電磁的記録への干渉」など、コンピュータに関する犯罪9項目の条文が追加された。
だが、この新法をどう適用するかはまだ疑問がある。この問題は、ウィルスのプログラムを作った陳盈豪のケースに起った。
今年4月26日、CIHと呼ばれるウィルスがネット上で猛威を振い、内外の数十万台に上るコンピュータのデータが被害を受けた。各国警察機関の調査により、このウィルスが台湾製であると証明されたのである。
数日後、コンピュータ犯罪チームは兵役に就いている陳盈豪にたどり着いた。彼は去年まだ大学に在学していた時に書いたウィルスであることを認めたが、それは研究目的で、他人が勝手に撒き散らして大規模な感染につながったと主張した。
刑法352条の規定によると、「他人の電磁的記録に干渉し、公衆或は他人に損害を与えた」場合、懲役3年以下か1万元以下の罰金とある。陳盈豪が悪意で撒き散らした場合は、この条文が適用される。しかし、多くのウィルス製作者がコンピュータのマニアで、自分の実力を試したいばかりにウィルスを作ってみる。陳盈豪もこのタイプと見られるだろう。しかもこの条文は親告罪だが、これまでに訴え出た人はいないため、起訴できるだけの要件が整っておらず、未だに検察側が認定を行っている段階である。
先ほどの軍火教父事件で、別のホームページを引用したために有罪の判決を受けた楊健民にしても、どの罪に当るのか当時問題になった。
その焦点の一つは、楊健民がこのホームページの本当の開設者ではなかった点である。彼は単にこのホームページを中国語のサーチエンジンに登録しただけで、真の密輸武器販売のゴッドファーザーが誰かは分っていない。二つ目の問題は、楊健民が他人のホームページを引用しただけで罪になるのなら、接続サービスを提供したプロバイダーに連帯責任はないのかというものである。
「こういった問題は警察が認定するものではありません。捜査と送検が私たちの職責で、その後検察が起訴するかどうかを判断します」と、李相臣室長は言う。
台北地検の謝名冠検事の考えは、例えばポルノ関連ホームページの取締では、性器を露出しているものはプロバイダーが削除できるとしている。プロバイターの管理が一番素早く、手間もかからないのである。中国語のサーチエンジンが検索の機会を減らすことができれば、それも伝達を押し止める効果がある。「しかし、警察や検察がこうしろと言ってできるものではありません。法的根拠が必要ですが、問題はネットの概念が今も発展途上にあり、余りにも厳しく取締ると情報の自由に干渉すると言われる恐れがある点です」と、謝検事は言う。
別の検事はまた、ネット犯罪の捜査につき検事の仕事の一つは判事に協力し、法廷の審理手順を決めることだと言う。多くの判事はネットの世界を理解できず、コンピュータ知識の豊富な被告に対し、何を質問していいかさえ分らなくなるからである。
「これまでの犯罪の動機は大概色か金でしたが、コンピュータ犯罪が面倒な点ははっきりした動機がないところです」と、刑事局技術顧問で、交通大学電算センターのネット組責任者の劉大川さんは言う。コンピュータのハイテクイメージから、普通の人にとってはコンピュータを使った犯罪と言うと、自分とは一段離れた遠い感じがする。例えば、他人のコンピュータをストップさせるウィルスだが、これは作られてから何百台もの機械を経由して伝染していき、被害が間接的に感じられるのである。そこで作った本人も、どれほど悪いことをしたのか自覚がなくなる。
しかし、犯罪の意図がないからと言って刑事責任が軽減されるわけではなく、証拠が確実であれば刑は逃れられない。
ネットのハイテクが、世紀末の人類に素早く快適だが混沌とした秩序を描き出してみせた。だが考えてみよう。犯罪を犯すのはコンピュータではなくて人であり、対応が難しいのはハイテクではなく人の心なのである。