移民の足跡を刻む味
サテのように、ある調味料が民族の移動や各地の特産物、嗜好に合わせて違った進化を遂げることがある。沙茶もまたしかり。多くの関係者が、沙茶には潮汕系と福建系の二大系統があると指摘する。潮汕系はオキアミを加えた「牛頭牌沙茶」のように海鮮の風味が強い。福建系は落花生が味のメインで、近年人気を集める台北の老舗「清香沙茶火鍋」の瓶詰め「清香号」がこれにあたる。
陳愛玲によると、台湾人は沙茶に醬油や酢などの調味料を加える習慣があるため、沙茶自体の塩分は控えめだという。風味としては五香粉の香りが強く、コリアンダーやココナッツミルクパウダーを好んで加える。
陳愛玲によると、沙茶の材料は4種類に分けられる。唐辛子、ウコン、ナンキョウ、レモングラスなどの「フレッシュスパイス」。五香粉、ソウカ、フェンネルシードなどの「ドライスパイス」。干しエビ、干し魚など旨味を出す「干物」。ピーナッツバター、ゴマペーストなど「種実類」。仕上げに塩、砂糖、醤油で味を調える。30∼50種類もの材料を組み合わせるから、現地の特産物や味の嗜好に合わせて、自由にアレンジができる。
「正統」とされるレシピは存在しないが、高級沙茶ブランド「清香号」代表の呉龍陞は、食品加工の角度からある基準を挙げる。「良い沙茶醬」の条件には、既成の加工品を使わないこと、塩味以外に落花生の甘みと、干し魚の香りと、唐辛子の辛みが感じられること、そして、素材の味の輪郭がハッキリとしていながら、互いが結びつき、混然一体となること、などが挙げられている。
沙茶の風味は、家の数だけバリエーションがあり、月日の流れとともに進化し続けている。牛頭牌は食品安全の観点から、落花生の使用をやめた。また、動物性食品を一切使わないベジタリアン向けの沙茶も販売している。陳愛玲の自家製沙茶は故郷の味の再現を目指すと同時に、食材の産地も大切にする。東南アジアに多い食材であっても、台湾で生産された食材を優先して買い求める。2022年に製作した沙茶には、豊富なスパイスの知識から発想を得て、台湾特有の月桃の種を加えてみた。「月桃の種は、清涼感が風味を軽やかにし、脂っぽさを感じさせません」と陳愛玲は語る。
1つの調味料が、これほど豊かな顔を持つことは珍しい。そこから人々の故郷への想い、移動の足跡、そして新たな土地に融けこむための努力と挑戦が見て取れる。沙茶とは一体なにか?その名前や材料からも、複雑な背景が窺える。まさに、この紆余曲折こそが、沙茶が独特たる所以なのである!
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道端の屋台から事業を興した「清香沙茶火鍋」は、近年は瓶詰めの沙茶「清香號」を発売し、好評を博している。写真は二代目女将の郭音明。
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陳愛玲の沙茶醬は巷で「最もぜいたくな沙茶」と呼ばれていて、使う食材は原材料から加工する。旨味の源である扁魚は、焼いてから骨ごとつぶすことで、濃厚な風味に仕上がる。(陳愛玲提供)
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西門町峨嵋街に始まる「元香沙茶火鍋」は、台北で1、2を争う沙茶火鍋の老舗。(呉振豪提供)
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沙茶醬と切っても切れない沙茶牛肉火鍋(南部では「沙茶牛肉爐」と呼ばれる)は、澄んだスープが主流で、白菜、トマト、豆腐が入る。つけダレには沙茶醬と醬油、酢、ネギ、ニンニク、唐辛子。少し上の世代では生の卵黄を加える人もいる。
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日本統治時代に大きく発展した西門町には、沙茶餐館が今も多く残る。
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台湾人は火鍋が好きだ。火鍋店に入れば、庶民の息吹が身近に感じられる。
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沙茶には30∼50種もの材料が使われ、その土地の特産物や個人の好みによって味が変化する。写真は主な材料。