昔の日本のような懐かしさ
台南の別の場所では、料理店「大西屋」が出現していた。店の奥には青森の地図が掲げられ、反対側の壁には客の描いた色とりどりの絵が広がる。店主の大西孔へのプレゼントだ。
28歳の大西は、日本の青森に生まれ、台湾人女性と結婚した。大西はもともと調理師だったので、今年初めに妻の蔡馨萱の故郷である台南にやって来て、小さな料理店を開いた。
旅行好きの大西は、2012年にワーキングホリデーでオーストラリアへ行った際に、仲間から台湾に美味しい食べ物や豊かな文化があることを聞かされた。台湾については、日本との歴史的関係ぐらいしか知らなかった彼だが、台湾を次のワーキングホリデーの場に選び、その最初の場所として最も庶民的なナイトマーケットを選んだ。
中国語のまだあまりできなかった大西は、ナイトマーケットで人々の注意を引き、興味津々のおばさんたちに、よくあれこれ聞かれたという。その数ヶ月後、友達の勧めで高雄に移った。そこでの友人との集まりで、蔡馨萱に出会う。
蔡の日本語が上手だから国際結婚に至ったのだろうと考える人が多いが、事実はその反対、「彼の中国語はうま過ぎます」と蔡は笑う。2013年、結婚した二人は日本へ行き、大西は京都の創作料理店で働いた。だが、起業を考え続けていた彼は、ほどなく妻とともに台南に帰ることを決意する。
二人は、料理店か日本語の学童保育所かで迷った。だが学童保育所開設の条件のほうが厳しかったため、カレーやトンカツを出す料理店を開くことにした。調理師だった大西がメニューを研究し、台南に詳しい蔡が客と仕入れを担当する。
本場の日本料理を出そうと、蔡は市場を回り、青ジソなど日本料理の食材を探した。大西も台湾の食材を用いてタレなどを作る工夫を重ねたが、でき上がった料理はどうも日本の味に欠ける。開店前夜になっても克服できず、結局すべて捨ててやり直したほどだ。「彼は夜寝ていても寝言で料理のことを言っていましたよ」と蔡は言う。
今年3月に大西屋は開店、大きく宣伝することはなかったが、4月になって人気ブログ「倫敦男孩(ロンドンボーイ)」で紹介され、一気に名を高めた。半年ぐらいでと考えていた売上は予定より早く軌道に乗り、界隈で大西屋はすっかり有名になった。将来は、親子で日本語を学べる学童保育所も開設し、料理に舌鼓を打ちながら日本語を学べる場にしたいと、二人は考える。大西屋が台南にもたらす「日本」だ。
スローなペースの暮らしを好む大西は、まだ台湾の生活に適応しきっていないがと笑いながら、「台南には『生活らしさ』がある」と言う。休みの日には自転車で郊外に出かけたり、日本人の友達を連れて、孔子廟や神農街の旧跡を巡ったりするという。
大西はこう語る。日本にも名所旧跡は多いが、観光名所となる大規模なものが主流で、庶民の生活から古い物はどんどん姿を消している。だが台南にはあちこちに古い建物が残り、まるで子供の頃の日本のようで懐かしい気持ちになる、と。
日本から来た高橋佳さん(白板前の左)と奥西克彦さん(白板前の右)は起業の夢をかなえてTIL Spaceという複合空間を開設した。訪れた人は連絡先を残し、台湾人と日本人が友達になって互いに言語を学べるようにしている。