
オリンピックの水泳で金メダルを18もとった米国の選手マイケル・フェルプスは、子供の頃、注意欠陥・多動性障害と診断されたが、水泳を通して自信を取り戻し、素晴らしい成績を上げた。台湾出身で米国のNBAで活躍するジェレミー・リンは、ハーバード大学出身だ。彼らは、スポーツと学業が立派に両立することを証明している。多くの研究によって、スポーツの得意な子供は、記憶力や学習力、変化に対応する能力や情報を統合する能力に優れていることが証明されている。また、スポーツや競技を通して競争や挫折、チームワークなどを経験し、勝って驕らず負けて腐らずの態度を学ぶこととなる。これらは人生において必ず役に立つ貴重な経験と能力である。
昔から、体育を五育(徳育・智育・体育・群育・美育)の一番下に位置付けてきた台湾で、子供たちの運動能力をどのように高めていけばいいのだろう。
爽やかに晴れ渡った9月はスポーツにふさわしい季節である。早朝6時50分、大安渓南岸にある台中市の大甲小学校の校門には100人以上の児童が集まり、「0時限体育」のランニングが始まった。
全校生徒1500人を超える大甲小学校は台中市でも大型の学校で、グラウンドも広く、一周250メートルある。走り始めてから20分、速い生徒は10周以上、遅い生徒は走ったり歩いたりで3~4周回る。生徒たちは汗をかいた体操着を着替え、顔を紅潮させて国語や算数などの午前の授業に入る。

身体を動かせば動かすほど勉強もできるようになり、気持ちも明るくなる。写真は、1年生から武術の練習を始める南投県永興小学校。生徒たちは文武両道、明るくて気力に満ちている。
アメリカから導入された「0時限体育」は、毎朝授業の1時限目が始まる前に運動をするというもので、最大心拍数の8~9割ほどの負荷をかけることを目標とし、その後で授業を受ける。
この革新的な実験は十余年前に米国シカゴのネーパーヴィル・セントラル高校で行なわれた。同校の6割の生徒が0時限の体育に参加し、運動後には通常の授業の前に「読み書き」を強化する授業を受け、学習力向上の効果を測定したのである。
一学期が過ぎると、実験に加わった生徒の読解力は17%も向上したが、通常の体育の授業しか受けなかった生徒の伸びは10.7%だった。この研究は、早朝の運動がその他の時間帯の運動より生徒の学習に役立つことを証明している。さらに指導顧問は、全校生徒は体育の授業の後、最も苦手な学科の勉強をすれば、運動による効果をさらに高めることができると提案している。
ネーパーヴィル・セントラル高校の0時限体育は大きな成果を上げ、全米の多くの学校がこれを導入した。大甲小学校でも4年前からこれを開始した。
大甲小学校の陳浪勇・校長によると、大甲地区の住民はもともと早起きの習慣があり、共働きの家庭では、両親の出勤に合わせて朝7時前から子供を学校に送ってくる。学校側としては安全面を考慮して、あまり早く子供を学校に来させないよう指導してきたが、効果は上がらなかった。
そこで学校は考え方を変え、早朝に有意義な活動を取り入れたいと考えた。そして、0時限体育がまさにぴったりの選択となったのである。
だが当初、「運動をしてから勉強する」という方法には親や教員から疑問の声が上がった。走った後に勉強するのでは落ち着かない、疲れて居眠りしてしまうのではないか、といった疑問だ。
しかし、結果は正反対だった。計画に参加した子供たちはBMIが標準に近づき、気力面も情緒面も改善し、授業に集中できるようになった。中でも、もともと活発でいたずら好きだった生徒は、まずグラウンドで力を出し切ってから授業を受けるので、以前よりルールを守るようになった。
大きな成果が上がったため、早朝運動に参加する生徒は年々増え、今学期は110人が登録している。

スポーツがなぜ学習能力向上に役立つのだろう。ハーバード大学医学部准教授ジョン・J・レイティの著書『Spark: Revolutionary New Science of Exercise and the Brain(邦題:脳を鍛えるには運動しかない!-最新科学でわかった脳細胞の増やし方)』によると、運動時にはセロトニンやノルアドレナリン、ドーパミンなどの神経伝達物質が分泌される。セロトニンは脳の活動をコントロールし、情緒や衝動に影響をおよぼす。ノルアドレナリンは注意力や動機、警戒心を高め、ドーパミンは喜びなどプラスの情緒を引き起こす。
この三つの神経伝達物質は、人の学習と密接に関わっており、新しい情報の処理吸収の効率が高まる。したがって、運動量の多い子供ほど学習効果が高まるのである。
さらに、運動は注意欠陥・多動性障害(ADHD)や鬱など、よく見られる情緒障害や行為問題にも良い効果をもたらす。中でもADHDの改善が顕著なのはドーパミンとセロトニンが注意力系統をコントロールするからで、ADHDの治療薬リタリンもドーパミンの分泌を促すものなのである。
「ジョギングには、少量の抗うつ薬やリタリンを服用するのと同様の効果がある」とレイティは述べている。副作用のない運動こそ、自分でコントロールできる良薬なのである。

台湾東北角の野柳小学校のランニングの授業は、世界に知られる野柳地質公園の美しい自然景観の中で行なわれる。
スポーツで脳が良くなる。かつて中華民国オリンピック代表団の副団長として2004年のアテネ五輪で金2、銀2、銅1という成績を上げた政府体育署の彭台臨・副署長も、スポーツで人生を変えた一人だ。
彭台臨は幼い頃からADHDと診断され、授業中もじっと座っていることができず、中学の頃は学校をさぼって喧嘩ばかりしていた。
工業高校2年の時、学校にボクシング部ができ、彼は「喧嘩に強くなるため」に早速入部した。自宅の部屋に吊るしたサンドバッグを毎日思い切り叩いていると、その後は情緒が安定して良く眠れ、気持ちも明るくなることに気付いた。
練習を積んだ彼は、かつて自分をいじめた人を訪ねて一騎打ちをしたところ、2発で相手をノックアウトしてしまった。自分の強さに気付いた彼は、ボクシングは人を殴るためのものではないことに気付き、「目標を定め、戦術を練り、努力して達成し、決してあきらめない」というスポーツの精神を学んだ。こうして彼は、人に譲り、他人を思いやる落ち着いた青年になったのである。
高校を出るとアルバイトをしながら勉強を続け、3回の落第を経て師範大学工業教育学科に合格、大学院まで進み、難しい国費留学の資格も得て、米ペンシルベニア州立大学の工業教育学博士の学位まで取ったのである。「ボクシングが私の人生を変えてくれました」と彭台臨は若者にスポーツを勧める。

運動のメリットは多々あるが、学歴社会の台湾ではスポーツはまだまだ浸透していない。
児童福祉連盟が昨年末に発表した「2012年児童運動状況調査報告」によると、我が国には「スポーツは好きだがしない」「体育の時限数もクラブ活動も少ない」「肥満が多く、体力がない」という三つの現象が見られる。
この調査では、台湾の児童の9割は運動が好きと答え、55.4%はコンピュータゲームより運動が好き、63.7%はテレビより運動が好きと答えている。だが実際には7割以上の子供の放課後の運動の時間は週2時間以内で、テレビやネットに向っている時間はそれぞれ運動の7倍と5倍なのである。
外国と比べても、台湾の小中学校の体育の時間数は明らかに少ない。台湾の小学校では週にわずか80分なのに対し、フランスは200分、中国大陸は185分、アメリカは100分、日本やシンガポールも90分である。
運動量が少ないため、台湾の児童には肥満が多く、体力がない。レポートによると、28.1%の子供が毎月風邪を引いており、4割以上はBMIが標準から外れ、さらに57.7%が400メートル走っただけで胸や呼吸が苦しくなるという。
国際肥満特別調査チーム(IOTF)の2011年の調査では、台湾の6~18歳の肥満の割合は26.8%で世界第16位、日本や韓国、中国大陸、シンガポールより高く、アジア一なのである。

若い世代の体力向上のために、台湾の小学校の体育でも系統立ったカリキュラムが組まれるようになってきた。写真は上から、台中市頭家小学校の水泳、新北市大埔小学校のアーチェリー、南投県永興小学校のテニスと武術の授業の様子。
台湾の子供たちは、スポーツが好きなのに、なぜやらないのだろう。
児童福祉連盟の研究員・洪毓甡は、台湾の小学校では体育の時間が少ないだけでなく、内容も単調だと指摘する。一般的な球技やランニング、体操ばかりで、中には体育の時間に「映像鑑賞」をしたり、他の科目の試験をすることもある。
専門の教員が少ないことが、授業内容が乏しい主要な要因である。教育部がこの6月に出した「体育運動政策白書」によると、小学校体育教員の82%は体育専攻ではなく、他の学科の先生が兼任している。
体育に関する教員の理解が不十分な中で、子供たちの興味を引き出すような内容を考えるのは難しいと洪毓甡は指摘する。
例えば、多くの学校では好んでドッジボールをさせるが、台北市立大学運動教育研究所教授の周建智によると、ドッジボールの攻撃権は上手な数人の生徒の手に握られ、ボールを避けるのが下手な人ばかりが狙われやすく、長く続けると、子供の心にも影響を及ぼす可能性があるという。「人に球をぶつけて楽しむようなスポーツは体育の主流にするべきではありません」と言う。

若い世代の体力向上のために、台湾の小学校の体育でも系統立ったカリキュラムが組まれるようになってきた。写真は上から、台中市頭家小学校の水泳、新北市大埔小学校のアーチェリー、南投県永興小学校のテニスと武術の授業の様子。
放課後に子供たちが身体を動かす時間は非常に限られている。児童福祉連盟によると、台湾では宿題が多く、塾や稽古事もあり、運動する時間がない。
「学校が終わると児童は車でそのまま学童保育に送られ、さらにびっしりと習い事のスケジュールが入っているので、運動をする時間などありません」と大甲小学校の陳浪勇校長は言う。
また、公園のバスケットコートや地域の卓球施設なども大人や年長の子供に使われてしまっていることが多く、小学生がそこに割り込むのは難しい。そこで、家でWii Sportsなどで遊ぶことになる。
しかし、バーチャルのスポーツではチームメイトとの関わりがなく、心身の完全な体験にはならない。また、姿勢が悪かったり、力の入れ方が間違っていたりして怪我をすることもある。
「例えばバスケットボールでは、目と手と足の動きと決断のすべてにスピードが求められ、さらに息のあったチームメイトとの協力があってこそ、対戦相手に立ち向かうことができます。そこで培われる認知能力は、決してバーチャルの世界で得られるものではありません」と周建智は言う。

若い世代の体力向上のために、台湾の小学校の体育でも系統立ったカリキュラムが組まれるようになってきた。写真は上から、台中市頭家小学校の水泳、新北市大埔小学校のアーチェリー、南投県永興小学校のテニスと武術の授業の様子。
では、台湾の子供たちの運動力はどうすれば向上するのだろうか。やはり、学校の存在が重要な役割を果たす。学校がさまざまな優位性を発揮し、系統だったカリキュラムを提供すれば、子供たちの運動の基礎作りができるはずだ。
全校生徒1800人全員が「優れたスイマー」という台中市頭家小学校は、水泳を体育に取り入れる台湾では数少ない学校の一つだ。同校は台中市で唯一温水プールを持ち、1年生から水泳を教えている。
水泳は教育部が積極的に推進している小学校の体育重点課程だが、一般には3年生以降に教え始め、一回の授業は40分だけだ。着替えや準備体操の時間、冬の泳げない時期などを差し引くと、実際に泳げる時間は10分ほどしかない。そのため、多くの生徒は卒業する頃になってもカナヅチのままで、結局お金を払って民間の水泳教室に通うことになる。
だが、頭家小学校では1年生から全員に水泳を教え始める。毎週2時間、80分を水泳の授業に当て、8人以上の専門のコーチに来てもらい、学内の体育教師と一緒に教える。
水泳の授業内容も豊富だ。低学年では、水中の宝探しや水辺のゲームが中心で、まず水に対する恐怖心を克服させる。中学年になると息継ぎの練習に重点を置き、それからクロールや背泳ぎを教える。高学年では平泳ぎやバタフライを学ぶ。
学校が系統立った長期的なカリキュラムを組むことで、頭家小学校の生徒たちは、卒業する頃には誰もが自由形と背泳ぎで50メートル、平泳ぎで25メートルは泳げるようになる。

台中市の頭家小学校では充実した水泳の授業を行なっており、卒業する頃には全員が立派なスイマーになる。
頭家小学校のような設備のない学校では、どうすればいいのだろうか。
「一人ひとりに合ったスポーツがあります」と、長年にわたって小中学生の健康や体格の変化を調査している陽明大学学校衛生研究センター主任の劉影梅は指摘する。外向的で目立ちたがり屋の子供には、バスケやサッカーなどチームの協調性を重んじるスポーツが向き、内向的でおとなしい子供は、軽い体操やダンスなど、楽しく自分の身体をコントロールできるスポーツに達成感を覚える。
運動を好まない女子生徒もいるが、それは自分に合ったスポーツを知らないからだと言う。人と身体が触れる運動が嫌いな女子は多く、その場合は縄跳びやスケート、フラフープなどから始める。
劉影梅は宜蘭県の多くの小学校で、毎日30分の縄跳び運動を推進しており、この実験に参加した生徒は、他の生徒たちより1.5センチ身長が伸びた。身体の機敏な女子は縄跳びに向いており、背が伸びてスタイルが良くなるという誘因もある。
運動が苦手な生徒は、ウォーキングやジョギングから始め、バスケなど大きい球を使う球技から、しだいに卓球など小さい球を使うスポーツへと進んで、目や手足の協調性を高めていくと良い。
人間は身体を動かすほど勉強もできるようになる。文武両道を目指し、机を離れて、まずは身体を動かすことから始めよう。


若い世代の体力向上のために、台湾の小学校の体育でも系統立ったカリキュラムが組まれるようになってきた。写真は上から、台中市頭家小学校の水泳、新北市大埔小学校のアーチェリー、南投県永興小学校のテニスと武術の授業の様子。

台中市の大甲小学校では、授業が始まる前の早朝に「0時限体育」を行なっている。これに参加した生徒たちは明るく元気になり、授業にも集中できる。