「台北映画祭」が閉幕してまもなく、2015年「国際華人ドキュメンタリー映画祭」が9月に登場する。2015年は「忐忑流年(忐忑は、心が不安で落ち着かないさま)」をテーマに、ドキュメンタリー秀作38作品を上映する。そのうち20作以上が台湾初公開だ。そのすぐ後の10月には「女性映画祭」、11月には「金馬映画祭」と、国際映画祭が目白押しだ。
台湾で行われる文化活動の中でも、映画祭は非常に活発な催しの一つだ。ほぼ毎月、何らかの映画祭が催されているため、時期が重なり合う現象も起きている。映画を見る人が増え、観客の好みも多様化している証拠だ。
1989年に侯孝賢監督の『悲情城市』が国際的映画賞を受賞して以来、台湾でも映画祭が注目を浴びるようになった。その始まりは、全般的なメジャー系映画を扱う「金馬映画祭」で、チケットを買うためにファンは徹夜して並んだものだった。1998年に「台北映画祭」「台湾国際ドキュメンタリー・ビエンナーレ」が開始されると、その後、さまざまな特色あるテーマを掲げた映画祭が催されるようになった。「グリーン映画祭」「児童映画祭」「金のサトウキビ(金甘蔗)映画祭」「都市遊牧民映画祭」「パープル・リボン映画祭」などのほか、映画会社が映画祭と銘打って商業映画を上映するものもある。台湾における映画祭は、テーマも多様で活発に発展してきた。
イマジネーションを育む
映画祭の開催は、映画人口を増やすだけでなく、文化を育んで都市を豊かにする。
1991年に金馬映画祭のキュレーターを務め、その後、台北映画祭の審査員や、多くのテーマ映画祭を手掛けてきた王耿瑜は、「どの映画祭もそれぞれ魂となるものを持っている」と言う。例として挙げたのは2004年の「児童映画祭」だ。「多くの子供にとって『児童映画祭』は、初めての映像学習でした。子供たちは映画を見ると同時に、ほかの国について学び、映画芸術の背後にあるものを理解したのです」マルチメディアを駆使した「児童映画祭」で、子どもたちはデジタル・アートを体験するだけでなく、映像世界を通したイマジネーションを育むことになる。
「映画祭の開催は難しいことではありません。ただし、映画祭を通して何を訴えるのか、それが大切です」と王耿瑜は言う。映画祭は一つの媒介に過ぎず、その媒介を通して、討論を起こし、話題を作るのである。彼女が映画祭を催してきた経験から言えることは、子供にとっては映画鑑賞後の20分が討論に最も適した時間帯だということだ。また、こうした話し合いは、監督の侯孝賢にとっても非常に重要な意義を持つという。
映画は文化産業の牽引役となり得る。台湾の映画祭は活気を呈しているとはいえ、台湾映画自身は安定したヒットを生んでいるとはいえず、映画祭の盛況に及ばない。侯孝賢はこう考えている。台湾映画の発展を望むなら、創作者自身に豊かな文化的素養が必要なだけでなく、観客に映画鑑賞の習慣を育てることも非常に大切なことだ。「学校教育で子供の文化的素養を育むべきです。小中学校から小説、文学、音楽に親しむことを始めなければいけません。例えばフランスでは、学校で勉強以外の本を読ませますし、芸術映画も毎週鑑賞させます。こうした子供たちが大きくなれば、文化的素養も違ってきます」と言う。
映画祭は、映画文化教育の一環であり、徐々に育んでいかなければならない。そして多様なテーマの映画祭こそ、さまざまな層の観客を引きつけ得る。「とりわけ文学とは疎遠な層を引きつけるには、映画祭が社会的機能を持つ必要があります」と王耿瑜は言う。映画は一つの市場であり、映画祭はその養分になる。さまざまに異なる映画祭からもたらされる養分だ。
映画祭開催で学ぶこと
新北市家庭内及び性的暴力防止センターが主催した「パープル・リボン映画祭」では、反ドメスティック・バイオレンスが主要な訴えだった。映画祭は各地を巡回して計80カ所で上映、上映後に専門家との話し合いの場ももたれ、ドメスティック・バイオレンス防止についてより知ってもらおうというものだった。「こうした映画祭は感動的でした。映画芸術を楽しみに来る観客を対象とした映画祭とは、訴えが異なります」と王耿瑜は言う。特色ある映画祭は、ふれあいや討論を呼び起こし、それ自身が社会のさまざまな風景の投射になっている。
「映画祭は、0.5プラス0.5が1以上になる催しです。映画が0.5、取り上げるテーマが0.5、それらがうまく結びつくと、さらに大きな力が生まれます。映画祭によって、関連の催しや展覧会も行われるなど、さまざまなバリエーションを生み、映画鑑賞をよりおもしろいものにします」
以前の台湾の映画祭は都会で行われることが多かったが、今では他の県市でも催されるようになった。例えば、新北市板橋区にあるドキュメンタリー専門上映館「府中15」のような場所が、各地で徐々に誕生している。ほかにも雲林県斗六にある「行啓記念館」は、記念、記憶、記録を運営の主軸にした会館で、「移民/外国人労働者映画祭」を開催したことがあるし、高雄市橋頭区で2006年から催されている「金のサトウキビ(金甘蔗)映画祭」は、台湾初の現地撮影、現地編集、現地上映を掲げた映画祭だ。
豊かな創作で羽ばたく
映画祭のテーマ多様化は、観客には幸せなことだ。また、それによって台湾の映画製作者たちが刺激され、さらに創作ジャンルが広がれば、興行成績の増加や産業の発展にもつながる。
多様化した映画市場は、現在の台湾社会の現象の一つだと言える。「映画市場にはさまざまなジャンルの作品があるべきで、産業の分業も行われてこそ、環境は健全なものになります。ところが台湾では、同じタイプの作品が続く傾向があります。各種のタイプの創作力がバランスよく発展しないと、若手監督の足かせになってしまいます」と王耿瑜は言う。
侯孝賢はよく「台湾は映画撮影に適している」と国内外の映画人に推薦する。豊かな資源や多様な地理条件に恵まれ、「映画センター」になり得るというのだ。侯孝賢の『黒衣の刺客(刺客聶隠娘)』でプロデューサ兼美術監督を務めた黄文英も、「台湾は撮影技術も資源も十分なレベルにあります。M・スコセッシの『沈黙』も、台湾での撮影ではすべて台湾の設備や機材を使いました。ただ、台湾は技術サービスでなお努力の余地があり、それができれば、海外の製作チームはもっと台湾に来るようになるでしょう」と言う。
政府もサポートに力を入れており、映画の補助金制度は、海外の多くの映画人から羨まれるほどだ。政府バックアップの映画祭だけでなく、地方の映画祭も補助金申請が可能で、各種映画祭開催に大きな役割を果たしている。豊かな映画祭を育むことで、台湾映画産業を豊かにし、新たな世代の観客を育てられる。映画を見て、社会や世界との対話を続けていきたい。
2015年「国際華人ドキュメンタリー映画祭」には国際情勢や芸術文化、人間性など、さまざまなジャンルの作品が出品され、観客は啓発され前向きな力を得た。左の写真は『Homme Less』、右は『The Internet's Own Boy: The Story of Aaron Swartz』。
映画産業は文化を生み、またそれは文化産業の産物でもある。 写真は今年の金馬映画祭の目玉、新鋭監督Laszlo Nemesの長編処女作『Son of Saul』。カンヌ国際映画祭グランプリと国際映画評論家連盟賞の受賞作である。(金馬映画祭提供)
写真は2015年の金馬映画祭で上映される『山河故人』。カンヌ映画祭コンペティション部門で4回ノミネートされた賈樟柯監督の作品。(金馬映画祭提供)
写真は女性映画祭のオープニングフィルム『Advantageous』。(女性映画祭提供)
2015年の国際華人ドキュメンタリー映画祭は安心感と信頼感をテーマに掲げて「忐忑流年」と名付けられた。受賞した38作品は、現代社会が直面する変動と不安を表現している。(国際華人ドキュメンタリー映画祭提供)
2015年の女性映画祭は、現代女性が年齢を越えてアイデンティティを追求し、社会構造を突破する冒険精神をテーマに掲げる。(女性映画祭)
2015年の夏休み、台北映画祭では華山パークで『星空Starry Starry Night』を上映。2000人近い観客が屋外で映画を楽しんだ。(台北映画祭提供)