再生の深化
ケーブルによる作品創作に苦労はつきものだが、実は前段階の洗浄も楽ではない。台北101から交換したエレベーターのケーブルは、まず薬品に浸して油を落とし、洗浄の各工程が必要となる。そこで康木祥は、法務部矯正署所属の八徳刑務所の協力により、受刑者の精神修養の課程に洗浄を組み込んだ。ケーブル洗浄作業には忍耐や気力が必要で、その努力の結果が巡回展に反映されるという期待が、受刑者にとって人生を考え、更生の機会となる。
「まず受刑者に講演を行い、ケーブル洗浄が芸術創作に有する意味を説明し、ヨーロッパでの巡回展での評価を紹介します」と話す。康木祥は受刑者18人に協力を求め、自身も毎朝早くから刑務所に通い、夕刻まで作業を続けた。当初、受刑者は作業が辛い前工程の薬品洗浄過程を嫌い、比較的楽な後工程ばかりやりたがったが、洗浄過程の流れから、一人が最初から最後までやらなければならなかった。康木祥は、これらの古いケーブルが彼らの手にかかると芸術品になる、と根気よく説明したので、展示期間が近づくと、誰もが洗浄作業に喜んで参加するようになった。
20歳代の若い受刑者は、洗浄の途中で母親が面会に来た。面会時間が終ると、康木祥は受刑者にその様子を訊ねた。その話では、母親は汚れた様子を見て何をしているのかと聞いてきたので、芸術のためと答えたそうである。「刑務所に芸術家がやってきて、ケーブルを使った作品創作のため、自分たちはその素材の洗浄をしていて、ケーブルは洗浄が終わると作品となって、各国で展示される」と若い受刑者は母に語ったのである。芸術という話題ができたことで、親子関係に微妙な変化が起きたと、康木祥は感じている。
もう一人の受刑者は、翌日に仮出所が決まっていたのだが、その担当した洗浄はまだ数日が必要だった。そこで彼は出所を作業が終わるまで延ばしたのであった。
「偶然の機会から、康木祥先生の講演の席でその人生経験を聞いたことで、自分の心持ちも洗われました。心を開くことで生まれ変われます」「先生が口を開くと衝撃を感じました。彫塑という芸術が自分たちの人生の課題と繋がり、再生という課題を先生は私たちに課したのです」と、受刑者は康木祥の言葉に生まれ変われるきっかけを掴み、そのケーブル作品に再生の意義を付与したのである。
「ニューヨークの展示が終ったら、その結果をこの18人と分かち合いたいと思います。彼らは私に期待をかけています。私が何を作り、どこで展示し、結果はどうだったかを期待しています。人は期待と希望を持てれば、孤独ではありません」と、康木祥は毎日刑務所を訪れる。「刑務所の受刑者は、彼が創作に苦しんでいることを知っています」と言う通り、一人の粘り強い行動が感動を呼び、芸術の力が魂の再生に力を与えてくれるのである。
ケーブル洗浄には忍耐と気力が求められ、後にそれが芸術作品になることへの期待もあり、受刑者たちの心は静まり、再生へと向かった。