「ストップモーションはアニメと実写映画をつなぐ最強の懸け橋だと言えます」とストップモーション・アニメーション作家の黄勻弦は語る。
平面の絵よりリアルで、しかも実写より自由な表現が可能だ。ストップモーションアニメは、原理や技術は難しくないが非常に手間がかかる。それでも芸術性と実験性に富む分野だ。
この特徴を生かして台湾のアニメ監督たちは、作品に伝統工芸を取り入れ、同時に伝統工芸にも新たな命を吹き込む。
アニメ産業では2Dと3Dが主流で、ストップモーションはマイナーな存在だったが、最近は勢いづいている。今年(2023年)はストップモーションアニメの『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』が米アカデミー長編アニメ映画賞を受賞し、また張徐展(ジャン・シュウ・ジャン)監督の『熱帯複眼』も金穂奨(ゴールデン・ハーベスト・アワード)大賞と金馬奨(ゴールデン・ホース・アワード)最優秀短編アニメ賞に輝いたが、これらはみなストップモーションだ。
重要な役割を果たすフィギュアは、骨格作りにもこだわる。(林旻萱撮影)
精巧なミニチュア劇場
AIの活躍が話題になる昨今、手作業に頼るストップモーションは時代に逆らう動きだと言えよう。手間のかかる制作工程や、大量の道具・セットが必要となることなど、解決の難しい欠点を持つ。だが物体の位置をわずかにずらして1コマずつ撮影するストップモーションは、物体のリアルな色や素材、光や影の変化を捉えることができ、2Dや3Dにはない独特の美しさがある。それで業界にも常に一定の支持者が存在する。「それに、写実的になりすぎた主流アニメに、みんなうんざりしてきたのかもしれません」と、踩影子停格動畫工作室(Shadow Step Stop motion Studio)の創設者であり、ストップモーション・アニメーション作家の余聿は笑う。
「制作中は玩具遊びをしているような感じです」と黄勻弦は言う。カメラのレンズから離れて撮影現場を見渡せば、小道具、家屋、町並み、人物、動物など、どれも実に精巧で、まるで劇場のミニチュアセットかドールハウスのようだ。
宜蘭県頭城にある黄勻弦の「旋転犀牛原創設計工作室(TurnRhino Original Design Studio)」は100坪ほどある1戸建てで、中には所狭しとセットや小道具が並び、まるで幻想の世界に足を踏み入れたようだ。ミニチュアの廟や民家、ちびキャラのような神様、誇張された顔立ちの老人、青い吊りスカートを穿いた小学生など、どれもアートとして台湾人の心に響く。
黄勻弦はかつて父親と営んだ練り粉人形店を再現した。(林旻萱撮影)
地味で緻密なプロセス
『ピングー』『ひつじのショーン』『チキンラン』『PUI PUI モルカー』など、いずれもストップモーションアニメの名作だ。商業的に成功した例も多いとはいえ、ストップモーションは制作期間が長く、1時間の作品を作るのに3~5年はかかる。小道具やセットを作るのは複数の人間で同時に進められるが、いったん撮影が始まるとカメラ1台に頼る作業となり、たった1秒間のシーンに12~24枚の撮影が必要だ。丸1日撮影して「効率良く進んでもせいぜい10秒のシーンが撮れるだけです」と黄勻弦は言う。
しかも多額の資金、特殊な技術、人材の少なさも手伝って、ストップモーションの作品数は少なく、それは台湾も例外ではない。
台湾で数少ないストップモーションアニメ監督である黄勻弦は2009年にアニメスタジオを設立し、まず商業広告の制作から始めた。2016年にはオリジナル作品に取り組み、最初の短編アニメ『巴特(Bart)』が金穂奨一般の部で最優秀アニメ賞に輝き、また金馬奨の最優秀短編アニメ賞にもノミネートされ、彼女を大いに勇気づけた。続けて2作目『当一個人(Where Am I Going?)』で金馬奨最優秀短編アニメ賞を獲得し、3作目『山川壮麗(Little Hilly)』は再び金馬奨短編アニメ賞にノミネートされた。
鮮やかな色彩の廟やユーモラスな神様が黄勻弦の特色だ。写真は2018年金馬奨最優秀短編アニメ賞受賞の『当一個人』。
伝統工芸からのスタート
だが、ストップモーションアニメの世界に入った理由を黄勻弦に尋ねれば、それは夢の実現というよりは、半分は現実に促されてだという。
最も彼女らしさが感じられるのは廟だろう。瓦まで精緻に作られた屋根、龍柱、石獅子、灯籠など、その精巧さは実物をしのぐと言ってもいいほどだ。彼女の長年の制作パートナーで、写真家の唐治中は「美術面で彼女ほど贅沢に作る人はほとんどいません」と言う。
廟の場面を繰り返し使うのは、昔の思い出であり、癒しになるからだ。彼女の父・黄興武は練り粉人形の職人だ。黄勻弦の幼い頃から一家全員が練り粉人形作りを学び、彼女は小学6年で一人前になった。それ以降、大学2年になるまで彼女には長期休暇で遊びに出かけた記憶がない。廟の前や夜市で練り粉人形の店を出す父に命じられ、夏休みも冬休みも手伝っていたからだ。
練り粉人形と格闘する毎日に、一度は抵抗したこともあったが、衰退していく業界を見捨てることはできなかった。大学卒業後、クリエイティブ産業ブームに乗り、彼女は練り粉人形のブランドを立ち上げ、バザーやデパートの一角で店を出した。そうするうちに彼女の練り粉人形が寿司チェーン「争鮮」の目に留まり、広告のマスコットとして使われることになった。幼い頃から体に叩き込まれ、「人形作りの最も重要で最も困難な技術を彼女は身につけていました」と唐治中は言う。彼女の手が生み出すものが、彼女をアニメーション作家の道へと向かわせていた。
「踩影子停格動畫工作室」(Shadow Step Stop motion Studio)提供
工芸からアニメへ
黄勻弦の右手親指の付け根についた硬い筋肉は、彼女の工芸人生の証しだ。彼女は人形作りの基本工程を見せてくれた。まず粘土をひと塊取り、手で押してこねる動作を何度も繰り返して粘土内の不純物や空気を押し出す。やがて粘土は光沢のある丸い花のような形になる。「これは『菊練り』と呼ばれます」
それから流れるような手つきでそれを円筒形にして胴体を作ると、ハサミで魚の尾を切り出してから、ヘラを押し付けてエラ、目、口を形取り、最後に金属管の斜めに尖った方でウロコを1枚ずつ生み出していった。これであっという間に本物そっくりの金魚の出来上がりだ。
吹き飴細工や造形菓子のように、練り粉人形も一時的な存在で永久に残るものではない。玩具の少なかった昔は、職人たちが小麦粉に水や油を混ぜてさまざまな形を作り出し、子供たちを楽しませた。遊んだ後も、かまどに放り込んで焼いた後に灰を払い落とせば、おいしくて楽しいおやつになった。「父の子供時代の思い出です」
家族で練り粉人形の屋台を出していた頃を思い出して彼女はこう言う。「混ぜれば何種類もの色が出せるので生地はほんの数色でよく、あとはヘラ、ハサミ、管、割り箸などの道具を一つの箱に詰めれば仕事に行けました」
屋台ではその場で出された客のリクエストをわずかな工程で生き生きとした人形にする。腕の立つ職人なら電光石火、まさに神技だ。
「練り粉人形はカスタマイズ、個別化を追求します。工業製品のように量産や標準化を求めません」と黄勻弦は言う。これが、質感の表現を得意とするストップモーションにマッチする。彼女の作った人形を見ても、肌にうっすらと残る指紋、ハサミで切り出した指の様子、ヘラで引いた口の形など、彼女にしかない特徴がにじみ出ている。
2022年金馬奨最優秀短編アニメ賞にノミネートされた余聿監督の『島影』。フェルトを主な素材にした幻想的な作品だ。(踩影子停格動畫工作室提供)
許容範囲が広く実験的
『島影』で金馬奨最優秀短編アニメ賞に輝いた余聿監督は、黄勻弦とは全く異なる道を歩んできた。幼い頃に『ピングー』や『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』などの名作を見た影響で、ストップモーションの仕事をしたいと強く願い、政治大学ラジオ・テレビ学科を卒業後、アメリカの南カリフォルニア大学でアニメを研究して修士号を取得し、その後はStoopid Buddy StoodiosやBix Pix Entertainment、Netflixなどの有名企業で実習や仕事をした。
世界一流の制作スタッフと働き、業界のことをよく知る余聿は「ストップモーションの制作は、難度は高いものの、許容範囲の広い実験的なものです」と言う。使用素材も粘土、ボール紙、フェルトなど以外にも、石炭、氷、雲ったガラスと何でも使うし、さまざまな撮影方法を駆使して千変万化の美しさを生み出す。それは、コストや興行収入を重視し、表現手法も規格化された商業映画とは対極的なものだと言える。
「手間がかかってもやりたい人は必ずいて、アカデミー賞のアニメ部門でもストップモーションは必ずノミネートされます。芸術表現を重視する映画賞ではもっと評価が高いです」と余は言う。
特にコンピューター技術が普通に使われるようになった今は、同じ映画に実写、2D、3D、ストップモーションが混在する場合もある。「みなが異なるメディアや手法を実験しています」今や境界は曖昧化し、多様性も急拡大しているのだ。
「自分の物語を語る」ため、余聿は世界的な大手スタジオを離れ台湾に戻った。(林旻萱撮影)
台湾の物語を
作品のテーマや素材の選択は、その地で材料が入手可能かどうか、或いは文化的背景によって制限される。例えば、ロンドンのアニメスタジオNomintによる短編『Can’t negotiate the melting point of ice(氷の融点は交渉不可能)』は、本物の氷を使ったストップモーションで、暑い台湾では難しい。文化的背景の著名な例としてはチェコのヤン・シュヴァンクマイエルがいる。彼はチェコ伝統のパペットを用い、ストップモーションの名作を生み出している。
一方、台湾では伝統工芸が用いられている。練り粉人形の黄勻弦のほかに、芸術とアニメの両分野で活躍する張徐展は、葬式用の紙細工を売る「新興紙糊店」の4代目だ。子供の頃から接してきた葬儀文化と紙細工を組み合わせ、アニメ作品にしている。ストップモーション作品『Si So Mi』は金馬奨最優秀短編アニメ賞にノミネートされたし、今年の作品『熱帯複眼』は、東南アジアの伝説「鼠鹿過河(マメジカが川を渡る)」をモチーフに、龍舞や獅子舞の民俗文化を組み合わせたもので、ブラックユーモアやホラー的要素も取り入れたユニークな作品だ。
黄勻弦は、実は最初の頃は台湾らしさにはさほど注目しておらず、外国の監督と交流するようになって自分の作品には海外の名作の影響が多く見られると指摘され、そこでやっと自分の周囲を振り返る大切さを悟ったと教えてくれた。
多くの人でにぎわう廟、身近な媽祖や三太子の神々、人々に愛されるB級グルメなど、創作の源は日常のここかしこにある。彼女がカメラに収めるのは、この地にしかない台湾の物語だ。
黄勻弦(左から2番目)はフランスのセザール賞授賞式に出席し、ストップモーションアニメで台湾の物語を伝えた。
ミニチュア劇場のようなストップモーションアニメ撮影現場。
練り粉人形職人の家に生まれた黄勻弦はアニメを伝統工芸の新たな活路とした。(林旻萱撮影)
伝統紙細工を用いて国内外の映画祭で異彩を放った『熱帯復眼』は、台湾伝統文化のパワーを示した。(張徐展提供)
同じフィギュアで数十もの異なる表情を作るのが普通だ。