状況の変化
大陸に進出していた企業による台湾投資が再び盛んになっている原因としては、中国大陸の投資環境の悪化と、台湾側の積極的な誘致が挙げられる。
大陸には不確定要素が多すぎる、と多くの企業は口を揃える。法規、税制、それに官僚の態度などに幻滅して戻ってくる企業が多いのである。労働合同法(労働契約法)を例に挙げよう。この立法は1年前から打ち出されていたが、関連措置が整っておらず、法に従おうとしても、何をどうすればいいのか分からないという。弁護士の言うことと共産党委員会書記の見解も違い、そのために莫大な管理費がかかってしまう。
また、大陸では人為的な為替操作を抑制して金融秩序を安定させるために、2008年7月から多数の為替管制措置を採用した。このために、前払いや支払い遅延などをすべて申告しなければならなくなったのである。例えば、出荷して90日以内に予定通りの入金がなかった時には当局に説明しなければならない。また原材料の代金を前払いする場合には約定書を書かなければならず、そうしなければ不正の嫌疑がかけられる。「これは、まったくビジネスを理解していない干渉です」とある企業は不満を口にする。手続が煩雑すぎるだけでなく、企業の資金調達や顧客との信頼関係にも影響を及ぼすのである。
こうした政策への対応に追われる大陸の台湾企業にとって、台湾政府が打ち出す政策は魅力的なものだ。中でも、宜蘭県の呂国華知事は積極的に誘致に動き、これに応えて多くの企業が戻ってきた。
ダイビングスーツのメーカーとして世界に知られる薛長興工業(Sheico)は海外に進出して10年、世界に8000人の社員を擁し、経営者の故郷である宜蘭県に本社を置く。同社は2007年末、浙江省海寧にあった工場をすべて宜蘭県へ移し、事業の次なる重点である弾性繊維工場を拡張した。これは呂国華知事の最大の「戦績」だ。
「最初は宜蘭県の商工発展策進会がしばしば来訪してくれました。当社に帰国の意思があると知ると、知事が県の公務局や環境保護局をはじめとする全ての局と会議を開き、2時間の話し合いの後、我々の工場設置に関するすべての疑問に答えを出してくれたのです。当社の総経理はその場で帰国投資を決めました」と話すのは、薛長興工業法務部の黄桂真課長だ。
宜蘭県で企業誘致を担当する商工発展投資策進会の羅文清幹事長によると、薛長興工業の計算では、大陸と台湾の原価の差はすでに8%まで縮まっているという。今後もますますこの差が小さくなっていけば、大陸で生産する意味がなくなる。ましてや宜蘭県は故郷なのである。原価の差は、不良率の低下と管理効率の向上で埋め合わせていけばいい。
企業にとっては、注文と出荷には時間の制限があり、1分1秒が金銭に換算される。宜蘭県利沢工業区の薛長興工業担当者は、毎日電話で工場建設の進度を確認した。さまざまな面で配慮の行き届かない大陸と比べると、新知事就任後の宜蘭県の「企業重視」の態度は、薛長興工業を驚かせた。
現在、薛長興工業の弾性繊維自動化工場の設置は終わり、試験中である。量産が始まれば、年間生産量は現在の1万2000トンから3万トンまで増え、世界のトップ10に加わることができ、故郷に300人の雇用を提供する見込みだ。この新工場の隣りの半分の土地は、今後の開発のために確保されており、「第二の世界一」(最初の世界一は、潜水衣料と潜水用品の生産キャパシティ)を目指すこととなる。
大陸からの帰国投資案件を見ると、その9割以上がもともと本部を台湾に残し、両岸で分業してきた企業で、さまざまな要因から台湾での事業を拡張しようという事例である。写真は「至成不織布」社が2008年に台湾工場を拡張して少量多品種生産するステッチボンド。