高雄岡山小学校の教員・林晋如は、一枚のワークシートを通して、就職から家や車の購入、生活費などの概念を教えている。生徒たちは「自分が食べる米の値段」を知ってから、それまでの消極的な態度はがらりと変わった。
このワークシートはネットで広まり、中国大陸や香港、シンガポール、その他の東南アジアの国々の親や教員から問い合わせが絶えない。
「教科書の内容は、将来本当に役に立つのか」というのは少なからぬ生徒の疑問である。こんな疑問を抱えたままだと、当然学習にも身が入らず、消極的になってしまう。
高雄市の岡山小学校で5年生を担当する林晋如は、学級を受け持ったばかりの頃を思い出す。授業を終えるのが1~2分遅れただけで、生徒たちはイライラし始め、「不満をあらわにする生徒もいました」と言う。私の授業はそんなにつまらないのだろうか、と林晋如は疑問を抱き始めた。
目標を見出せば学習の動機になる
生徒たちの態度が消極的というのは、現在の教員に共通の悩みだ。それは小学校から大学まで同じで、授業が少しも楽しくないように見える。
そこで林晋如は「勉強しなかったら、将来はどうするんですか」と生徒たちに問いかけた。
すると生徒たちは「将来は働いてお金を稼げればいい」と答えたのである。
この一言が林晋如の創意を刺激し、そこからユニークなワークシートが誕生したのである。
一枚目のワークシートは、生徒たちに就職活動をさせるものだ。就職活動には新聞の求人広告を使う。「ネットの求人広告はやや複雑ですが、新聞の求人広告は読む練習にもなり、さまざまな職業に触れられます」と言う。新聞の求人広告にはホワイトカラーだけではなく、作業員や職人、サービス業などもあり、生徒たちに社会の分業を認識させる機会にもなる。
生徒は林晋如が用意した新聞の山から求人広告を探し始める。すると、すぐに「先生、この字はなんて読むんですか」「時給120元だと月給はいくらですか」と質問が出てくる。林晋如は一つ一つ説明しながら、「みなさん、求人広告が読めなければ就職もできませんよね。それでも勉強しなくていいんですか?」と問いかける。
新人で月給が3万元を超える仕事は少ない。ある生徒は給料が高いというので「チャットスタッフ」という職業を選んだ。そこで林晋如は、「勤務時間は自由、学歴や資格も不要で月収十数万元というのはなぜか」と分析し、この仕事には問題がある可能性があると指摘する。
就職を通して考える――職業に貴賤はない
希望の仕事に就くには「履歴書」を書かなければならない。先生が配った履歴書用紙を見て、生徒たちは困惑して質問する。「専門訓練って何ですか」「自己紹介ってどう書くんですか」などの質問に一つ一つ答えて、生徒ができるだけ自分の長所を書けるようにする。そして記入済みの履歴書を一枚取り出す。「これは他の学校の5年生が書いた履歴書です。将来は、この生徒と競争しなければなりません。あなたが経営者だったら、どちらを選びますか」
「これは、彼らが将来直面する真の社会です」多くの小学生は親の保護の下で成長し、何もかも与えられるのが当たり前になっていて、確かに学習の動機が見出しにくい。「職業に貴賤はありませんが、どの道に進むにしても、基礎的な学習能力は不可欠です」と林晋如は言う。
ある生徒はきれい好きなので、清掃の仕事を選んだが、家族に反対された。しかし林晋如は、本当に興味があるなら、この仕事をさらに深く理解してみてはどうかとアドバイスする。「他の人が気付いていないニーズを発見すれば、清掃会社の社長になることも可能です」
将来、どんな生活がしたいか?
こうして就職活動を経験した後も、ワークシートの作業はまだ続く。
林晋如は「仕事が見つかったら、家を買いますか」「通勤に車は必要ですか」「将来は結婚したいですか。子供はほしいですか」と問いかけ、大量の不動産や自動車の広告を取り出して生徒たちに選ばせる。今回の問題はさらに複雑だ。「一坪ってどれぐらい広いの?」「ガソリン車とジーゼル車はどう違うの?」と次々と質問が出るが、中には帝宝(台北市内の高級マンション)に住んでフェラーリに乗って、子供は10人ほしいなどと言い出す子供もいる。
生徒たちがワークシートに欲しい家や車を記入すると、続いて食費や交通費を計算させる。中には月々数千万元も必要だという子供もいて、皆で大笑いする。ひと月の支出が最も少ない子で8万元、大部分は十数万元となった。
だが、自分の職業を見るように言われて、収入と支出の差の大きさに驚くこととなる。自分の仕事の収入では、誰も希望した通りの生活ができないのである。そこで、先生の指導の下で、小さい家に変え、自動車も中古車にする。帝宝に住んでフェラーリに乗ると言っていた子供も、両親と同居し、移動は自転車にして、ようやく収支のバランスが取れた。
将来をしっかり見据える
ワークシートを完成させた生徒たちは、家に持ち帰って親と話し合うことになる。自分の家の実際の家計状況を知り、家族を養うために親がどれだけ苦労しているかを知ってほしいからだ。
「昔の生徒は、親が敷いたレールを進んでいくだけで、社会に出て初めて何も分からないことに気付いたのです」。林晋如もかつては芸術の仕事をしたいと思っていたが、親のアドバイスを聞いて教育大学に入り、美術の先生になった。「若者は理想を追いますが、大人になると現実が待っています。生活は、理想と現実の間のバランスと選択なのです」と言う。教育は生徒に代って選択するものではなく、自分で選択する力を養うものだと林晋如は考える。
ある女子生徒は、自分の選んだ仕事では生活費が足りないことに気付き、「大丈夫。お金持ちと結婚するから」と言い出した。「給料は安すぎるから、自分が社長になる」と言う子供もいる。すると林晋如は、「お金持ちと結婚するって、どうやって相手に好きになってもらうんですか。お金持ちはうるさい条件を言ってきますよ」「自分が社長になるには、社員を引っ張っていく能力が必要ですよ」と言い聞かせる。
別にあら探しをしているわけではなく、これが社会の現実なのである。高所から立派なことを教えるよりも、生徒と一緒になって分析討論して、生徒に自分の将来のさまざまな可能性を理解させることが大切だと林晋如は考えるのである。
教室に塀はない
このようなワークシートの他に、林晋如は「360度の立体書」や「自分で自分に試験問題を出す」といった授業も試みている。昨年の夏休みには「教科書とともに行く旅行」を計画し、国語の教科書の内容に従って高雄を旅した。「教科書出てくる景色を自分の目で実際に見れば、さらに深く理解できるはずです」と言う。
また、国語の教科書の「成功の背後」という文章は、有名なパン職人・呉宝春を例に挙げて努力の大切さを教えるが、林晋如は生徒を率いて実際に呉宝春を訪ねた。「こうすれば、私が何も言わなくても、生徒たちは進んでフェイスブックに感想を書いてきます」と林晋如は笑う。
教育は教科書に限ったものではない。誰も教えなくても、子供たちは高級車や高級住宅を知っている。子供たちが現実の社会から得た価値観は、すべてワークシートに反映されているが、自分に本当に必要なものは何なのかは言葉では教えられない。最も現実的な方法で、生活の中から直接学ばせることで子供たちは現実を直視し、自分の道を見出していけるのである。
「教科書とともに行く旅」では、教科書に出てくる著名なパン職人の呉宝春が実際に生徒たちと会ってくれた。
林晋如が考案したワークシートを通して、生徒たちは現実の生活の中から学習意欲を高めていく。
林晋如が考案したワークシートを通して、生徒たちは現実の生活の中から学習意欲を高めていく。
直接的な美術教育を施すため、林晋如は生徒たちを高雄旅行に連れて行った。
直接的な美術教育を施すため、林晋如は生徒たちを高雄旅行に連れて行った。
直接的な美術教育を施すため、林晋如は生徒たちを高雄旅行に連れて行った。
直接的な美術教育を施すため、林晋如は生徒たちを高雄旅行に連れて行った。
林晋如の熱意と創意で、生徒たちは学習に喜びを見出している。
林晋如の熱意と創意で、生徒たちは学習に喜びを見出している。