デザインの4段階
ASUSと童心園は、それぞれハイテク産業と中小企業のデザインの「模範生」だが、産業界全体の認識はどうなのだろう。
2005年9月、台湾デザインセンターが発表した「産業界のデザイン運用現況調査」によると、調査対象となった1000余社のうち66%は会社にとってデザインは非常に重要だと考えており、78%はデザインを活用したことがある。デザイン活用の主な範囲はカタログ、CG、ホームページ、説明書、製品の外観、構造設計、包装などである。
一見、楽観的な調査結果に見えるが、消費行動を研究する東呉大学社会学科の劉維公副教授は、スウェーデン工業デザイン協会が区分する「デザインの4段階」から見ると、デザインの力に対する台湾企業の認識はまだ非常に浅いと感じている。
デザインの4段階とは、企業のデザイン活用の成熟度を分けたものだ。第1段階は、まったくデザインを重視しない、第2段階は、デザインはすなわちスタイルであるという認識、第3段階は、ASUSやBenQなどのように、デザインが製品開発の流れに取り入れられている段階、第4段階は、デザインと経営戦略と企業文化が緊密に結びついている段階である(図2を参照)。
台湾企業はデザインの重要性は認識している。しかし、それを経営に取り入れ、企業文化の核心としていくには、どうすればいいのだろうか。
「まずデザイン部門管理職の職階を上げることです」と台湾デザインセンターの張光民さんは言う。韓国のサムスンのデザイン部門責任者は会社の役員を務めている。役員会にデザインの専門家が加われば、経営方針決定時にもデザインが考慮される。
BenQライフスタイル・デザインセンターのオフィスは台北内湖のビルの13階、李焜;輝董事長のオフィスのすぐ下にあり、総経理と董事長に直接報告することができる。王千睿;さんは2006年にデザイン・ディレクターからCDO(チーフ・デザイン・オフィサー)に昇級した。BenQは華人圏で初めてのCDOを置く企業となったのである。
当初7人から始まったBenQのデザインセンターは5年間で80人まで増え、急速に拡大してきた。しかし韓国のサムスンのデザインセンターは500人以上、LGは400人を超えるのと比べると、まだ規模は小さい。
ブランド価値が世界22位の日本のソニーは、デザイン主導型経営の模範とされている。劉維公副教授の研究によると、ソニーのデザイン部門には三つの特徴がある。一つは、開発部門・エンジニアとデザイン部門・デザイナーの機能や地位を比較した場合、他の会社と比べて相対的に後者の地位が高いこと。第二は、デザイナーが高級管理職に昇格するチャンスに恵まれていること。第三は、デザイナーが常に文化のトレンドとターゲット層の文化的習性を観察していて、科学技術の制限を受けない文化的素養を打ち出していることである。
デザイン、ブランド、スタイル
デザインは、台湾企業が生産主導からブランド思考へと向うための架け橋となるが、デザインを通していかにブランド価値を創出すかという点について、台湾企業はまだよく理解していない。
昨年北欧を訪問した劉維公副教授によると、スウェーデンでは企業の27%がデザインを重視しない第1段階、12%がデザインすなわちスタイルと考える第2段階、39%がデザインを製品開発の流れに取り入れている第3段階、そして22%がすでに第4段階に入っている。
「携帯電話市場を見れば分かるように、消費者の購買意欲をかきたてるのは往々にして最新の機能やハイテクではなく、一種の感覚です。モトローラは薄さと軽さ、LGは折りたたみ式のデザインと色をアピールしています。ノキアの会長は、ノキアは電子産業ではなく『エクスペリエンス産業』だと述べ、ライバルは携帯電話メーカーではなく、人の心を楽しませる製菓産業や娯楽産業や服飾産業だと語っています」
黄世嘉さんは、ノルウェーで2年働いて帰国した後、北欧の生活を『北欧魅力』という本に著して3万冊売り、今は北欧の商品を販売するサイトを運営している。その話によると、数年前にスウェーデンで生まれて世界的にヒットしたシンゲルリンゲン(独身指輪)のデザインも、平凡な生活の中から生まれたという。
スウェーデンの若者が、パーティーで一人の女性と知り合って話をしていたところ、二人とも、今の時代は独身者と既婚者の見分けがつかず、直接聞くのも失礼なので困るという話になった。そこで、結婚指輪があるのだから、独身指輪があっていいのではないかというアイディアが生まれた。こうして生まれたシンゲルリンゲンはブルーとシルバーのモダンなデザインで、シリアルナンバーが施され、世界で数千万個も売れている。これが広く共感を呼んだのは、社会のニーズに合っていたからであり、成熟した生活の主張でもあるからだ。
劉維公副教授は、デザインとブランドとライフスタイルの関係をこう説明する。デザインとブランドは直線的な関係ではなく、ライフスタイルによる転換を経て循環する関係だ。製品のデザインとライフスタイルの緊密な関係は美意識を基礎として成り立つ。デザインはブランドの美のエネルギーを高め、独特で強烈な美感のイメージを形成し、それが消費者の心に印象を残すのである。
美の土壌を耕す
では、私たちは美の消費市場について十分に理解しているのだろうか。
政治大学科学技術管理研究所の李仁芳教授はこう述べる。数年前、産官学界では、台湾の産業は「微利」の時代を抜け出して「知識経済」に向うべきだという議論が盛んだったが、その後いわゆる「知識経済」の多くも非常にわずかな利益しか得ていないことがわかった。そこで新たな手段として登場したのが、知識経済の枠組みの上に、さらに「デザイン集約型」の美の経済を確立するという考えである。
しかし李仁芳教授は、近年台湾は国際的なデザイン賞を受賞しているのに、なぜ世界的なヒット商品にならないのか、消費者を「感動」させる何かが欠けているのではないかと問いかける。
ASUSの張恩白総経理は、デザインによるブランドイメージ向上を利益に換算するのは難しいが、同社の急成長に貢献していることは間違いないと言う。
BenQの王千睿さんは、受賞した製品の売行きには、価格や品質なども関わってくるため、売行きが良くないこともあると言う。
デザインの商業的効果を云々するのは、やはり急ぎすぎというべきだろう。
「肥沃な生活の土壌こそ豊かな創意を花開かせる」と李仁芳教授は言う。台湾はスピード社会で生活にも潤いがない。こうした面を変えて社会を成熟させなければ、美の経済も机上の空論に終わってしまうだろう。
「台湾企業は、大金を投じて大量に宣伝すればブランドを確立できると考えがちですが、ブランドと知名度は違います。知名度もそのまま消費者の購買につながるとは限りません」と劉維公副教授は言う。生産過剰の時代、私たちは生産者の立場からブランドを見るのではなく、消費者の立場から考え「ライフスタイル」の観点から新たな時代のブランドモデルを考えていかなければならない。
「台湾人は国際的な発明賞やデザイン賞を取り、特許数も多いのですが、まだデザインと市場の間にギャップがあります。戦略的なデザインと創意を製品に生かすのは長期的な目標であって、より精確かつ微細に消費者のセンスや美意識の趨勢を理解することが必要です」と言う。
革新とデザインは数学ではなく、想像力と美意識から生まれるものだ。台湾のデザインは、既存の製造技術を基礎に一歩ずつ前進し、みんなの力でそれを羽ばたかせていかなければならない。
国際的工業デザイン賞の受賞件数
賞名 |
2002年 |
2003年 |
2004年 |
2005年 |
2006年 |
2007年 |
ドイツ iF 賞 |
7 |
5 |
14 |
37 |
72 |
38 |
ドイツ Red dot 賞 |
0 |
0 |
2 |
20 |
35 |
33 |
日本 グッドデザイン賞 |
7 |
11 |
36 |
38 |
38 |
- |
アメリカ IDEA賞 |
- |
- |
1 |
5 |
1 |
- |
合計 |
14 |
16 |
53 |
100 |
146 |
- |
注:ドイツの賞はプロダクトデザイン、視覚デザインなどの部門に分かれているが、ここの数字は合計件数。 資料:台湾デザインセンター |