ふらりと立ち寄れる書店
消去法を思考方法とする素素は、書店の位置付けにおいても、まず第一に生活の自由を失ってはいけないし、また自分の個人的色彩だけで書店を覆い尽くすことも避けようと考えた。自分がいなくてもやっていける書店にしようと考え、場所も決まったが、いつ開店するのかは特に決めず、お客が現われたらそれが開店日となった。
オープンも自由なら、店名の決定も気ままだった。その頃、耳を怪我した野良猫を友人が持ち込んできて、そのふらふら歩く姿を見て、晃晃(ふらふらする様を表す)と思いついたという。それに晃は日と光の組合せからなり、陽の光が豊かな暖かい台東にふさわしい。無名の書店は晃晃書店と名付けられ、何時でも誰でもふらっと入ってこれる書店となった。
本も人も集まり出したところで、素素はお客が持ち込んだ本を宿泊代に当られるようにしようと考えた。古本収集が容易ではない台東で、要らなくなった本を宿泊代として受け取れば、一石二鳥である。バックパッカーが持ち込む本には、それぞれの思いや考えが籠り、そこから人生の物語が豊かになっていく。古本と宿泊を交換するという晃晃書店の独自のモデルは台湾では初めてで、国際的にもバックパッカーの評判となった。
旧正月の旅行シーズンが過ぎたころ、台湾を何度も訪れている香港のバックパッカーは、香港の雨傘運動を記録した『毎一把傘』などを持って訪れた。時に、作家本人が訪れることもある。独立系出版社・逗点文創の創設者で作家の陳夏民や、『再見楊徳昌』の作者王昀燕に、『香港美好時光』の挿絵画家肉肉熊も晃晃書店の二階に宿泊したことがある。
ここはバックパッカーに出会いの場を提供し、それぞれの思い出を携えて旅立っていく。先だって、晃晃書店で開催された「本を手に旅を」のイベントでは、バックパッカーに好みの本を選んで旅先で読むことを提案した。
旅人のロマンと愛書家の雰囲気を有する素素は気ままに見えるが、しかし譲れない原則があるという。バックパッカーの持ち込みを認める本は、素素が読みたくなるテーマでなければならないので、書店に置いてある本の多くは彼女が愛する文学と旅行関係である。最近では棚に並べられるのは本ばかりではなく、音楽や絵画、写真集なども興に乗れば仕入れてしまう。「店の取り扱い点数が増えてしまい、売れなければどうしようかと悩みます」と素素は笑う。
書店の最上階はイベント空間に改装してから、現地の文化や芸術愛好者のために、作家洪震宇や日本の写真家・川島小鳥など、内外のクリエイターがここで座談会を行った。こういったイベントは、素素が7年前に台東に来た時は、ほとんど見られなかったものである。
現在、晃晃書店は台東に来た文化人が必ず訪れる場所となり、ここでのイベントは書店を出て近隣の鹿野、池上、関山でも開催されている。最近行われたばかりの野生映画展は、晃晃書店と台東の地元の商店が共同で企画したイベントで、上映した10本の映画を通じて、野生動物保護の理念を呼び覚まそうとしたものである。
書店に置かれた本、地元特産のスイーツ、遠方から届いた葉書など、素素にとってはそれぞれに物語がある。何と言うこともない善意かもしれないが、彼女には大切なものである。今回のインタビューで、素素は地元の味を提供する「彩色果」を訪れた。カウンターに立つ70歳過ぎの女主人は、台東にやってきたばかりで土地に不慣れな素素の面倒を見てくれた年長者である。7年が過ぎて、素素には見知らぬ土地であった台東だが、そこに晃晃書店をオープンし、旅人が足を止め、本を愛する人がふらっと訪れる場となった。