文学の名作は幾度も読み返され、芝居の原作にもなる。白先勇の小説は、女性を中心に据えて時代の雰囲気を描き出してきた。短編14作が収められた『台北人』もそんな一冊で、多彩な人物が登場し、抗日戦争前後の社会の諸相を浮かび上がらせる。香港の『亜洲週刊』によって「20世紀中文小説トップ100」の20位内に入った唯一の台湾作品でもある。

「一把青」は、抗日戦争前後を生きた空軍家族の女性の視点で、時代に翻弄されざるを得なかった男女の物語を描く。彼女らの夫は空軍パイロットとして戦火を潜り抜け、戦友を失った悔恨や、家族への思慕、そして南京から台北という環境の激変に直面する。タイトル「一把青」の「青」は永遠や青春を表し、ヒロインの名も「朱青」で、物語は激動の時代に輝いた青春を描く。

左から連兪涵、楊謹華、天心の3人が、白先勇が描く空軍兵士の気丈な家族を演じる。（台北創造提供）

映像で世代間の対話を

監督の曹瑞原にとっては、2003年の『孽子（ニエズ）Crystal Boys』、2005年の『孤恋花』に続き、今回3度目の白先勇作品ドラマ化だった。曹監督は、映像作品は文字の力を超えられないものの、映像独自の魅力で観衆を引きつけられるという。また、映像によって世代間の対話が進むことも願う。

「あの時代は、我々に別れを告げようとしています。彼らはすでに80歳、90歳となり、将来、思い出されることもなく、社会に影響を及ぼすこともなくなるかもしれません。でも、1950年代、60年代生まれの私たちは確かにあの時代に大きな影響を受けています。あの時代を撮ることで、当時を記憶にとどめると同時に、若い世代にもあの時代を見せ、自分たちの歴史を知ってほしいのです」と曹瑞原は思いを込める。

ドラマ『孤恋花』の10年後、曹瑞原と白先勇の語らいの中で『一把青』の企画は持ち上がった。最初は映画化する計画で、黄世鳴による脚本も完成していた。だが戦時を描く映画は予算が高く、資金集めという問題に直面したため、テレビドラマ化してはという声が出た。おりしも「高画質推進」作品を政府が募集しており、曹瑞原はテレビドラマに改編して政府の助成金を得、PTSテレビ（公共テレビ）での放映を決めた。

「創作すること自体が大切なので、テレビでも映画でもよかったのです。ドラマは30回に及ぶので、かえって時代のムードや登場人物の人生を詳しく描けました」曹瑞原はテレビドラマ化したことで作品の完成度が高まったと言う。

曹瑞原は、原作『台北人』の時代のムードを、『一把青』で正確に再現したいと考える。台湾の映像文化は今後、上質な連続ドラマを発展させるべきであり、そうすることで映像産業に厚みを持たせ、豊かな産業文化の育成が可能になると考えるからだ。「映画は一瞬の火花のようなもので、2週間ほどで成績が出てしまいます。しかし連続ドラマは大衆に文化をより広めることができます。近年はHBOが連続ドラマの制作に力を入れ、多くの著名な監督やスターが加わり、感動的な物語を作り上げています。これは、映画がますます娯楽性を追求し、特撮に頼るようになっているのとは対照的な現象です」と曹瑞原は語る。

『一把青』は人物を通して戦争の悲惨さを訴えるだけでなく、その時代の雰囲気を表現することに重きを置いている。

最高のものを生むために

台湾の映像制作の力を華人市場に示すという願いをかなえるため、曹瑞原と脚本の黄世鳴は「今回は必ず最高のものを」という目標に突き進んだ。が、その目標こそが、制作における最大の困難ともなった。

まず脚本の完成に2年半かかった。1万141字しかない短編の原作を、837場に及ぶ約45万字の脚本に書き換えなければならない。当時どんなものを食べていたかといったことまで調べる必要があった。中国大陸で軍の将兵が暮らす地域の様子については、脚本の黄世鳴が苦労して総統府で「東南軍政長官公署」という文献を見つけ出し、当時の職務内容などを元に、描き出した。

ほかにも、「当時のパイロットの妻たちの思いなどは、あちこちから集めてきた内容を元に描きました。戦火を逃れて避難した女性の日記や、親に当時の様子を語ってもらった記録などで、それらを組み合わせて、あの時代を再び作り出したのです」と黄世鳴は言う。

戦時中の物語は多くが男性の視点で描かれているため、男女双方の思いを描くには、さまざまな断片をかき集めるしかなかった。白先勇の原作の主題を中心に、そこからそれぞれの役柄をふくらませて脚本を書いたという。

短編集『台北人』の底辺に流れるのは「時は尽きず、ただ人のみが消えゆく」というテーマで、中国文学によくある、余韻を残した物語になっている。だが、連続ドラマでは多くを描き切らねばならず、物語も延々と続く。監督はたびたび「高尚な文学にしないように」と脚本に注文をつけた。だが、黄世鳴は白先勇の文学に敬意を抱いており、大きなプレッシャーを感じたという。

製作スタッフは台湾でのロケにこだわり、二つの格納庫と原寸大の戦闘機のレプリカを作成した。

時代考証と資金繰り

台湾の映像産業では、時代ものはセットや道具を一から作らねばならない。まして当時の空軍となると苦労は多かった。

本物らしくするため、スタッフは飛行機のための格納庫を二棟組立て、本物と同じ大きさの戦闘機P51も作り上げた。監督は制作チームに「我々は広大なロケ地での撮影は無理でも、衣装や道具の細部にこだわることはできる。撮影は些細なことの積み重ねだ。些細なことにこだわることで、成果を上げることができる」と励ました。

こうして撮影開始までに3年を費やした。高画質テレビドラマ推進番組として6000万元の補助を政府から得たとはいえ、総製作費には1億8000万必要で、クランクイン数日前になっても資金調達のめどは立たなかった。「今思い出しても胃が痛くなる」と監督は言う。この時に直面した問題は、まさに台湾映像産業の縮図と言えた。

「資金集めを通し、この業界が低迷し、皆の感覚が麻痺してしまっていることを痛感しました。中国大陸や韓国製のドラマはよく売れているのに、私のドラマには資金が集まらない。撮影規模を小さくしろとか、中国大陸から資金を集めろとかアドバイスしてくれる人もいましたが、どちらも嫌でした。でも期日通りにクランクインしないと補助金制度に違反したことになり、3000万以上の損失になります。かといって無理して撮影すると損失はさらに増えるかもしれず、進退窮まる状況でした」

そんな時、多額の資金を提供してくれる企業が現れた。必要な資金にはまだ届かないとはいえ、それでなんとか撮影にこぎつけた。

7ヶ月余りの撮影の間、曹瑞原は一人で監督、製作総指揮、プロデューサの三役を担い、あまりの重責に、もうだめだと思ったこともあった。映画なら、天気や光線がよくないと撮影を中止にできるが、テレビドラマは撮影を1日中止すると損失は20万元を超える。「900場近く撮影するので10日に1日ほどしか休めません。軍の協力やCGの助けを得ても予算はギリギリ。スタッフも俳優も毎日ロケで日に焼けて、今後は1年ぐらい日に当たらなくてもいいと思ったほどです」

金鍾賞受賞監督である曹瑞原（右）は、台湾には映像産業政策が必要で、質の高いドラマを作っていかなければならないと言う。（林格立撮影）

各界コラボで台湾製を

『一把青』は9割以上を台湾で撮影することにこだわった。台北、新北、桃園の空軍基地、新竹、苗栗、台中后里の馬場、雲林虎尾砂糖工場、嘉義と台南神学院、高雄醒村、そして最後に上海や南京にも足を延ばし、主なロケ地は27を超えた。俳優は300名以上、エキストラも約2000名、国内外のポスプロ専門人員200名、そして700シーンのCG、600ショットの3D特撮を駆使している。とりわけ監督は台湾製であることにこだわり、各界からの協力を仰いだ。

「現在の台湾では何をやるにしても各界の協力が必要です」今回、CG制作を請け負った特撮監督の厳振欽は、映画会社「中影」を辞めた後、若い世代を率いて会社を設立していた。まだ在学生もいるような若者たちで、厳しい予算の中、戦闘機の飛行や戦闘などの特撮シーンを、海外作品に引けを取らない高いレベルで作り上げた。

財団法人国家実験研究院高速ネット計算センターもポスプロに加わった。つまり、台湾のテレビドラマがスーパーコンピュータとコラボした記念碑的作品となったのである。映画『ライフ･オブ･パイ』や『黒衣の刺客』などでも台湾のポストプロダクション技術は徐々に認められつつあり、同センターでも画像化ジャンルの人材を計画的に養成している。

「政府から得た6000万元で、若い世代がポスプロの全工程を経験し、かつ彼らに歴史を伝えることができれば、6000万の価値は大いにあります。アイドル･ドラマを作って何の影響も残さないよりは」と曹瑞原は言う。

かつて『冬のソナタ』『秋の童話』などでアジアじゅうが韓国ドラマの発展を知り、質の高い日本の大河ドラマは華人にもファンが多い。アリババ･グループ総裁、馬雲も映像産業のソフトパワーに注目し、積極的に投資や人材養成を進めている。中国のドラマ『宮廷の諍い女』は台湾でも幾度も放映されるなど、テレビドラマの文化的影響ははかり知れない。

曹瑞原は「やりたいのは、ドラマを作ることだけでなく、我々にもこういうことができる、ということを多くの人に見せることです」と言う。

白先勇の原作で、陳小霞が音楽、董陽孜が題字、方序中がデザインという顔ぶれの『一把青』は、曹瑞原監督のこだわりによって、芸術文化と映像産業各界が協力し、台湾映像産業の実力を示した。この作品が、社会の思考や若い世代との対話を生み出し、視聴者にとって収穫となることを期待したい。

衣装から道具、背景まで丹念に作り上げ、30回シリーズの製作費は1.8億台湾ドルに上った。（台北創造提供）

史料蒐集は難しく、脚本の黄世鳴（右）は2年半をかけてようやく脚本を完成させた。写真は彼と女優の楊謹華が演技について話し合う様子。

金曲賞受賞者である音楽家の陳小霞（右）は、今回も曹瑞原に感動させられ、サウンドトラックの制作を引き受けた。

空軍を題材とする映像の制作は非常に難しく、スタッフは限られたリソースの中で懸命に努力した。（台北創造提供）

空軍を題材とする映像の制作は非常に難しく、スタッフは限られたリソースの中で懸命に努力した。

『一把青』は強い気概を持って台湾のドラマ制作に新たな一ページを開いた。