メイカー・バーは、来年春には都市計画のために取り壊される台北金山南路のビル内にある。取り壊しまで放置される3年間、イノベーション産業とNPOによる無料使用にビルの株主が同意したことで、この場を利用できるようになった。
約100坪のスペースで、間仕切りがあるのは会議室だけ。その他は単独でもグループでも仕事ができるオープンスペースだ。
資源を共有するメイカーの天国
メイカー・バーは会員制で、一般会員は月2000元、学生は750元、一日のみの利用は300元だ。現在入居している固定会員は10人、デジタル建築設計事務所とオンライン教育プラットフォームHahowである。そのほかの多くの人は不定期にここを利用している。特にレポートや作品を提出する学生の利用が目立つ。
この他に、講座のための空間のレンタルもしており、他の機関と共同でAruinoや3Dプリント、はんだ付けなどのカリキュラムやワークショップも行っている。
メイカー・バーを創設した闞凱宇、許毓仁、沈芳如はいずれも30代前半で、それぞれデザインや建築を専攻してきた経験から、最初は同じ分野の人々をターゲットとしていた。
闞凱宇は、交通大学でデジタル建築を学んでいた時、学校では3Dプリンターやレーザーカッターなどの設備を使用することができたため、メイカー・バーにおいてもこれらの設備に重点を置き、ハード開発やデザインなどの分野にターゲットを定めたいと考えた。
沈芳如は当初、自分のやりたいことが明確な人が集まってくると考えていた。だが、工業デザイナーや起業グループの大多数は自分たちのオフィスを持っている。また、ハード開発はハードルが高いため、起業を目指す人は比較的少なく、ここに入居する人の大部分は結局サイト運営のグループだった。
オンライン学習の場――Hahow
Hahowはメイカー・バーに入居している若者のグループだ。台湾大学を卒業した6人がここをベースとして設けたオンライン学習・資金募集プラットフォームである。
「クラウドファンディングとオンライン教育映像を結びつけたプラットフォームは、ここが初めてです」とHahow創設者の一人、CEOの江前緯は言う。彼は在学中から、台湾では専攻分野以外の物事を学ぶのが難しいと感じてきた。文科系に進んだ人は永遠にホームページを作ることができず、大学で他の学科へ移るか、受験しなおさなければならない。「実際には、誰でも人と違う何かを持っているので、一定のお金を払ってそれを学ぶことができるのではないかと考えたのです」と発想の経緯を語る。
人に何かを教えようとしたら、まず場所を探さなければならないし、学びたい人も時間や場所を考慮しなければならず、思うようにいかないが、これらの問題をHahowは一度に解決する。
このプラットフォームでは、教える側は、自分が投下したコストと、創造する価値によって料金を定めることができる。江前緯によると、これまでずっとYouTubeが唯一の映像プラットフォームだったが、映像制作にどれだけ資金をかけても、また、その価値がどれほど大きなものであっても、閲覧回数が1000回に達するごとに30元の報酬しか得られない。「実際には、何かを学ぶためなら、合理的な料金は支払えるという人は大勢いるのです」と言う。
このプラットフォームにはインタラクティブな機能もある。「これまでのオンライン・カリキュラムでは、先生は生徒が何を学びたいのか理解できませんでしたが、Hahowでは、あらかじめ情報を得て修正することが可能です」と言う。
Hahowで授業を行なうには、まず3分間の短い影像をアップして反響を見て、コストと価値から料金と目標人数を設定し、資金が目標に到達したら正式に影像を制作して授業を開始する。
イギリスで修士課程に学ぶ女性は、博物館内で撮影が許可されている作品を映像に収めて解説をするという授業を行なった。1回の授業が288元で目標30人という彼女が設定した目標はすぐに達成され、5月末から映像がアップされた。
Hahowは今年(2015)2月にスタートし、5月初旬現在、すでに600余りの授業が資金を集めて公開された。カリキュラムの内容はさまざまで、ホームページの作り方、イラスト、英語の自己紹介の書き方、癒し系イラスト入りレシピ、DJ入門などがある。
「将来、何かを学ぼうという時に、誰もがHahowを思い起こすようになればと思います」と江前緯は言う。起業は難しく、今のメンバーにはまだ給与は支払えていないが、毎日メイカー・バーで朝10時から夜中の12時まで働いている。幸いここはスペースが広くて使用料も安く、またさまざまな分野のプロや面白い人に出会えるので、それが大きな力になっているという。
オープンソースとコラボレーション
ここで起業やモノづくりに取り組む人々は、スペースや機具が使えるだけでなく、多くのリソースを得る機会もある。
沈芳如によると、ベンチャー・キャピタルの人もしばしばここを訪れて出資対象を探しているし、政府機関による支援が提供されることもあり、コワーキングスペースに入居することでリソースを得る機会が増えるという。
オープンソースとコラボレーションというのがメイカー・バーの核心価値である。その典型的な事例は、放射線測定器プロジェクト、Safecastであろう。
闞凱宇によると、Safecastは日本の福島第一原発事故をきっかけに生み出された商品だ。コラボのメンバーは世界各地に分散していて、ニューヨークのある人がプログラムをデザインし、ロンドンにいる人が部品を設計し、さらに多くの人がネット上でそれらに修正や改善を加えて完成させたのである。
メイカー・バーでは昨年、台北市文化局と共同でオープン・デザイン・シティというプロジェクトを実施した。これもオープンソースとコラボの概念で、6人のデザイナーを招いて台北市の問題と都市デザインを考えた。
政府文化部が支援する「メイカー地図プラン」は、台北市のどこでどんな部品や材料が手に入り、どこで製造加工できるかをマップ化し、外国人に提供するというものだ。
台湾は受託生産で経済を成長させてきたが、今は注文が外国へ流れてしまい、残った工場は少量生産へと転換している。「外国人は、台湾で製造できることを知らないかも知れないし、どこで何ができるのか知りません。そこでネット上のメイカー地図が参考になります」と闞凱宇は言う。
ノマドワーカーに最適のスペース
インターネットで人々の生活は変わった。今では、仕事の場はオフィスに限らない。
メイカー・バーは海外のサイトNomad listにおいて、台湾で最良のコワーキングスペースに選出された。広々としたオープンな空間が外国人好みだからだと沈芳如は考える。
この2年、台湾では少なからぬコワーキングスペースが生まれたが、スペースはあっても、入居者や利用者は決して多いとは言えない。これらのスペースを求めているのは、どういう人なのだろう。沈芳如は、台湾国内だけでは、これほど多くのコワーキングスペースを支えることはできず、外国人をひきつけなければ経営は成功しないと考えている。「タイや日本、中国大陸の深圳など、コワーキングスペースが成功している地域は、特に外国人の多い地域なのです」と言う。
この問題を解決するには規制緩和が必要だと沈芳如は考える。例えば、台湾における外国人の起業の条件を緩和し、在留条件を緩和すれば、外国のメイカーは競って台湾に来るかも知れない。台湾は外来の人々にやさしい国であり、台北市の生活費はアジアの他の都市より安く、起業にふさわしいのである。
外国人メイカーが入居すれば、それによって空間は活性化し、メイカー・ムーブメントも現地に広がっていく。そして地元のメイカーも刺激を受け、メイカーが育つ環境や条件が少しずつ育っていくのである。
メイカー・バーを創設した沈芳如と闞凱宇(右から1人目と2人目)、そしてここに入居するHahowのメンバーたち。
3Dプリンターやレーザーカッターなど、メイカーが求める設備も揃っている。
メイカー・バーのメンバーが製造したバーテンダー・ロボット。
コワーキングスペースでは、異なる分野の人々との交流を通して思いがけないアイディアが生まれる。