土地に心を掴まれ
ベトナムに根を下ろすまでのいきさつについて洪さんから聞いたわけだが、不思議なのは、多くの台湾人がベトナムに来ると同じような心境の変化を経験するということだ。図らずもベトナムに来た彼らだが、ベトナムがくれる機会と栄養がこうした人たちをベトナムに留まらせ、それぞれの分野で実を結んでいる。
ベトナムのおかげで作家としての人生をスタートさせた洪徳青さんは、ディープなベトナム旅をする多くの人の参考書となった『南に向かう足音』や、『ベトナムの王子、彭瑞麟の写真館に足を踏み入れる』を執筆し、この時代における写真、国際政治、外交といったあまり注目されてこなかった興味深い歴史的要素をひも解いた。
東南アジア問題に関心を持ち続けてきたマスコミ業界の廖雲章さんは、家で働いてもらっているベトナム人の手紙が読めるようになりたいと思っていた。ちょうど仕事に疲れていた頃で、時間を取りホーチミン市人文社会科学大学に短期留学し、女性の視点から、現地での見聞を『サイゴン100日放浪記』にまとめた。ベトナムで体験した人情と築いた人脈は、以来、廖さんが東南アジアに注目する上での大切な座標軸となっている。
20年以上にわたって台湾とベトナムの二国間比較研究に携わってきた蒋為文教授は、言語学的な研究を通してベトナムに注目した。その後、蒋教授は、外国文化の激しい勢いに押されながらも、依然として民族の主体性を維持しようと努力しているベトナム人の民族としての自信としなやかさは、台湾でも見習うに値する点であることに気づいた。そのため、学術研究だけでなく、台湾ベトナム文化協会や台湾語ペンクラブなどの民間団体を通じて講演会やフォーラムなどのイベントを積極的に開催し、台湾とベトナムの市民交流推進の重要な旗手を務めている。
台湾人ビジネスマンたちはこう言う。台湾人は連帯感やしたたかさを持つことから、金融危機や華僑排斥事件が起きてもひるまず、むしろ粘り強さが倍増すると。こうした姿勢は、ベトナム人の『柔中に剛あり』という民族性に一致している。
このように背景は違えど、台湾の人たちはベトナムでそれぞれに力のかけ所を見つけている。「ベトナムの土地には心を掴まれてしまう」と、この土地に長く住み、根を下ろした人は語る。彼らのベトナムでの出会いにより、観光にくわえ台湾とベトナムの複雑かつ繊細な交流が展開されてきたことは、世界の枠組みの下、両国の関係が古の時代から現在まで途切れることなく、絡み合いつつ密接に結びついてきたことを物語っている。
台湾人教育者の理念のもと設立されたローレンス S.ティンメモリアルスクール。
ベトナムには多彩な軽食文化があり、街を歩けば、食欲をそそられる庶民の味覚との出合いも多い。
戦乱の時を経て、大きな可能性と魅力を秘めた国として勃興するベトナム。
ビエンホア市のタンラン寺に祀られている陳上川の神像は、台湾とベトナムの歴史的なつながりを示している。(提供:蒋為文教授)