シュッ！バシッ！　高速でシャトルを打った瞬間、破裂するような音が響く。今年（2021年）8月に行われた全国バドミントン･ランキング･トーナメントで、甲クラス選手のラリーが続く。ショットの激しい音が、爆発音のようにあちこちで起きる。

聴覚に障害のない選手であれば、向かってくるシャトルの音で球速を判断し、カットかドロップで返す。だが完全に「ミュート」状態の沈彦汝も、同様にカット、ジャンプスマッシュを決め、見た目は何の違いもない。

これは彼女が何年も人の倍以上の努力を積み重ね、挫折や停滞を経てもなお、シャトルを追い続けて手に入れた成果なのである。

挫折を乗り越える者

2019年の第一次ランキングトーナメント。ファイナルマッチで、百戦錬磨の沈彦汝が初めて試合中に涙を落とした。

その前の2018年のトーナメントでは、ベスト16のジンクスに勝てず、淘汰された。2019年にようやくベスト4まで勝ち進んだものの、すでに精神的にギリギリだった。

トーナメントのために、沈彦汝はまるでロボットのように、こんなショットにはこの返球というレベルまで練習をしていた。だが自らへの要求が高すぎ、バックハンドやヘアピンの動きの修正を繰り返し、細かい所にこだわりすぎ、心身ともに消耗しつくしていた。

最後の2回の対戦では、あと1回勝てば甲クラスに昇級と分かっていながら敗戦した。「まるで壊れたロボットみたいに、トレーニングの時の動きができなくて、焦れば焦るほど視野が狭くなって、動きに迷いが出てしまいました。相手の攻撃が見えていないかのように、しっかり戦えませんでした。なんて長い試合だろうと感じていました」と振り返る。実際には試合はたった二十数分で終わったのだった。

敗北を喫した沈彦汝は自らを見つめ直し、次の試合に備えた。ラケットを持って練習したいという欲求を抑え、筋力･重量トレーニングに励んだ。調整を終えて臨んだ第2次トーナメントでは、完全に力が抜け、力むことはなかった。自分より強い選手を相手に、1時間を超える対戦でも「自分を超える」決心で、同じくシード選手である相手を下した。そして、聴覚障害の選手として全国で初めて甲クラスに昇級し、自分でも信じられなかった夢をかなえた。

2022年にブラジルで開かれるデフリンピックに向けてトレーニングに集中する沈彦汝。

競技で停滞から脱出

沈彦汝は、出生時に片方の聴力に極めて重度の障害があり、もう一方の耳は中～重度の障害があり、「ママ」と呼んだのは3歳になってからだった。補聴器をつけたが、沈彦汝にははっきり聞こえず、かえってうるさく感じた。また、他人の視線も気になって、よけいに内向的になり、言葉を話すことはほとんどなかった。

小学5年のときに、台湾区運動会（現在の全国運動会。国体に相当）の選手のお母さんに勧められて、高雄獅湖小学校のバドミントンチームに入った。バドミントンは上手かったが、チームのメンバーに除け者にされてしまい、ますます話さなくなった。

沈彦汝の母･王美青は、最初は勝つためではなく、娘がスポーツを通じて人と関わるようになってほしいと思っただけだと言う。中学のスポーツ強化学級に入ってからは、相手のショットが聞こえずシャトルが来てから動き出すため、いつもスタートが遅いことに気づいたが、心配しつつも、どう手助けしていいかわからなかった。

だが沈彦汝は、補聴器がないほうが集中できた。負けず嫌いの強靭さで走りに集中し、多彩なショットを繰り出すようになっていった。

「子供の時は試合は嫌いでした。勝つためにバドミントンをするのが嫌だったんです」2012年、沈彦汝は国の代表選手として、韓国で開催されたデフアジア選手権に参加した。「私でも聴覚障害の選手を代表して海外で戦える。バドミントンで国に貢献できるんだと気づいたのです」この栄誉が、競技に向かう動機になった。

2015年、沈彦汝は台湾の聴覚障害選手を代表して、ブルガリアで開催された「第一回世界デフユースバドミントン選手権大会」と「第四回世界デフバドミントン選手権大会」に出場した。

1ヵ月余りにわたる大会では、シングルス、ダブルス、混合ダブルス、さらに団体戦もあり、毎日4～5試合をこなし、2種目それぞれ2週間のスケジュールで、全部で百を超える試合に出場した。「試合ではほかのことは考えず、打てば打つほど集中でき、打っているうちに相手が誰かさえ忘れてしまうほどでした」と沈彦汝は話すうちに笑い出した。

成人の部のデフバドミントンの決勝では、大柄な著名選手Katrin Neudoltと対戦している。強敵に気圧されながらも、集中して最後の一球まで追い続けた沈彦汝が、二つの国際大会のシングルス金メダルを手に入れ、チャイニーズタイペイ･デフバドミントン･ナショナルチームにおいて、個人で二つの金メダル獲得という記録を打ち立てた。「競技のおかげで、私にもこんな目標が達成できるんだと知りました」初めて世界選手権に進出した沈彦汝を、競技が、停滞から抜け出させ、練習を続ける目標を与えたのである。

パラリンピックのバドミントン選手で、高校と大学の同級生でもある方振宇と練習をした後、互いのプレーを分析し合う。

限界を突破

沈彦汝は国立体育大学球技スポーツ学科に初めて入学した聴覚障害を持つ学生である。2017年のトルコ･デフリンピックに参加した後、世界ランキングで聴覚障害選手1位となり、デフバドミントン界の女王となった。

体育大教授でバドミントンヘッドコーチの紀世清は、沈彦汝は積極的なタイプの選手で、吸収する力が強く、攻撃も守備もできるオールラウンドプレーヤーだという。朝練1時間、午後4時間、週22時間の正規のトレーニングで、大学3年のときに台湾の甲クラス選手になり、台湾が開催国となった世界デフバドミントン選手権で再び女子シングルスとダブルスで金メダル、団体銅メダルを獲得した。

大学に進学して最も変わったのは、自分に限界を定めず、オープンであるよう心掛けたことである。大学3年のときに大学のフレンドシップ･アンバサダークラブに入り、チャイナドレスを着て、大学の正式な場で来賓を案内した。友達と一緒にナイトスポットにも行った。デフバドミントン選手権の後は、ストレス解消を目的に、一人でインドネシアに行き、競技で知り合った選手たちを訪ねて一緒に遊んだ。

オフのときには、一人で美味しいもの探しに行くのが好きだという。Googleマップで作った沈彦汝のグルメマップは、友達が集まって食事をするときの最高のガイドになっている。

コーチのアルバイトもしている。だが、心身に障害を持つ人にとって、教えることは難しい。保護者の中には障害者と接したことがなく、健常者に教えてもらいたいと言う人もいる。そうした状況をなんとか克服し、気持ちを切り替えて、教えることに専念する。時間が誤解を解いてくれることを願いながら。

コロナ禍で2021年のデフリンピックは延期され、2022年にブラジルで開催されることになった。沈彦汝は大学の強化練習に専念し、対戦に備える。カットを得意とし、実戦では臨機応変に素早く対応できる沈彦汝は言う。これからもずっとバドミントンを続け、コートでシャトルを撃ち込むパズルを組み立てていきたい、と。