東台湾の晴れ渡った青空をカンムリワシが旋回する。ここは金峰郷の拉冷冷集落の丘の上だ。カランカランという音が響くので目をやると、79歳の温貞義がビールの空き缶をつなげたひもを引っ張っていた。畑の鳥を追い払う仕掛けだが、群れを成すコシジロキンパラは驚きもせず、アワの穂につかまって実を食べ続けている。温貞義が畑の中まで走って行ってやっと飛び去った。

夜が明けたばかりの早朝5時、温貞義はアワ畑にやって来る。「鳥より早く出勤しないと。賢いから、こちらがうたた寝でもしようものならすぐ飛んでくる。日が沈むと巣に帰ってくれるのでやれやれですよ」穂が熟すまでの1カ月、ずっと畑を監視する必要がある。少しでも目を離すと、珍しいニュウナイスズメまで加わってご馳走にありついているという。無力感や腹立ちはアワ栽培の常で、こうした作業が収穫を左右する。

アワ栽培の復活

台湾のアワは独特の味わいがあるので価格も輸入物の4～5倍し、市場は供給不足だ。慈心有機農業発展基金会（以下「慈心基金会」）の蘇慕容‧事務局長の分析によれば、栽培面積を拡大したくても鳥の害を考えるとできない。鳥を追い払えなければ、食べつくされてしまうからだ。

2019年6月に国家発展委員会の「花東地方6次産業化計画」を受けた慈心基金会は、花東地方（花蓮‧台東）代表作物のコメはともかく、台東と言えばアワなので、この作物によって国産雑穀自給率向上と多様化を目指すことにした。

ただ、それより早い2015年の農産物6次産業化計画をサポートした際、慈心はアワ栽培の衰退や栽培再開の困難を目の当たりにしていた。蘇慕容によれば、台東の金峰、太麻里、大武、達仁の4郷の場合、実際のアワ栽培面積は50ヘクタールに満たず、農家の高齢化も進んでいる。畑が斜面や砂利地にあれば機械化もかなわず、かといって畑を一地域に集中させれば鳥害が深刻化する。

アワの栽培には、鳥害の解決、経済効率の向上、そして品種保存を考えなければならない。

空き缶をつないだ鈴やビニールの鳥追い旗、防鳥ネットなど、あらゆる方法で鳥の害を防ぐことが最も重要だ。

鳥追い大作戦

鳥害の解決のため、集落と農業関係機関はさまざまな方法を試した。鷹に似せた凧やカカシ、また農業委員会台東区農業改良場では「鳥追いロボット」まで発明した。太陽光発電で動くのだが、鳥への効き目は長く続かない。数日すれば鳥たちも偽物だと気づいてしまうのだ。

台東区農業改良場の長年の実験によれば、太麻里、金峰、大武、達仁などの小面積の畑なら、開花後に防鳥ネットで覆えばよく、これなら日がな畑を見張っている必要もない。農業推広課の陳振義課長は、人工の防鳥設備はこちらの畑からあちらへと鳥を移動させるだけだが、ネットなら100％防鳥できると言う。収穫高で見れば、0.1ヘクタール弱の畑で、人工防鳥設備を用いた場合は収穫率は50％で約150キロの収穫しかないが、ネットを使えば300キロと、倍になる。

陳振義はこう提案する。ネットは通風性や遮光率を考えて、目合い1.5センチの無結節のものであれば、小さい鳥でも入れず、効果が高い。多良村など面積の広い畑の場合は、農家同士で種まきの時期をそろえれば結実も同時期になるので鳥害を分散させることができる。

ただ、防鳥ネットは0.1ヘクタール弱の畑で1.5万元ほどかかるため、「そんなに投資するよりは、1日12時間以上でも自分で畑を見張っていた方がいい」と考えるお年寄りもいる。だが陳振義によれば、鳥追いに人を雇えば日給1000元にスタミナドリンク1本、ビンロウ2箱、弁当1個をつけなければならず、それと比べれば、設置後4～5年はもつネットの方が割に合う。

すでに慈心基金会のサポートを得て、国家発展委員会と原住民族委員会に対し、金峰郷の地方創世経費として防鳥ネット設置費を申請した。早ければ8月か9月の栽培には使用できそうで、効果が期待されている。

次世代の農法

農家の高齢化を考えると、小型農機具を導入するのも一つの方法だ。

拉冷冷区でのキヌア栽培推進計画の責任者だった周思源は、同地区の3分の2の畑が主に高齢化が原因で耕作放棄地となっているのに気づいた。それにキヌアやアワは買付け価格も低く、経済的に魅力がない。そのため周思源は2018年に「代耕チーム」を結成、耕耘機で除草や耕耘を手伝うほか、機器による「条まき」も行い、従来の手作業による農家の負担を軽減した。

また代耕チームは農業改良場に病虫害予防支援を依頼し、除草剤や化学肥料を使用しない農法を奨励した。これは消費者にとって魅力となるからだ。こうして周思源の立ち上げたブランド「原穀伝説」はオーガニック‧ショップ「里仁」でも売られるようになり、買取り価格も1キロ80元から160元に上がった。しかも代耕チームの協力により、拉冷冷区の栽培面積はここ数年で10ヘクタール弱から17ヘクタールに増加、季節によってキヌアやキマメ、ローゼルも裏作する。

周思源は「南迴友善耕作雑糧合作社」の設立を計画中で、代理栽培の面積を南迴地区にまで拡大し、自然にやさしい農業に賛同するメンバーを集めるつもりだ。現在のオーガニック市場における台湾産アワは供給不足で、1カ月の需要が3000キロなのに、供給量は300キロしかない。つまり育てさえすれば、売れないという心配はない。

ほかにも慈心基金会は、農業委員会種苗改良繁殖場が開発した、微生物製剤による種子コーティング技術の導入を支援した。またプラグトレー育苗法も開発し、これによってアリや鳥による脅威を減らして発芽率を高めるほか、間引き作業の手間も減らせる。

慈心基金会と農政部門によって、栽培者、発芽率、生産高を増やす努力が懸命になされ、すでにファミリーマートとも商談がまとまった。あとはアワ栽培地のさらなる拡充を実現するだけだ。

防鳥ネットで畑全体を覆えば100％の効果を上げることができる。

文化の復興

蘇慕容の言う「アワの多様性が失われれば文化も失われる」という危機感ゆえに、政府が国産雑穀自給率向上を掲げる前から、集落のリーダーや若者は品種保存や栽培再開に向けて行動を開始、アワ文化流失をくい止めようとしていた。

太麻里郷拉労蘭集落「小米工坊（アワ工房）」は、集落のリーダーである戴明雄牧師の主導の下、2005年から3ヘクタール弱の土地でアワ栽培復活に取り組み、今では10ヘクタール近くに増えている。自然にやさしい農法を進めながら、祖先からの教えにもならい、休耕や輪作などの方法で土地を休ませるようにしている。

戴明雄は「アワ栽培復活は、文化の復活でもあるのです」と言う。1996年に拉労蘭集落で祭儀復活を計画し始めた際、作物のアワがないことに気づき、それでやっとアワの消失は自らの文化消失につながると気付いた。

「冬が過ぎて春の初めにアワを植えるのが、1年の祭儀の始まりです。アワの価値は食物と言うだけでなく、天の恵みを忘れず、この大地をしっかり世話することを心に刻むためです。我々が大地にやさしくすれば、大地もそれに報いてくれる。いわば愛の交流です」と戴明雄は言う。

戴明雄の呼びかけに応じ、パイワン族の青年、林建中は10年余り前に故郷に戻り、アワを植え始めた。やはり故郷にUターンした青年らが育てたキヌアやキマメとともにブランド「後山宝食」としてファーマーズマーケットやネットショップで販売され、アワの販売ルートを拡大している。「小米工坊」の農産物は、大企業「義美食品」に買付けられたことで価格も上昇し、それが達仁や大武一帯のアワ栽培再開にもつながった。

アワを収穫するには、まず葉を取り除き、穂の茎を30センチつけたまま指で折り、それを結束して日に干す。日干しにした後は、穀倉に入れて保存する。

アワ文化の復興

取材班は金峰郷嘉蘭集落に足を延ばし、自給自足農業を続ける欧春香を訪ねた。「品種保護おばあさん」と呼ばれる68歳の欧春香は、日焼け防止の衣類で全身をびっしり覆い、アワ畑で自作の鳥追い旗を振り回していた。

「魯湾」というルカイ語の名を持つ彼女は、16品種のアワのタネを持つ。その中には後継者の途絶えてしまった品種もあるが、魯湾はアワの系譜に基づいてそれらに名をつける責任を負い、決して業者に売らないようにしている。原住民族によくある茶目っ気で彼女はこう語った。「作ったアワはつい親しい人にあげてしまうので、儀式には足りなくなるのですよ。1年365日、私は366日働いています。でもとても楽しいですよ。アワは品種によって生活での使われ方も異なります。粘り気のある白いアワは産後や病み上がりに、灰色のアワは漢方薬に使われたりします」

達仁郷土坂集落から来たパイワンの狩人である藍保‧卡路風は、彼が「母さん」と呼ぶ魯湾から「莱麗曼（lialieman）」という種の穂を譲り受けた。「努力してこの1穂を200坪以上の畑にします。2年後には魯湾に2束返し、1束は彼女用に、1束は天への感謝用にしてもらいます」こうしたやり取りがまた、品種の継続につながる。

すでに11品種を集めた藍保は、彼の祖父の時代には100種余りのアワがあったが、どんどん減ってしまったのだと言う。「でもタロイモやサツマイモのような品種改良には反対です。経済効率だけを追うと、生産高が見込める品種ばかりが栽培され、やがて品種が減ってしまいます」

「タネは天から降ってくるものでなし、栽培し続けないと種の保存はできません」公的機関勤務の藍保は毎朝6時にアワ畑に行く。「アワの朝食に付き添って」から出勤するのだと笑った。1日18時間労働でアワ復活に努力する彼は、さらに原住民族文化継承のためにと集落で「Talem文化教室」を開き、狩りや革製品作りを教えるほか、アワの品種保存や交換なども行う。

「アワは我々の暦です。種まきは12～1月、間引きは2～3月というようにアワを軸に暦を計算します。収穫の5～6月には、アワの歌を歌いながら収穫して天に豊作を祈り、7～8月には豊年祭についての話し合いを始めます」

「アワは儀式です。収穫祭に欠かせない農作物です」「アワは遺伝子です。各家族に自分たちの収蔵する品種があります」「アワは食物です。アワで伝統料理のチナブやアバイを作り、アワ酒も作ります」と、原住民文化にとってアワがいかに重要か、藍保は一気に語った。

新香蘭教会の戴明雄牧師はこう言う。「我々の世代は差別とコンプレックスの中を歩んできましたが、アワ文化や儀式の復興で、若者たちは確かなアイデンティティを獲得し、自信をもって人々に我々の文化を紹介できます」これはアワ栽培再開時には予期しなかったことだと言う。

台湾のアワは空腹を満たすだけでなく、原住民族の収入増加、文化継承、生態保護など多様な意義を持つ。パンデミックが収束したら、南迴集落に足を延ばしてアワ料理やスイーツを楽しみ、アワ文化の豊かさを体験してみてはどうだろう。

花東縦谷はアワの重要な産地だ。

たくさんの品種のアワ。原住民族の暮らしにおけるさまざまな用途に用いられる。

周思源は原住民族が生産した穀類のブランド「原穀伝説」を打ち出し、マーケットやネットで販売している。

アワで作ったチナブやアバイは、友人が訪ねてきた時や婚礼などで出される軽食だ。

収穫の時には、天に感謝してアワ豊作の歌を歌う。