
「出生率が今年も過去最低を更新」という大きな見出しが、近年新聞で目を引いている。多くの人は、事態の深刻さをまだ感じていないが、幼児教育や子供服メーカーなどは、すでに現実の問題と感じている。
子供を産むか産まないかという個人の問題に政府は干渉すべきなのか、どうすればこの状況を改善できるのだろう。
新学年が始まる9月、花蓮県富里郷の富南小学校は創立50年目にして初めて、新入生が1人もいないという事態を迎えた。
新入生がいないのは富南小学校だけではない。近年は生徒数の減少で、廃校に追い込まれる学校が増えている。国内遊学で知られる台北県坪林の漁光小学校も含め、今年は全国で34校が廃校を余儀なくされた。
今後、生徒不足がますます深刻化するのは明らかだ。その原因は、出生率が驚くべき速さで低下していることにある。
1951年、我が国の出生率(1人の女性が生涯に生む子供の数)は7.04人だったが、それが昨年は1.12人まで低下し、一年間に生まれた子供の数は20万6000人にとどまった。世界に目を向けると、出生率が我が国より低い国はドイツとオーストリアと日本だけだ。しかし、我が国では下降の速度が速くて移行・調整期間が短すぎるため、将来的な衝撃はより大きいと考えられる。
そのため、いつの頃からか国が出産を奨励するようになった。
内政部の統計によると、台湾の人口構造の転換点となったのは1983年、この年から出生率が2.1人の「人口置き換え水準」を下回った(新生児の死亡や男女比を考慮して出生率が2.1人であれば現在の人口を維持できる)。2002年から我が国は正式に「超低出生率国」、つまり出生率1.3人以下の国に仲間入りした。

将来の台湾の人口構成の変化予測/資料:行政院経済建設委員会
非婚、子供は産まない
結婚しない人、子供を産まない人が増えている。
かつては「不孝に三あり、後なきを大なりと為す」と言われ、家の跡取りを産まないことが最大の親不孝とされたが、現代人はなぜ産みたがらないのだろう。
内政部が原因として指摘するのは、出産年齢にある女性の有配偶者率低下、晩婚化、結婚や家庭や子供を持つことに対する価値観の変化、育児サポートの不足、育児費用の上昇などだ。これらの要素は互いに絡み合っている。
有配偶者率の変化を人口統計で見ると、台湾の非婚(結婚する意思のない人、未婚の人、離婚した人を含む)人口は増え続けており、40〜54歳の非婚人口は10年前には22万人だったのが、昨年は46万人に達した。
衛生署国民健康局が昨年、20〜39歳の未婚男女を対象に行なった調査「婚姻と出産育児に対する態度」によると、4人に1人が結婚したくないと答えており、前年の16%を大幅に上回った。
出生率低下の影響は、学校の生徒不足だけではない。試算によれば「超低出生率国家」になると、10年以内に各レベルの学校の規模に影響が出始め、20年で労働力に影響が出、30年で次の世代の出生率に影響が出てくるという。こうして国の人口はどんどん少なくなり、ますます高齢化が進み、国力に深刻な影響をもたらす。
人口バランスが崩れれば、その影響は甚大だ。中でも高齢化は解決の最も難しい問題である。
出生率の低下に平均寿命の延びが重なると、高齢者人口の比率が急速に高まり、人口ピラミッドの形が大きく変わる。
内政部の李逸洋部長(大臣に相当)によると、昨年台湾では労働年齢層7.4人が65歳以上の高齢者1人を支えていた計算になるが、2026年には3.3人が高齢者1人を支えることになり、状況が変わらなければ2051年には1.54人が1人を支えることとなる。李部長によると、近年は政府も財政難で、将来的に納税人口が減少すれば、国の経済と安全保障にも深刻な影響が出るという。
出生率は、政党の盛衰にも影響する。ウォールストリートジャーナルによると、リベラル派と保守派では出生率に41%もの開きがあり、子供を産まない人が多いリベラル派は、若い支持層を失う可能性があるというのである。

子供を産んで育てるには多くの心血を注がなければならないだけでなく、少なからぬ費用もかかる。いかにして出産と育児にやさしい環境を作り、少子化に歯止めをかけるか、政府は難題に取り組まなければならない。
高齢者の爆発的増加
欧州の先進国では1970年代から高齢化が始まったが、台湾では1990年代からである。
しかし、フランスでは全人口に占める65歳以上の割合が7%から14%に増えるまでに115年を経ているのに対し、日本では26年しかかかっていない。さらに台湾では1993年に7%だったのが、2018年には14%に達すると見られており、わずか25年である。
急速な高齢化に対応する移行期間が短いため、国の政策や制度の調整も間に合わず、各省庁も対策に追われている。
ベビーブーム世代(台湾では1950〜62年生まれ)は、2014年から高齢層に入り始めるので、このまま出生率の低下が続くことを人口学者も心配している。
行政院の政務委員で台湾大学ソーシャルワーク学科教授でもある林万億さんは、21世紀の人類にとって、高齢化と地球温暖化、石油資源の枯渇、テロリズムなどの解決はますます困難になると予測する。人口高齢化がもたらす問題は非常に複雑で、しかも現在のところ、情勢が好転する可能性はまったく見えないという。
ベビーブーマーが高齢化を迎えるに従い、台湾の高齢者人口は2011から2031年までの20年間に246万人から566万人へと「爆発的に」増加する。
林万億教授は2016年が転換点になると言う。2016年、高齢者と15歳以下の人口が同じ320万人になり、その後は人口構成が逆転して高齢者が増えていき、15歳以下は減っていくのである。

結婚しない人、子供を産まない人が増え、逆にペットに愛情を注ぐ人が増えている。写真はシナネットの開いたブログ本発表会の様子。
質が量に勝る
政府は人口バランスが崩れることを心配しているが「出産奨励」という新政策に対しては疑問の声も多い。
7月中旬、中央研究院の李遠哲院長はアカデミー会員会議での講演で、エネルギーは有限であるという角度から、人口密度が世界第2位の台湾(1平方キロ当り600人)では「人口は少し減少した方がよい」と述べた。李院長は、高齢者層を支えきれないから出産を奨励するという政府の考えは間違っていると指摘する。若い層の負担を軽減するには、むしろ「健康な高齢者の継続就労を奨励すべき」だというのである。
データを見ると、台湾では高齢者の就労率という点で、確かにまだ大きな成長空間がある。
中正大学労働研究所の周玟;琪;副教授の研究によると、台湾では政策上これまで高齢者の就労を見落としてきたため、高齢者の就労率が明らかに低く、近年は定年を前倒しした退職も増えている。工業およびサービス業の平均退職年齢は55歳、公務員は56歳だ。言い換えれば、退職してから平均寿命の76歳まで20年もの日々を家で過ごすこととなる。
2004年、台湾の50〜54歳の労働参加率は64.3%、55〜59歳は48.6%、60〜64歳は33.5%で、日本の82.2%、76.6%、54.5%と比較するとはるかに低い。
では、高齢者の労働参加率を高め、退職年齢を調整することで、問題が解決できるのだろうか。
ベビーブーマーが働き盛りだった1980年代、就職競争は激しく、失業率を低下させて若者の雇用機会を増やすために、政府は早めの退職を奨励した。そして今日は退職年齢の引き上げが議論されているのである。

各国の粗出生率と老年人口指数(2004年)/資料:内政部統計年報/注:老年人口指数とは、生産年齢人口(15〜64歳)に対する老年人口(65歳以上)の割合を指す。
高齢でも働き続ける?
だが、退職年齢を引き上げるには十分な雇用機会を生み出さなければ若者の就職に影響する。また、高齢者は認知、学習、注意力、聴力、視力などの老化現象があるため、ふさわしい仕事も限られてくるだろう。
林万億教授は、21世紀に最も増える可能性のある仕事として、健康サービス、小売サービス、ネットビジネス、交通、情報産業などを挙げる。これらの分野では高齢者は競争力を備えていない。
実際、労働者の質の向上、高齢人材の活用、生産力増強などだけでは、高齢化のスピードには追いつかない。日本では定年退職年齢を60歳から65歳まで引き上げるのに20年の時間をかけてきた。20年後の2025年、台湾では高齢者が全人口の20%を突破するのだから、人材の質の向上などは今からでは間に合わない。
一方、政府が出産を奨励していることに対して、高雄市婦女新知協会の李佳燕理事長は違う意見を持っている。
李さんは、出産と育児は一生の大きな負担であり、女性は国や家族のために奉仕する必要はないと考える。ましてや、今日生まれた子供は数十年後には高齢者となるのだから、常に次々と子供が生まれてこなければならず、永遠に終わることはない。
高雄市婦女新知協会は、台湾南部の民間団体とともに「産むのが恐い連盟」を結成し、地球の生態と共存共栄するために、人口の「量」ではなく「質」の向上を目指すべきだと主張し、育児に不安のない環境作り、安くて質の良い託児システムの確立、平等で多元的な社会の確立など8つの主張を打ち出している。

子供の数はますます少なくなり、高齢者がどんどん増えていく。人口高齢化の時代を迎える準備はできているだろうか。
対応が間に合わない
これらの観点はいずれも正しいが、マクロな視点が十分ではないと林万億教授は指摘する。量より質という道理は誰にでも分かるが、では国としてどうすれば人材の質を急速に高められるのか。また退職年齢を引き上げるのに必要な各種措置は、すぐに採れるものではない。
迫りくる危機に対応するために各国はさまざまな優遇策を打ち出して出産を奨励している。しかし、政策で少子化の趨勢を止められるのだろうか。子供を産むか産まないかという個人の問題に政府が口出しできるのだろうか。
政府の人口政策が有効に効果を上げた例はないと言う人もいる。例えば1960年代には子供の数を制限するために「3人でちょうど良い、2人でも少なすぎない」というスローガンが打ち出されたが、当時、期待通りに出生率が低下した主な原因は、世の中が農業社会から商工業社会へと転換する時期に当り、避妊薬が普及したことなどもある。いま政府は逆の奨励をしているが、その効果はあまり期待できない。
林万億教授は、出生率が再び上昇する可能性がないわけではなく、アメリカやフランスなど少数の成功例があると言う。先進国の中でアメリカの出生率が比較的高いのは、移民のおかげである。
今年5月のワシントンポストの報道によれば、アメリカの最新の国勢調査の結果、5歳以下の子供の半数がマイノリティであることがわかった。
フランスで出生率が低下から上昇に転換したのは、誘引となる社会政策を打ち出したからだ。有給の産休を4ヶ月まで延ばし、子供を一人産むと3万台湾ドルの補助金が得られ、子供が3歳になるまでは毎月6000台湾ドルほどの補助金が得られる。また、3人目の子供を産んだために仕事を辞めた人には1年間、月750ユーロ(約3万1000元台湾ドル)の補助が与えられる。これに加えてフランスは託児制度が整っているため、親の心身の負担はかなり軽減されるのである。

各国の粗出生率と老年人口指数(2004年)/資料:内政部統計年報/注:老年人口指数とは、生産年齢人口(15〜64歳)に対する老年人口(65歳以上)の割合を指す。
具体的政策はどこに?
台湾でも、90年代から大勢の外国人配偶者が入ってきているが、出生率の低下は止まらない。
2003年の場合、結婚したカップル3.1組に1組が、外国人または中国・香港・マカオの人との結婚で、新生児7.5人に1人が外国人または大陸出身の親を持つ。
現在までのところ、外来の移民を母親に持つ子供は約21万人で、ベトナム人女性の出生率は1.5人、中国大陸出身女性の出生率は0.9人で、台湾人女性の平均1.2人より低いのである。
林万億教授によると、台湾人と結婚するベトナム人女性と比べて中国大陸出身の女性は年齢がやや高く、また長年の「一人っ子政策」のために、台湾人女性より子供を産む意欲が低いという。
我が国の出産奨励策は、スローガン止まりの面があり、高齢者補助金と同様、各自治体の財政状況に左右されて統一されておらず、出たり出なかったりする。今年最高の優遇策を出したのは新竹市で、子供1人目には1万5000元、2人目には2万元、3人目には2万5000元を出した。高雄市旗津区は汚水処理場からの還元金があり、1回の出産に1万元の補助金を出した。台北市では3人目以上の子供が小学校生の間、毎学期500元を出している。
人口政策について省庁間の意見は一致しておらず、出生率低下について、コンセンサスが得られていない。その影響で、移民受け入れを緩和するのか規制するのか、託児や高齢者ケアは国の責任か家庭の責任か、などの問題についても結論が出ていない。今年、林教授の働きかけでようやくコンセンサスが得られ、来年6月に人口政策白書が出される。
安心して産める環境を
今年7月に採択された人口政策綱領は「出生率低下の速度を緩める」という目標を立てている。林万億教授は、政策は人の考えを変えることはできないが、出産と育児に有利な環境を作り、産みたいと思う人の負担を軽減することはできると言う。
そのためには、まず職場での待遇を変える必要がある。約2ヶ月の産休の間、雇用主が給付していた給与を労働保険で支払うようにすれば「妊娠したら解雇される」という状況を改善できる。
また、2年間の育児休職は、給与が得られないので利用者が少なかったが、将来的には社会保険で補助金を出す考えだ。所得の低い家庭には、2歳まで政府が託児費を補助する。この他に、託児や放課後保育などの制度やサービスも向上させる必要がある。
人材の質の向上という面では、より根本的な対策を採っていく。5年後から小学校は1学級29人となり、中学も小学級制になり、将来は義務教育12年制を目指す。林万億教授によると、これらの政策実施には大きな予算が必要なので、国会でも激しい議論になるだろうが「将来の国力」のために必要な投資だという。
産むか産まないかは個人の自由だが「産みたくても不安で産めない」というのは社会の責任だ。これらの不安を解消することこそ、人口政策の目標なのである。