なぜ書店なのか。長年、東南アジアからの移住者や労働者の問題に関わってきた張正は、自分がベトナムで言語を学んでいた間、よく書店に通ったが、そのときの静けさや安心感が忘れられないという。帰国後、外国人労働者の問題に携わるようになり、東南アジア各国の言葉がわかるわけではないものの、活動の中でそれらの言葉に囲まれてきた。それに、移住労働者文学賞を催した縁で、インドネシアからやってきたエリン・チプタと知り合った。介護の仕事をしていた彼女は1年中休みもなく働き詰めで、まるで監禁されているような状況だった。だがそれでも彼女は「読書は私を自由にしてくれ、書くことは私を自由にしてくれます」と言った。これがきっかけで張正は、東南アジアからやってきた人々の読書への渇望を満たしてあげたい
と思うようになった。
当初は、モバイル書店のコンセプトでスタートしたが、書店を持つ友達に勧められ、張正も自分の「根拠地」を持つことにした。それが、東南アジアをテーマにした書店「燦爛時光」だった。
文化交流スペースとして
張正は笑いながらこう語る。書店設置を思いついてまずやったのは、店を開く適当な場所がないか、「フェイスブック大明神」にお伺いを立てることだった。果たして翌日には、「中和コミュニティカレッジの近くで『貸し出し』の張り紙を見かけた」と友人が連絡をくれた。古い建物で、かなり手間がかかったが、ボランティアや友人の手助けで、「燦爛時光」は華々しく開幕した。
現在「燦爛時光」は1階が書店だ。緑に囲まれたムードの中で客が本を読めればと、右側の壁には、張正の母親の手になる東南アジアの森の絵が大きく描かれている。そして左側の壁の絵は、宗教画を専門とするボランティアのアレックスが娘とともに完成させたものだ。書店開幕時がちょうどタイの水かけ祭りの時期だったので、水色の壁面に象が鼻から水を吹いている様子が描かれた。おまけに鼻から出る水は、東南アジア各国の国旗で彩られている。書店に足を踏み入れると、これらの絵にすぐ目を奪われる。ここではまた、定期的に各界の専門家を招いて東南アジアでの経験を語ってもらい、交流する催しが行われている。
2階は、「映画の会」の上映場所で、将来的には小劇場の公演やリハーサルの場にも用いる計画がある。3階は語学教室だ。東南アジアからの移住者が講師として壇上に立つことで、台湾で生きる自信につながることが期待されるし、また、台湾で徐々に高まりつつある東南アジア語の学習ニーズに応えるためでもある。現在、ベトナム、インドネシア、ミャンマー、フィリピン、タイ語のクラスが開かれている。
自分には読めない本を持って帰る
書店に並ぶ書籍は、東南アジア関連の中国語書籍のほかに、人々が東南アジアから持って帰ってきてくれた書籍もある。
2015年初頭、外国人労働者が読める本を増やそうと、張正は「自分には読めない本を台湾に持ち帰る」プロジェクトを呼びかけた。旅行や仕事、ボランティアなどで海外に出て東南アジアに寄ることがあれば、新書でも古書でも、自分のできる範囲で、現地の書籍を1冊台湾に持って帰ってこようというものだ。これは広く反響を呼び、書店には本を携えて訪れる旅人がたびたびやってくるようになった。書棚には、ベトナム語版『ドラえもん』や『名探偵コナン』、タイ語版の幾米『月亮忘記了』、それにタイ語、ベトナム語、カンボジア語の『星の王子様』もあり、いずれも心ある人々が東南アジアから持ち帰ったものだ。
また、各地から送られてくる書籍もある。ある時、カンボジアの国際NGOから小包が送られてきたこともあった。台湾を訪れた仲間から書籍募集の話を知り、カンボジア語の教科書を届けてくれたのである。こうして書籍が縁となり、台湾と世界とのつながりが生まれている。
古書への不当な扱いに抗う
「燦爛時光」には独自のルールがあり、レジの前に「三つの『違い』」として説明が書かれている。つまり、書店と違い、本は売らずに貸すだけ。次に図書館と違い、貸し出しに期限は設けない。最後に貸本屋と違い、デポジットは全額返却する、というものだ。
また、本を読んだ人が書籍を通じて互いを感じられるよう、借りた本に線を引いたり、余白に感想や批評を書き入れたりするのもいい。
本を借りる際に本の原価をまずデポジットとして払い、返却時に全額が戻って来る。しかも返却期限はない。張正が考えた書籍流通方法だ。
それは、借り手の経済的負担を減らすためでもあるが、古書の不当な扱われ方に抗う意味もある。つまり、一般の商品は新品でないと値段が安くなるとしても、書籍は誰かに読まれた後でもその価値は変わらず、むしろ読み手同士が感想を分かち合うことで価値が増す、と張正は考えるのだ。だから彼は、本の余白に感想や批評を書き加えることで、読み手同士の対話になれば、と望む。ネットでの対話に似たことが書籍の上でも繰り広げられ、読み手が互いの体温を感じて交流する。そうした交流があるので読者はまた書店を訪れる。それが張正の願う光景だ。
東南アジア読書大連盟
「燦爛時光」には、何だろうと店をのぞく人が多く、考えを同じくする人も次第に集まってくるようになり、各方面からさまざまな支援の手が寄せられている。
書店のボランティアとして働くリリーによれば、ある日、移民署職員がやってきて、不法就労者収容所に拘留されている人々のために、ベトナム語の読み物を探していると言った。その職員はこうも語った。被収容者は日がなすることもなく、不安な日々を送っている。ある日彼らに、東南アジア数ヶ国語で書かれた『四方報』を与えたところ、彼らの目に輝きが戻った、と。リリーがこの話をフェイスブックに書くと、多くのコメントが寄せられた。「もしすべての収容所に東南アジアの書籍があれば」という考えは、南部の移民署の共感も得た。そう遠くない将来には、各収容所に東南アジアの書籍が置かれ、被収容者が読書を楽しめるようになりそうだ。
根拠地が「燦爛時光」だけでは足りないので、張正はモバイル書店の形式で活動を続けるほか、ほかにも根拠地を拡大し、「東南アジア読書大連盟」を組織する。桃園の「望見書間」、嘉義市の「島呼冊店」、台中中埔の「頂六紅焼牛肉麺店」、東勢の「東隆五金行」、豊原の「移動児102」、新竹市の「阿然的呉屘小吃店」、宜蘭南方澳の漁工書屋などが続々と加わり、外国人労働者や移住者に読書の機会を提供している。牛肉麺店や弁当店、金物屋なども混じっているが、書店の構えがなくてもかまわない。スーパーマンが変身の場に使う電話ボックスのように、足を踏み込めば、にわかに読書の世界に没頭できるような、そんな場であればいいのだ。
さらに喜ばしいのは、インドネシアからの労働者たちが張正の活動の影響を受け、「読書文化促進協会(GEMAS, Gerakan Masyarakat Sadar Baca Dan Sastra)」を立ち上げたことだ。労働契約期間が終わって帰国した後、それぞれの故郷で公益図書館を開設し、読書文化を村々に根付かせようというものだ。
インドネシアから来て台湾で介護の仕事をしていたエリンは、GEMASのメンバーだ。今年は移住労働者文学賞の受賞で台湾を再び訪れた。長旅に携えてきたのは、スーツケースいっぱいのインドネシアの本で、「燦爛時光」でそれらの本を広げ、彼女は幸福な笑みを浮かべていた。エリンが故郷で開設準備した図書館もすでにオープンした。「学歴が足りないと図書館には雇ってもらえなかったので、自分で図書館を作ることにしたのです」各方面から書籍60箱を集め、家の壁いっぱいの書棚に並べた。いつでも誰でも読書に来てくださいと歓迎している。
社会の支援を
現在、書店に来る客のうち、東南アジアの人々は1割に満たない。介護に携わる人の多くは休みがないし、書店は工場密集地からも遠い。東南アジア読書大連盟に加わる店がもっと増えれば、労働者が気軽に読書に親しめる、と張正は考える。
書店経営について尋ねると、張正は楽観的にこう答えた。お金を稼ぐためにやっているのではなく、台湾と東南アジア相互の理解を深める文化仲介役が果たせればと考えている。理解が深まれば接し方も平等になる。インタビュー当日、張正は近所に住む一人の年配者を訪ねる予定があった。その人物は、書店に出資したいので、書店の理念を理解したいと言ってきたのだ。もしかしたら、これが個人書店にとっての経営持続の道かもしれない。昨今流行りの少額出資のように、各自が異なる方法で社会のさまざまな問題に心をくだく。自分には読めない本を海外から持って帰るのも、理念を同じくする書店に出資するのも、そうした方法の一つだ。それは、張正がよく引用するインドネシアのことわざ「闇夜を照らす火となる義務が一人一人にある」のようなものだ。
書店の名は、張正の恩師である成露茜が亡くなった際、天下雑誌社から出版された成露茜に関する書籍『燦爛時光』から来ている。張正はこう言う。「燦爛時光の存在が、東南アジアからの労働者に読書の機会を提供し、彼らにとっての燦爛と輝く時間となってほしい。また台湾人にとっても、書店に足を踏み入れ、異なる文化に接することは、光り輝く経験となるでしょう」
燦爛時光は、学校帰りの子供たちが立ち寄る場所にもなっている。
平凡な外観の「燦爛時光」だが、ここには東南アジアの書籍が豊富にそろっている。
書店2階の片隅には、ベトナム出身の移住労働者トラン・ティ・ダオが、張正と東南アジア各国の人物を描いた作品が飾られている。
カンボジアに駐在するNGOから送られてきた現地の教科書。表紙に店の印が押されており、貸し出しの機会を待っている。
インドネシアから来た移住労働者たちが結成した「読書文化推進協会」では、 メンバーそれぞれが帰国後に故郷に公益図書館を開設することを目標にしている。(燦爛時光提供)
第二回移住労働者文学賞を受賞したエリンが授賞式のために再び台湾を訪れた時、スーツケースいっぱいのインドネシアの本を携えてきた。
エリンがインドネシアで運営する移動書庫。(エリン・シプタ提供)