生殖医療の限界
戴さんと同じように、年齢の影響を知らずに軽んじている女性は大勢いる。
成功大学医学部公衆衛生大学院の許甘霖准教授は、2006年に1000人余りを対象に「台湾地区における25〜44歳の妊娠出産に対する知識と態度」調査を行なった。それによると、「何歳から妊娠能力が顕著に低下するか」という問いに、4割の人が「知らない」あるいは「50歳以降」と答え(正解は35歳)、3割近い人が「40歳以降の体外受精の成功率は50%以上」(正解は41〜49歳で体外受精治療を受けた人の平均妊娠率は15.5%)と答えた。
誤った答えをした人の多くは大学や大学院以上の学歴だ。許甘霖は、高学歴で社会的、経済的地位の高い人の多くは、若い時には「仕事に力を入れ、生活を楽しむ」ことを人生の主たる目標にしていて、結婚や子供を持つことを優先的には考えないため、妊娠や出産に関する問題に関心を注がないからだと分析する。
また、高学歴者の多くは、何事も科学技術で解決できると考えがちで、現代医療に現実以上の期待を寄せている。そのため「年齢が多少高くなっても、何とかなるはずだ」と考えがちなのである。
興味深いことに、この調査で「もし、40歳で妊娠率が大幅に低下すると知っていたら、早めに妊娠したいと思うか」と訊ねたところ、75%の人が「はい」と答えている。多くの人が子供を持つことを先送りする理由は「仕事」や「結婚相手がいない」「経済的な問題」などだけでなく、「無知」が大きな要因であることがわかる。
妊娠も出産も困難
妊娠出産に関する知識不足や、偏った考え方の原因をについて、不妊症治療を専門とする劉志鴻医師は、マスメディアが正しい情報を伝えていないことが挙げられるという。
「有名人や芸能人の高齢出産のニュースに、多くの女性が『騙されて』います」と劉志鴻は言う。患者の中には、診察室に入るなり「呉淡如(作家)は44歳で女の子を産み、林青霞(女優)は46歳で二女を産み、著名企業家の陳由豪の夫人は56歳で双子を産んだではないか。まだ40歳の私なら当然産めるはず」と言う人もいるそうだ。
本当にそうなのだろうか。もちろんそうではない。劉志鴻はこう説明する。これら高齢で出産した著名人は、不妊治療にどれだけの資金をかけ(台湾では人工授精の治療過程は2万元、体外受精は10万元)、妊娠失敗をどれだけ繰り返してきたか分からないのである。一般のサラリーマン家庭に、これが負担できるだろうか。
もう一つ、一般に公に論じられることが少ないのは、これら高齢出産した著名人が用いたのは「自分の卵子ではない」可能性があるという点だ。
劉志鴻は、アメリカ疾病予防管理センターの2005年の統計を挙げる。それによると、体外受精治療を受けた女性では、42歳時の妊娠率は15.1%だが、卵子の質が良くないため胚が流産しやすく、最終的に無事に出産する確率は半分の8.4%に過ぎない。44歳となると、妊娠率は8.3%、無事に出産する確率は2.6%、47歳になるとさらに下がって、それぞれ1.1%と0%となる。これらの数字から分かる通り、45歳を超えた多くの女性にとって、自分の卵子で妊娠出産するというのは、ほとんど不可能なのである。
「しかし、マスコミが有名人の出産を報じる時、本人の卵子ではない可能性については触れないため、多くの人は誤った期待を抱いてしまうのです」と劉志鴻は言う。
妊娠・出産の限界
劉志鴻によると、一人ひとりの妊娠能力には個人差があるものの、通常は閉経の5年前位から月経周期が乱れ始め、その頃から妊娠能力が急速に劣り始めるという。しかも、それより4〜5年前から妊娠能力低下は始まっている。「『誰々さんは40歳で産んだんだから私も大丈夫』ということは決してありません。閉経時期が50歳の人もいれば、45歳の人もいるのですから」劉志鴻は、無情なようだが、これが現実だと言う。
現在、その人が妊娠できる限界年齢を検査する方法などはないが、いくつかの簡単な指標がある。一つは月経周期だ。若い頃は28〜30日周期だったのが、35歳辺りから25〜26日に変化すれば、それは警鐘となる。「月経周期が短くなるというのは、卵巣の機能が老化し始めたことを示している可能性が大きいのです」と言う。
母親や姉妹の状況も参考になる。女性の家族の中に、閉経が特に早い人がいれば、自分もそうなる確率は3分の1高まる。また、喫煙や卵巣手術の経験、あるいは悪性腫瘍で化学療法や放射線治療を受けたことのある人は、一般の人より早く妊娠能力が低下し始めることを覚悟しておく必要がある。
「身体の状況や家族史、それに周囲の環境などからさまざまな情報を得ることができます。じっくりと観察すれば、生理的時間との競争で機先を制することができるはずです」
劉志鴻はすべての女性にこう呼びかける。もし、子供を持つことがあなたの人生の幸福において欠かせない選択だと考えるのなら、決して妊娠と出産にふさわしい年齢を逃してはならない。さもなければ、一生悔いが残ることになるのだから。