ネットでの演算、資源の共用
IBMがその他の情報産業大企業と異なるところは、台湾に自社のスーパーコンピュータを輸入して、バイオ情報工学の処理システムを構築する道を選ばず、ネット演算を普及させる方法を採用したことである。こうして情報を共有できるグループを構築し、台湾の将来のバイオ情報産業に確実な基礎を打ちたてようとしている。
このネット演算とは、アメリカの航空宇宙局NASAの家庭衛星計画までさかのぼることが出来る。その当時、無限に広がる宇宙から宇宙生物の痕跡を捜索するために、NASAは数十万の家庭のコンピュータを連結し、家庭で使っていない時にそのコンピュータを利用してNASAのデータを演算しようとしたのである。これで演算のスピード、そして研究の進度は大幅にアップした。
これは、ある研究者が病気を引き起こすかもしれない遺伝子の組合せ発見したときにも活用できる。この組合せを、構築されたネットにインプットし、広大なデータベースからサーチして比較すれば、どの染色体のどの組合せなのか、正常な順番との相違、その他の病気を引き起こす順番と関連などを容易に発見でき、全体の研究スケジュールを大幅に短縮できるのである。
しかし、学界であれバイオテクノロジー企業であれ、自分の独自の発見を他人のコンピュータの演算にかければ、研究の秘密を覗かれないのか、万一悪意のハッカーにデータを書き換えられたり壊されたりしないのかといった不安を感じる。さらに、自分の未熟な研究内容を迂闊に人に知らせることになっては恥ずかしいという人もいる。こういった不安と迷いに対して、王聖棨氏は学者を一人一人訪ねて説明していった。幸いなことに、基本的な概念の構築が進み、中央研究院、台湾大学、陽明大学などの研究チームや、ハイテク企業の中で参加する人が出てきたと言う。
IBMのライフサイエンス・センターは学界や研究機関からデータを入手し、データベースの構築と統合に協力するのみで、見たところ自分に利益はないように思える。これに対して王聖棨氏は、IBMもビジネスなので台湾のバイオ産業のために無料の情報ハイウェーを構築しておき、将来の長期的影響力を確保しているのだと話す。
「政府の2008年への挑戦計画によると、5年後の台湾には500社のバイオ会社が設立され、これらの会社は膨大なデータベースとシステムのサービスが必要になります。IBMはまずこの領域で顧客層を確保しているのですから、ビジネスにならないはずはありません」と王聖棨氏は説明するが、IBMの長期戦略はすでに市場の注目を集め始めた。
航空電子の新しい領域
IBMと同じように、無から有へと台湾に新しい産業を構築しようとしているのがドイツのベッカー社の設立する「航空機用電子装置認証技術と核心技術開発センター」である。
3月に設立したばかり、台湾では最初の航空電子関係の研究開発センターは、中央科学院龍園区に位置する。1999年に、ベッカー社は中央科学院と協力して、航空機に必要なレーダー高度計、無線発信機などの電子機器開発を開始した。双方の協力が順調に進み、ベッカー社本社でも技術の調達先と製品ラインナップの拡充を考えていたために、この研究開発センターの設立にこぎつけたのである。
知名度や会社の規模から言えば、ベッカー社はIBM、ヒューレットパッカード、ソニーとは格段の差があるが、航空電子機器の領域ではヨーロッパのトップクラス、実力のある企業と言える。
中央科学院を退職してから、曲折を経てこの会社に入社した周光中博士によると、ベッカーの研究開発センターが設立されてから、これまで行なってきた中央科学院との共同開発の製品を量産化するのみならず、独力で航空モニターや通信モジュールなどの先端技術の開発を進めているという。しかも重要なことに、研究開発センターはドイツ本社の資源や関係を利用し、台湾企業向けに航空電子製品の認証基準と制度を確立したいと考えているのである。
「国際的には航空電子産業はメンバー制で、寡占市場なのです」と周博士は話す。台湾の電子情報産業はしっかりした基礎があり、こういった製品の製造は難しくはないのだが、台湾企業は国際市場のルール、製品規格に詳しくなく、しかもメンバーとして国際会議に参加する方法もないので、ビジネスチャンスを失っている。そこでドイツ本社の協力を受け、研究開発センターでは認証制度を確立し、台湾企業に航空電子産業への路を開いたのである。
さらに、航空機の電子機器は設計の概念においても、一般の消費性電子製品とは異なる。通常の製品なら材料を節約できても、航空電子製品の精密性と安定性は人命に関るので疎かにできるものではない。
さらに同じタイプの製品でも、使ってみると大きく異なる。モニターを例に取ると、昼間の飛行機は強い光の中にあるため、バックライトが強くないと見えない。漆黒の闇夜や、長く尾を引く稲妻など、様々な天候や地形の要素が加わり、飛行時の使用の幅を詳細に考慮しておかなければならないのである。
航空電子産業は台湾ではまだ始まったばかり、最初から確立するのは容易ではないが、周博士は航空電子機器は生産量が少なく、利潤の大きい分野だという。とくに製品の寿命が長く、同じモデルで10年使える利点がある。情報家電のように、ひっきりなしに流行を作り、新しいモデルに追われる必要はない。
研究開発の新概念
現在、すでに形をなしてきた外国企業の研究開発センターを見ると種類は様々、欧米、日本と各国の企業が規模、業種も異なる多様な運営方式を見せる。
「研究開発センターは技術の開発と移転だけではなく、それ以外のよい点もあります」と経済部技術処の黄重球処長は言う。台湾はこの機会を通じて多国籍企業のグローバル戦略、市場センス、企業文化などを身近に観察でき、国際的視野を広げるのに役に立つ。
情報産業の大企業と日頃から緊密な関係にある財団法人資訊工業策進会の林逢慶事務長は、多国籍企業グループが大きくなったのには、外からでは分らない理由があると言う。ある時、資訊工業策進会ではある女性エンジニアをドイツでの訓練に送り出した。ソフト開発後に市場での反応を調べるため彼女はヨーロッパを歩き回り、さらに31カ国からのメンバーで構成される開発チームと協力して仕事をした。その一流の管理モデルと分業機構の体験を、彼女は一生忘れないと言う。
わが国の企業が研究開発に積極的ではない理由を、研究開発機関の責任者として林逢慶氏は、結局正確な認識を欠いているからだと言う。
「研究開発は製造と違い、清算すればすぐ金になるものではありません。リスクを伴います」と林事務長は語気を強める。研究開発は儲かるより損をすることが多く、プロジェクトが半分まで実施されて行き止まりになり、やり直しということもある。そこで常にやり直しの余地を残しておかなければならない。外国企業の研究開発センター設立は、わが国の企業の研究開発があまりに利益を急ぐ風潮の是正に役立つのかもしれない。
長期的に見ると、様々な産業の研究開発センターが台湾に集まるとなれば、土地が狭く交通が発達し、情報伝達の速度も速いので、アジア太平洋地域の技術交流の拠点に発展していく潜在性をもっている。こういった群生効果が発揮されだすと、より多くの研究開発センターを呼び集められるであろう。こういった良性のサイクルが回りだせば、台湾の世界的な位置付けにしろ、産業の競争力強化にしろ、大きな利点を持つのは疑いない。
「電話をすれば相手の画像が映り、飛行機に乗ってネットに接続、家では世界の名作映画を楽しみ、個人の健康の記録さえ手近に持ち歩けるようになります」と黄重球氏は話す。近い将来、消費性エレクトロニクス、移動体通信、情報、オプトエレクトロニクス、航空電子、さらにはバイオ情報工学などの各種の技術が合流することであろう。一番速く、一番適した技術を誰が見つけ出せるのか、そこから市場のニーズにマッチした新製品を組み合わせられるかが勝負の鍵になる。台湾のように多様な製造業と研究開発アイテムを擁した環境は、勝ち抜ける確率が高いのではないだろうか。
まず招致から始める
当然ながら、外国企業の研究開発センターに対して業界では異論もないわけではない。
総合的に見て、研究開発センターは大企業に属するものの、投資総額は数十億から数千万台湾元の規模であまり大きくはなく、しかも製品の応用開発に留まっていて、台湾を重視するのか疑問である。
まず招致してから、と疑問に答えるのが黄重球氏である。何と言っても、各国の招致競争があり優遇措置が拡大している。外国企業の投資にも限りがあり、どこにでも研究開発の拠点を設置するわけにはいかず、台湾でなければ韓国か中国大陸に行ってしまう。とにかく招致できて、ローカルの企業や研究開発機関と協力関係を築ければ、将来的には規模を拡大していくだろう。
それにわが国のノートPC大手の広達電子の林百里会長は「ハイテクだろうがローテクだろうが、稼げる技術がよい技術」という言葉もある。巨費を投じてリスクの高い先端技術よりは、中級の応用技術の方が台湾の産業の現実的環境には向いている。台湾企業が短期間で技術を受容することが出来れば、外国企業も現地製造の利点を活用でき、双方に利益がある。
豊富な資金を有する多国籍企業グループが台湾政府の補助を求めることに対して、国内の業界に不満の声もある。しかも外国企業が発注するのも、台湾を安い工場兼倉庫とみなしているに過ぎないと。
こういった不満に対して、林逢慶事務長は、国際的な競争の変化の速さを説きながら「今日台湾に注文しても明日はわかりません」と言う。多くの製品は開発の過程で発注先が決まっており、研究開発センターを設立し、双方の緊密な関係とすばやく頻繁なコミュニケーションがあってこそ、台湾企業が多国籍企業グループを相手に地位を保っていられるのである。
もっとも大切なのは、外国企業と台湾企業が対立しないことだと林逢慶事務長は強調する。グローバルな時代、外国企業と台湾企業は密接に結びつき、相互に利益のある関係を構築しなければ長続きはしない。
最初のスタートを大切に
外国企業の研究開発センターが設立されてから、国内外でも同じような動きが出てきた。電子関係では台湾セミコンダクターや鴻海、華碩などが研究所を設立すると発表した。しかし、実力のある多国籍企業に比べると、国内企業は資源が薄く、比較的成熟した分野の開発しか行なえないということになりかねない。外国企業の研究開発センターが台湾にあれば、将来の産業動向が見えやすくなり、国内企業の研究開発に方向性を与えてくれるであろう。
無論、長期的に見て台湾をグローバルな研究開発の拠点にしようというなら、外国企業頼みではなく、台湾企業が自前の研究開発能力を持つことが鍵になる。
外国企業の進出が成功の第一歩と言うが、その研究開発センターと長期的な関係を保ちながら、台湾企業もこの機会に学習し、挑戦を続けていかなければならない。
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外国企業の研究開発センター
すでに進行中 ヒューレット・パッカード(米):製品開発センター ベッカー・アビオニクス(独):航空機用電子装置認証技術・核心技術開発センター Aixtron(独):光電半導体研究センター ソニー(日):IT製品開発センター ソニー(日):映像デバイスモジュール及び半導体の開発センター
審査通過、未契約の段階
IBM(米):モバイル・eビジネス研究開発センター デル(米):デル台湾デザインセンター ペリコム(米):先端ミックスド・モード・シグナルIC開発センター マイクロソフト(米):マイクロソフト技術センター
審査中
IBM(米):ライフサイエンス・センター ノキア(フィンランド):アプリケーション&サービス開発センター
資料:経済部技術処 |