「台湾の医療が危険」「台湾の患者は誰が診るのか」「内科・外科・婦人科・小児科・救急の医者がいない」など、最近は医師が医療の危機を訴えている。
誰もが安心して医療を受けられる全民健保(国民皆保険)制度が、いつから悪者になってしまったのだろう。健保制度のどこにどのような問題があり、どうやって解決すべきなのだろうか。
1995年3月に始まった全民健保制度は、これまで二度にわたって保険料率が調整され、給付制度も変ってきた。昨年は法令が改正され、保険料徴収の底辺拡大と収支連動のための「第二世代健保」が誕生し、2013年1月から新制度がスタートする。
修正を重ねながら実施されてきた制度だが、国民は常に高い満足度で健保を支持してきた。台湾の全民健保の成果は世界からも高く評価されている。
だが、この制度は国民を満足させる一方で医師たちを苦しめている。医療界では「重」を避けて「軽」を選ぶ医師が増え、医療システムに危機が生じているのである。
世界に完璧な制度などなく、絶えず意志の疎通と修正によって社会と国民のニーズに合わせていかなければならない。台湾の健保制度にメスを入れる前に、まず病の根源を見極める必要がある。

医療を受ける国民の権益を保障する健保制度によって、人々は病気のための貧困や、貧困のために医療を受けられないといった不安から解放された。
7月下旬に政府衛生署が開いた台湾の医療に関するフォーラムにおいて、和信治癌センター病院の謝炎堯副院長は「米国のように豊かな国でも国民皆保険制度を採用できずにいるのに、台湾がそれをやってしまったのです!」と述べた。
大胆に実施された台湾の全民健保は、加入率と平等性、満足度が高く、保険料の低い「三高一低」というものである。第二世代健保は、これまで対象外だった受刑者を加入させることで国民の99.51%が加入対象となり、海外に長期在住している人を除き、ほぼ「全民」が対象となった。
平等性という点では、2003年、台湾はWHOによる財政貢献の公平性指数で世界第2位とされた。低所得世帯の受益比(医療給付受益÷納付した保険料)は最大5.2倍である。言い換えれば、低所得世帯は保険料が低くて多くの医療ケアが受けられるということである(グラフ2を参照)。
また、政府の施政の中でも、健保に対する国民の満足度は最も高い。健保局の統計によると、ここ5年、全民健保に対する国民の満足度は77.5~85.2%の間を推移している(グラフ1を参照)。
台湾の医療費支出の低さも世界を驚かせる。医療の全支出は5000億台湾ドルで、GDPの6.6%にとどまる(グラフ3を参照)。
台湾の医療費は相対的に低く、手術の中には米国の10分の1という項目もあり、韓国やシンガポールより低い。冠動脈バイパス手術の費用は我が国では1万5918元だが、米国では7~13万元、韓国は3万余り、シンガポールでも1万9246元である。
このような制度であるため、毎年約50ヶ国の代表が台湾の健保を視察に訪れ、海外のメディアも台湾の健保を大きく取り上げている。2000年、英国の『エコノミスト』誌は保健指標、医療支出、医療の質などの面から台湾をスウェーデンに次いで世界第2位にランクし、2005年にはノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマンが、台湾の健保経験は米国にとって参考に値すると述べた。

このように台湾の健保制度は世界から称賛されているが、医療現場で働く人々は消耗している。
今年6月、台湾大学病院一般外科の医師、32歳の洪浩雲が、国家レベルの医学センターという職場を後にして美容医療クリニックに転職したことは、医療界に衝撃をもたらした。大病院で重症患者を扱う医師ほど心身共にストレスが大きいのである。
衛生署の邱文達署長はこの原因を次のように分析する。健保が実施されて十余年、医療の実態は変わっておらず、病院の大型化・企業化が進み、離島では医療人材が不足し、病院は入院より外来を重視する。医師全体の人数は足りているが、科ごとの不均衡が生じ、診療報酬が高く、楽でリスクの低い科を選ぶ医師が増え、内科・外科・婦人科・小児科・救急科の医師不足が深刻化しているのである。
僻遠地域での産婦人科医不足はすでに深刻な状況に陥っている。
5月中旬、花蓮県玉里の栄民病院産婦人科の鄭吟豪医師がメディアで窮状を訴えた。玉里とその周辺の町村に産婦人科はこの一軒しかなく、20日以上、休みが取れないというのである。
小さい病院には助手も夜勤の医師もいないので何もかも自分でやらなければならない。5月末は手術が多く、入院患者も数人いたため、毎日泊まり込みとなり、プレッシャーが大きくて眠れなかったと言う。病院はついに産婦人科業務を一時停止し、鄭医師はようやく休暇を取ることができた。
鄭医師の事例は珍しいものではない。全台湾の150の町村に産婦人科がないのである。新竹国泰病院も、人手不足のため、出産を控えた患者は事前に登録する制度を採用している。
産婦人科は医師の高齢化が最も進んでいる科でもある。衛生署の統計を見ると、台湾の専科医師の平均年齢は48歳、産婦人科は平均53歳と最も高い。
救急・重症部門の医師不足も全国に見られる。
亜東病院の朱樹勲院長によると、重症医療人員が不足しているため、同病院は昼は医学センターだが夜間は地域病院のレベルになってしまうという。台湾大学でも50代の教授クラスの医師が当直しなければならない状況だという。
台湾救急医学会の蔡維謀理事長によると、十年前の救急患者はのべ320万人だったが、今は2倍の650万人まで増えた。これに対応するには2000名の医師が必要だが、実際には800人しかいないのである。
医師不足の原因は、一つは人口高齢化による業務の増加だが、もう一つは科別による医師の不均衡が挙げられる。衛生署の統計を見ると、台湾の専科医師の人数は2000年の2万8535人から2011年の4万4832人まで全体数は1.57倍に増えたが、外科は37%増、産婦人科は21%増と最も増加幅が小さい。

回診、外来、手術と忙しく大変な医療の仕事は、人々を救うという情熱と相応の尊厳があってこそ維持できる。
価値観の変化も大きい。以前、多くの人は収入を増やすために昼夜を違わず働いたが、今の若い世代はそういう生活をしようと思わない。だが、医療は国民の福祉と関わり、影響面が非常に大きい。
47年前に台湾大学医学部を卒業し、長年にわたって健保制度に関心を寄せてきた沈富雄・元立法委員によると、以前の医師は今よりずっと多忙で、当直も多かった。どんなに辛くても耐えられたのは、医師として堂々と胸を張って歩け、親から誇りとされ、報酬も多かったからだと言う。それに比べると、今の医師は自分と将来に特別な期待を抱いておらず、強い使命感も持っていないと言う。
台北栄民総病院内科の王植諄医師によると、内科の研修医の給与は6~9万元に過ぎない上、毎月8~10回は当直しなければならず、週の勤務時間は90~110時間で、ほとんど病院住まいとなる。
新竹馬偕病院の小児科を辞めて一般のクリニックに勤務している林秉鴻医師は『SARS隔離日記』の著者でもある。2003年にSARSが流行して台北市の和平病院全体が隔離された経験が、彼の医療への情熱を消してしまったと言う。「病院では医療訴訟などが怖くて安心して仕事ができず、クリニックでは、これまで学んだチューブ挿入やオペなどの技術が発揮できません」と言う。
31歳の陳家如は、大病院の小児科で2年間研修医をした後、専科医師の免許取得を放棄し、家庭医学科とリハビリ科のクリニックに転職した。「大病院の仕事は忙し過ぎて拘束時間が長く、理想の生活とは程遠いものでした」と言う。病院では研修医は3日に一度は当直しなければならず、緊急の患者のために常に待機し、翌朝は回診に同行し、そのまま午後5時半まで勤務が続く。連続36時間、ゆっくり睡眠も食事もとれない。クリニックに移ってからは外来の時間はフレキシブルに調整でき、収入も大病院の時と変わらないと言う。

こうした中、診療報酬制度が医師の過労と所得低下をもたらしている。その原因は、健保が保険と福祉、公衆衛生と医療という全く異なる機能を兼ね備えているからだ。
元衛生署長で亜洲大学健康産業管理学科講座教授の楊志良は、全民健保計画立案者の一人でもある。その話によると、健保には「健康を促進する、病気による貧困をなくす、生命の尊厳を守る」という三大目標があるが、この三者の間には矛盾があり、さまざまな誤解もあると言う。
かつて沈富雄・元立法委員は、「健保は大病を対象とし、小病は対象としない」という方法を主張したが、楊志良はこれは不可能だと考える。
「病気の大小をどこで区切るのでしょう。もしこの方法を採用したら、みんな小病を何とか大病にしようと考えるのではないでしょうか」と言う。
楊志良の考えはこうだ。健保が財務リスクだけを保障するものと考えるなら、大病のみを対象とするべきだが、国民の健康を目的とするなら、食生活や予防から着手すべきで、むしろ大病を対象外とすべきである。例えば、ガンのターゲット療法などは多大な費用がかかるが、治療効果は高いとは言えないからだ。「私たちは医療費の3分の1、1500億元を患者の死亡直前の3~5ヶ月に費やしています。亡くなると分かっているならなぜ治療するのか。しかし、治療しなければ助かるかどうか分からないのです」
これに対し、沈富雄は逆の見方をする。「小病を健保対象から外せば貧しい人に不利になり、小病を放置すれば大病になる」というのは公衆衛生学者の思い込みだと言う。
その考えでは、現在の患者の7割は医者に診てもらう必要はなく、市販薬で治る。25%は良い病院で優秀な医者に診てもらう必要があり、5%はどんなに治療しても良くならない。「医学界が努力すべきはこの25%の患者の治療であるにもかかわらず、大部分の医療費は7割の患者の治療に用いられています。ところが、公衆衛生界の目は、この7割の治療を受ける必要のない患者に注がれているのです」
平等か、最先端医療か?
沈富雄によると、17年前、全民健保制度は公衆衛生学者によって公平性と保険料の低さを重点に立案された。その目標はすでに達成されているが、その一方で先端医療の追求が犠牲になっている。
現在、我が国の病院は外来重視、入院軽視の傾向にあるが、これは外来の利益が高く、入院部門は赤字になるからだ。外来の利益を重視する結果、医療の質の悪化と医療レベルの後退を招いている。
しかし、国民の福祉という角度から見て、楊志良は、医療の公平性と普及は最先端医療追求より重要だと考える。例えば、南アフリカは世界で初めて心臓移植に成功した国だが、同国の妊産婦の死亡率は台湾の100倍以上、乳幼児の死亡率も台湾の40倍以上である。政府の立場からすると、最先端医療の追求より国民の健康ケアの方が優先される。
医療の浪費は必要悪?
中央研究院のアカデミー会員、陳定信は「医療保険制度政策建議書」の中で「健保は第三者が支払う制度であるため、医師と患者の双方が医療資源を大切にせず、モラルハザードが生じる可能性がある」と指摘している。
台湾では毎年一人平均14回外来診療を受ける。日本より少ないが、欧米諸国の平均6回の2倍以上であり、国民の習慣には大きな改善の余地がある。
楊志良は、浪費は国民皆保険の目的の一つを達成するための必要悪だと語る。
WHOの2010年のレポートによると、世界の医療支出のうち4割が、医療詐欺や医師の自衛的医療、浪費などに消えている。米国では年間の医療浪費が6000億米ドル以上に達するが、台湾の年間医療支出は160億米ドルで浪費の空間は大きくはない。
浪費を削減するために一部の自己負担を引き上げるべきだと提案する人もいる。だが楊志良は「不当な利用を阻害し、正当な使用を妨げない自己負担引き上げはない」と言う。全国民の健康のための健保なのだから、自己負担は低くなければならない。浪費は避けられないが、その事実は受け入れざるを得ないと言う。
問題の根源は医療管理に?
このように制度の設計に対してさまざまな意見があるだけでなく、病院の資源分配にも相違がある。米国の医療保険の給付対象は医師だが、台湾では病院に支払われるため、病院が私腹を肥やし、医療人員に正当な報酬を与えていないという声がある。
診療報酬が高くても、病院が医師に正当な給与を支払わなければどうしようもないと楊志良は言う。病院が利益を設備と勢力の拡張に注ぎ、大病院は小病院を合併して、健保収入を増やしていく。
高報酬を出せば医師は集まるが、今の病院では病床を減らしても医師に高報酬を出せないのだと沈富雄は言う。「以前は長庚病院の研修医の初任給は20万でしたが、今は12万で、医師が不足し、ベテランの医師も当直しなければならないほどです」と言う。
その話によると、健保実施の当初8年は確かに利益が出た。それまで公務員保険と労働者保険しかなかったところへ国民皆保険が実施されたため、医療を受ける人が激増し、病院への投資が進んだ。当時、長庚病院の年間利益率は16%(業務外収入を含む)で、業績の悪い病院でも8%の利益があったが、その後の8年は経営が厳しくなり、長庚病院でも利益は8%に落ち込み、業績の悪い病院は続かなくなった。「病院が私腹を肥やしていると言われますが、実際に経営は厳しいのです」と言う。

健保の体質改善にはさまざまな意見がある。沈富雄は、診療報酬は件数で計算するため、患者が多いほど儲かることが浪費につながっていると考える。だが、全体から見るとこれは浪費とは言えない。健保予算の成長が鈍いため、病院では「量」で補うしかないのである。
患者側からの改善として、沈富雄は被保険者を抑制する方法を提案する。各世帯の収入の2%を「世帯自己負担額」とし、これを超えなかった者は保険料を納める必要はなく、超えてから健保体系に取り込むという方法だ。
これに対して楊志良は、浪費改善は患者ではなく病院側から始めるべきだと考える。
楊志良は衛生署長在任中、供給側における静かな革命を推進した。「患者数や薬品処方件数や手術件数が多いほど病院は儲かるが、国民がより健康になるとは限らない」という現状から、国民が健康であるほど病院が儲かるという形への転換だ。
健保局は忠誠度の高い患者から試算し、これらの患者がより健康になり、医療を受けることが少なくなれば、その差額を病院に給付するというものだ。これにより、病院は患者の高血圧や糖尿病、白内障などの問題の解決に力を注ぐようになる。
現在、7つの病院が能動的にこの実験に参加し、台湾大学病院金山分院ではDNR(心肺蘇生拒否指示)を推進している。効果のない医療行為を減らし、生命の尊厳を守るためである。この計画は今年から始まり、3年ほどの実験を経て成果を見る。
公衆衛生と医療にはそれぞれの立場があり、健保は国民の医療を受ける権利を保障すべきか、医療の進歩を追求すべきかという矛盾がある。だが医療の危機はすでに現実のものとなり、今すぐにでも改革しなければならず、しかも本来の目的を損なうことなく進めなければならない。
各界の智恵を集めて的確な対策を打つことで、台湾の医療が蘇ること、そして理想的な健保制度が今後も継続することに期待したい。

保険と福祉の両面を備え、公平正義を追求しつつ最先端医療も追求する全民健保制度は、実施以来、常に国民の満足度が最も高い公共政策の一つである。

医療を安く受けられる健保制度を維持するには、国民の習慣から変える必要がある。

台湾大学病院の壁にかけられた楊英風の彫塑作品「人の苦しみは我が苦しみ」は、医師と患者の最高の境地であり、医療トラブル解決の道でもある。